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守山城主の信時と家臣の坂井孫平次は恋愛関係にあった。信時は十五才の孫平次を筆頭重臣に出世させた。
これまでの筆頭重臣は角田新五だった。角田は二人の関係を苦々しく思った。
六月、角田は守山城本丸館の信時の私室を訪ねた。
角田と家臣は私室の襖の前に座った。部屋の中からお香の匂いがした。
家臣は襖越しに声をかけた。
「ご城主様、角田様がお見えです」
部屋の中から声がした。
「最後に別れの口吸いが欲しうございます」
「そんなわがままの口は俺が永久に塞いでやる」
家臣は恥ずかしくなった。角田は座ったまま微動だにしなかった。
部屋の中から「入れ」と声がした。
側近は襖を開けた。
書院造の部屋である。床の間に黄瀬戸の香炉が置かれていた。
信時は床の間の前に座っていた。昼から浴衣を着て、髪の毛は乱れていた。
角田は信時の対面に座った。側近は頭を下げて襖を閉じた。
信時は香炉を自慢した。
「いい匂いだろう。孫平次がいつも体に焚き染めている香だ。無理を言って分けてもらった。この匂いを嗅いでいると、孫平次に抱きしめられている気持ちになるよ」
信時は孫平次を思ってうっとりした。
角田は要件を告げた。
「本丸館の後ろの塀が崩れています。修理の許可をいただけませんでしょうか」
「ああ、いいよ。それだけ?」
「はい。それでは、失礼させていただきます」
角田は頭を下げて退室した。
信時は立って障子戸を開けた。庭が現れた。
庭の木の陰から孫平次が姿を現した。美少女のような美少年だった。髪を赤い紐で稚児髷に結っていた。
孫平次は笑顔で縁側に駆け寄った。信時は縁側から裸足で飛び降りた。
二人は庭の真ん中で愛情たっぷりに抱き合った。
信時は孫平次をお姫様抱っこした。
「ご城主様!」
孫平次は恥ずかしながらも嬉しがった。
「軽いなあお前は」
信時は笑顔で孫平次を部屋まで運んだ。
その日の夜、角田は兵百を率いて崩れた塀の間から侵入した。
信時は私室で寝ていた。
襖を開けて角田と兵士数人が入ってきた。信時は気付かずに寝ていた。
角田は血まみれの稚児髷を枕元に置いた。髪は赤い紐で結われていた。
角田は信時と孫平次を殺害して城を奪った。そして城を改修して林兄弟に寝返った。




