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9-4

 明けて弘治四年。この年の二月に永禄に改元されるので永禄元年となる。

 正月、尾張南部国境を守る戸部城主の戸部政直が処刑された。彼は密かに信長に寝返りを約束していた。

 政直は南部国境を守る有力武将だった。数年間閉ざされてきた国境の守りに綻びが生まれた。


 同時期、奥三河(三河北東部の山岳地帯)の河合家が反乱を起こした。これに北三河の寺部城主、鈴木重教が呼応した。

 鈴木家は北三河の有力武将だった。連動して五つの城が寝返った。

 鈴木家の領土から西に五キロ進むと、尾張の東部国境に出る。東と南の国境がにわかに慌ただしくなってきた。


 松平元康は今川義元の命令で駿河守護館を訪れた。

 守護館は寝殿造りの立派な屋敷である。東三条殿のようだった。庭には広い池があって、人工島が浮かんでいた。

 元康は庭に面した渡り廊下を歩いて主殿を目指した。


 人工島で蹴鞠が行われていた。

 貴族の恰好をした人々がボールを蹴り上げていた。ルールは羽子板と一緒で、落としたら負け。蹴るたびに「アリ」、「ヤア」と声を出した。

 一人だけ異常に上手いプレイヤーがいた。

 自分に来たボールは相手が蹴りやすいように優しく戻した。どんなボールでもしっかりトラップした。

 相手が慌てて「アリアリッ!」と叫んで蹴り上げた。ボールは島の端まで蹴り飛ばされた。彼は楽球位置を予測して素早くその下に入り込み、雅に「ヤア~」と声を出して蹴り戻した。


 今川氏真。フランス代表のカンテは「十五の肺を持つ男」と言われているが、氏真は素早い動きと華麗な足さばきで「足が四本ある」と絶賛された。

 本人としては蹴鞠よりも和歌の方で評価されたがった。人生で多くの歌を詠んでいるが、こちらではそれほどの評価は受けていない。

 父、今川義元からは何度も説教されていた。


―「お前は大人になっても心は子供のままだ。蹴鞠や和歌に夢中で勉強をおろそかにしている。改めなければ将来家が滅びるぞ」


 改める事はなかった。


 氏真は元康を見かけてにこやかに手を振った。


「あれ、蔵人佐殿」


 周りの人々ものんびりした調子で挨拶した。元康は廊下に座って頭を下げた。


 元康は広間に入った。

 義元以下、今川家の首脳陣が全員集結していた。庭はふわふわした空気だったが、こちらは圧迫面接のような緊張感に満ちていた。

 人々の視線は厳しかった。「こんな小僧に何が出来る」と馬鹿にした目で見る者もいれば、「お手並み拝見だ」と値踏みする目で見る者もいた。

 元康は義元の対面に座って頭を下げた。

 義元は命じた。


「寺部城の鈴木重教一千五百が謀反を起こした。お前に討伐軍三千を預ける。

 三河の一揆はようやく収束に向かいつつある。ここで鈴木をのさばらせれば、兵火は再び全土に広がる恐れがある。速やかに鈴木を討て」


「かしこまりました」


「俺が独断でお前を抜擢した。初陣のお前にこの役目を任せる事に関して、多くの者が不安を持っている。

 勝ってここにいる全員を見返してこい」


 元康は頭を下げた。

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