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8-4

 信時には妻と一才の娘がいた。彼女は信長の命令で信長側近の池田恒興と再婚した。

 二十才の恒興はいきなり子持ちの夫になった。


 七月、池田恒興はある男を清州城下の自宅の茶室に招いた。


 滝川一益。伊勢の豪族、滝川家の嫡男である。滝川家は津島貿易で尾張の諸勢力と結び付いていた。有名な前田慶次も、恒興の父池田恒利も滝川家の出身だった。

 一益の父、滝川一勝は恒利の兄だった。一益と恒興はいとこの関係だった。

 十代の頃、一益は博打と女性問題で家を追い出された。堺で鉄砲と茶道を学び、傭兵として各地を放浪した。三十一才の今は一財産を築いて津島に落ち着いていた。


 一益は全国を渡り歩いた歴戦の鉄砲足軽大将だった。

 織田家は追い詰められていた。一益のような即戦力は喉から手が出るほど欲しかった。

 恒興は十才上のいとこに敬語を使った。


「左近(一益)殿、よく来てくれました!」


「久しぶりだね、勝っちゃん(恒興)。商売の都合で結婚式に行けなくて申し訳なかった」


 一益は周囲を見回した。

 恒興の茶室は侘び茶初期のシンプルな茶室だった。獨盧庵のようだった。いい茶室だが、一益からすると物足りなさはあった。

 一益は尋ねた。


「新婚で浮かれていると思ったが、そうでもなさそう?」


「周りは敵だらけです。織田家は今、戦える人材を欲しがっています。手柄を上げればすぐに城主にしてくれるでしょう。織田家は日本一働き甲斐のある家です。

 そう言えば、俺はまだ左近殿から結婚祝いをもらっていません」


「与える城があればねえ」


「ありますよ。戦って信安から奪えばいいんです」


「俺は勝っちゃんと違ってそこまで織田の殿様を信用出来ないんだよな。わざわざ泥船に乗り込む馬鹿はいない。

 勝っちゃんこそいつまでこの家に仕える気だい?織田家はもう駄目だぞ」


 恒興は怒った。


「左近殿でも許しませんよ!」


 一益はなだめた。


「冷静に、冷静に。

 奥さんの事はどう思ってる?一人目の夫は衆道狂いで死んだ。池田家には形見の狭い思いで嫁いできただろう。なのに二人目の夫も戦で殺すのかい」


 恒興は黙った。一益はいたわった。


「聞いたら娘さんもいるっていうじゃないか。ま、色々考えたらいいよ。それで好きなように動けばいい。俺も好きにするしな。

 さて、茶でも飲もうか」


 恒興は茶箱からトルコブルー茶碗を出した。

 一益はヘッドスライディングするようにして茶碗を奪った。


「左近殿!」


 一益はうつ伏せに寝転がったまま、爽やかな青茶碗を血走った目で見つめた。


「勝っちゃん、これどこから手に入れたんだい?」


「主から戦の手柄でいただきました」


 翌日、恒興は信長と一益を会わせた。

 場所は本丸館の庭の外れにある射撃場。五十メートル先に三十センチ四方の的がかかっていた。的の中心には直径五センチの黒丸が描かれていた。

 恒興は一益の経歴を説明した。

 自分のいとこで、日本一の鉄砲名人。部隊指揮も上手で……


 一益は全く話を聞いていなかった。彼は口を開けて庭の方を見ていた。


 庭に空中茶室の「空飛ぶ泥船」が設置されていた。木の間にロープを張って、そこに建物が吊るされていた。


 信長は一益に言った。


「早速で悪いが、お前の腕を見せてくれ」


 一益は何度も頷いた。


 一益は的に百回打って百回当てた。真ん中の黒丸は八十回打ち抜いた。

 信長は「お前、すげーな!」と驚いた。

 恒興は立派ないとこを持って誇らしい気持ちと、主が喜んでくれて嬉しい気持ちで幸せだった。

 一益はとてつもないお洒落者との出会いに運命を感じた。この人の下なら自分も十分に働けるかもしれない。



 かつて武士の褒美は土地か馬だった。しかし鉄砲伝来によって馬の価値は減少した。

 この時期、全国で茶の湯が流行していた。武士の褒美は土地か茶器になった。いい馬を沢山持っている大名より、いい茶器を沢山持っている大名の方が優秀な家臣を多く集める事が出来た。

 信長の茶器を集める腕はずば抜けていた。陶工を支援して新しい茶器を作らせる事もした。織田家は豊富な茶器で日本中から優秀な人材をかき集めた。


 アメリカの最大の強みは世界中から優秀な人材をリクルート出来る点だろう。大金を提示されてもその国に魅力がなければ来ないし、来てもすぐに去っていく。ハリウッドを中心とするコンテンツ産業がアメリカの隆盛を支えていた。


 秀吉は戦国時代のディズニーとも言うべき千利休と組んだ。利休の手から生み出される茶器は秀吉の征服事業に貢献した。天下統一で与える土地がなくなった後は益々利休の重要性が増すはずだった。

 利休は言わば無限に土地を生み出す事が出来る存在だった。放置すれば秀吉に取って代わる危険があった。だからこそああいう最期を遂げたのだろう。

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