9-12
十一日、信勝と津々木は側近十数名を連れて清州城本丸館を訪ねた。
丹羽長秀と側近数名が館の正面玄関前に立っていた。
長秀は頭を下げた。
「丹羽長秀と申します。ようこそお越しくださいました。主は北櫓三階でお待ちです。
主の体に障ります。櫓に上がるのは三名までにしてください。他の皆さまは館に部屋を用意してあります」
「では私と津々木で行こう」
「それでは、お付きの皆様はこちらへ。私が案内します」
側近の一人、川尻秀隆が前に進み出た。
「川尻秀隆と申します。三階までご案内させていただきます」
川尻は信勝と津々木を北櫓へ、長秀は側近を本丸館へ案内した。
長秀は側近十数名を館の控室に招いた。
立派な数寄座敷である。東本願寺の黒書院のようだった。側近は喜んだ。
長秀は昼食を勧めた。
「末森城から遠路ご苦労様でした。昼食を用意しました。どうごお召し上がりください」
綺麗な女性が豪華な食事やお酒を運んできた。
側近はまた喜んだ。
座敷の戸は閉まっていた。隣の部屋に武士十数人が待機していた。
*
川尻の先導で二人は北櫓一階に入った。
剣道場のような板敷の空間である。人は誰もいなかった。
川尻は病の主を案じて静かに歩いた。二人は気にせず大きな音を立てた。
奥に二階に続く階段があった。三人はここから二階に上がった。
二階も板敷の剣道場だった。奥にまた階段があった。警護の武士数名が階段の前に待機していた。
川尻は軽く息を吐いて呼吸を整えた。
二人は大きな音を立てて歩き続けた。家督はすぐ上に転がっている。二人はその嬉しさで現実が見えなくなっていた。
三人は階段の前に立った。警護は頭を下げた。
川尻は二人に申し出た。
「誠に申し訳ございませんが、腰の物を預からせていただきます。
主は病気で心が弱くなりました。死を感じさせる物に非常に敏感になっております。刃物などは特に嫌がるのです。治療の一環だと思って、何とぞご協力いただけないでしょうか」
「分かった」
二人は腰の刀を川尻に差し出した。
川尻は感謝した。
「ありがとうございます。
ここから先はお二方でお願いします」
川尻は頭を下げた。
津々木を先頭に二人は階段を上った。
三階から池田恒興が脇差を手に駆け下りてきた。二人は大声を上げて上り口まで駆け下りた。
恒興は階段から飛び降りて、津々木の背に脇差を突き刺した。
津々木はうつ伏せに倒れた。恒興は背中に馬乗りになって頸動脈をかき切った。傷口から赤い血が油田のように吹き出した。
恒興は血まみれの姿で立ち上がった。
信勝は腰が抜けた。驚きで声も出なかったが、何とか四つん這いになってその場を逃げようとした。
川尻と警護の武士数人が信勝の前に立ちふさがった。川尻は刀を抜いて構えた。
恒興は信勝の真後ろに立った。
川尻は信勝を切り殺した。
長秀は側近を酔わせて縛って牢屋に入れた。
その日の午後、森可成は一部隊を率いて末森城に入った。城は無血占領された。
空の末森城は勝家に与えられた。
勝家は信勝の遺児三人の養育を任せて欲しいと信長に申し出た。信長は了承した。
信長は信勝の分まで甥三人を愛した。三人は叔父の溺愛に甘えず厳しく鍛錬に励んだ。この辺りは勝家の影響だろうか。
三兄弟の長男は後に元服して津田信澄を名乗る。信澄は信長の期待に応えて織田家の中核戦力として活躍するようになる。
信勝の妻は川尻秀隆と再婚したとも言うが、定かではない。
信長は尾張統一を果たした。
父、信秀も全盛期は尾張一国を支配する立場にいた。しかしその時は斯波家も上下守護代家も健在だった。信秀はあくまでも諸勢力連合の盟主という立場だった。
だが信長は全勢力を打倒しての統一だった。犬山城以外は全て自分の領土だった。
尾張を統一した信長。尾張侵攻を目指す義元。両雄の対決の時が迫っていた。
(続く)




