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8-2

 林兄弟は名古屋城を居城にしていた。

 五月二十六日、林兄弟は本丸館の私室で今後の方針を話し合った。


 誰かの足音がした。二人は話を止めた。

 足音は部屋の前で止まった。

 家臣が外から襖越しに話しかけてきた。


「失礼いたします。

 織田上総介様、並びに織田安房守様がお越しなさいました」


 兄弟は驚いた。

 通勝は襖越しに家臣に尋ねた。


「中に入れたのか?」


「はい。門の前で待たせる訳にもいきませんので」


 通勝は「すぐ行く。広間にお通ししろ」と命じた。家臣の立ち去る足音が聞こえた。

 通具は決断を求めた。


「いいじゃないですか。ここで二人を殺しましょう」


 通勝は「いやそれは駄目だ」と断った。通具は「兄上!」と大声を出した。

 通勝は弟をなだめた。


「林家は織田家に三代五十年仕えている。その主をここで暗殺したらどうなる?林家は終わりだ」


「今殺さなければそれこそ終わりですよ!もっとも死者の少ない形で穏便に終わりましょう!」


「いや駄目だ……」


 通具は苛立った。


「今、林家は滅亡するか、大大名に成り上がるかの瀬戸際に立っています。兄上が大大名をお望みなら、私に『やれ』と命じてください。後は全て私がやります。兄上はここに座っているだけでいいんだ」


「お前にはこれが千載一遇の好機に見えているだろう。でもそれは焦っているからそう見えるんだ。

 武衛様(先代の尾張守護、斯波義統)を殺した下守護代家はどうなった?国中を敵に回して滅びたじゃないか。今ここで焦って動けば林家もそうなる。

 あのうつけ殿の事だ。どうせすぐにへまをする。その時に正々堂々殺せばいい。今は機会を待とう」


「……兄上がそう仰るなら」


 兄弟は広間に移動した。

 信長は正面奥の城主席に、信時は部屋の右側奥に座っていた。

 兄弟は信長の対面に座った。


 信長の父、織田信秀は子沢山だった。子供は二十五人いた(信長は二十七人)。男兄弟だけで十二人いた。

 信長が次男。信勝が三男。信時は六男だった。


 信長は要件を切り出した。林兄弟は身構えた。


「信安は守山城を狙っている。この那古屋城と信時の守山城を交換して守りを強化したい。林家の兵は数も多く、経験も豊富だ。

 那古屋城と守山城では収入も違うだろう。差額はこちらで補填する。どうか?」


 守山城は尾張のほぼ中央にあった。東には末森城。南には那古屋城。西には清州城。北には岩倉城があった。

 信長にとって、守山城は末森城を東に封じるフタだった。

 信勝にとって、守山城は西の信長領に進攻する突破口だった。

 信安にとって、守山城は南に進出する際の出撃拠点になり得た。


 信長は二十一才の若い信時を解任して、経験豊富な通具に守山城を任せようとした。

 那古屋城は都会で収入も多い。一方、守山城は田舎で収入も少なく、しかも対岩倉軍の最前線になるので出費も多い。

 信勝派の総兵力二千の内、林兄弟は千を持っていた。名実共に筆頭重臣だった。誇り高い彼らは守山城出向を左遷に感じた。


 通具は激怒した。彼は兄の煮え切らない態度でずっと不満が溜まっていた。


「お断りします!どうしてもというなら、こちらにも考えがある!」


「どうしたら飲んでくれる?条件を言ってくれ」


 通勝は弟を制止した。


「弟よ、落ち着け。焦るな。

 上総介様。我々は信安とは戦うべきではないと思っています。戦うべきは今川です。そのためには斎藤家との再同盟が必要です。同盟が結ばれたら、臆病な信安はまた我々に従うようになるでしょう。無駄な戦は避けるべきです」


「俺は今川とは組めても斎藤とは組めない。

 岩倉城対策は喫緊の課題だ。守山を取られたら三千の兵が雪崩れ込んでくる。今はまず状況を安定させてから次の事を考えたい。そのためには林兄弟の力が必要だ。どうだろうか?」


 通勝は時間稼ぎを申し出た。


「難しい話です。一両日後に回答いたしますので、今日の所は」


「分かった。お互いにとっていい結果が出ればいいな」


 信長兄弟は退室した。林兄弟は頭を下げて見送った。


 二日後、林兄弟は反乱を起こした。

 那古屋城と北の清州城の間には米野城、大秋城があった。これらの城は林兄弟の家臣の城だった。那古屋~清州間は遮断された。

 那古屋城と南東の熱田の間には荒子城があった。この城も兄弟の家臣の城だった。那古屋~熱田間は遮断された。

 信勝は林兄弟のように明確には敵対しなかった。信長から兄弟を攻撃するように要請されてものらりくらりと拒否した。

 信勝は水面下で高政や信安と接触した。また名乗りを「弾正忠達成」に改めた。弾正忠は織田家の正式な当主しか名乗れない名前だった。


 織田家は上守護代家や林兄弟と小競り合いを繰り返した。

 その内、斎藤家の数百人規模の部隊が木曽川を渡り、尾張南西部を襲撃するようになった。信長は自ら兵を率いて迎撃に当たった。

 斎藤軍と戦う時、信長はいつも兄信広に留守の清州城を任せて出撃した。


 父信秀が生きていた時代、信広は軍事的に重要な役目を任されていた。しかし彼は失敗続きで、最後は大事な城を奪われて人質になった。信長以外誰も彼を信用しなくなった。

 父の死後、信長は清州の南にある重要な城を信広に預けた。信広はこの待遇に不満を持ち、より高い地位を求めて高政に寝返りを申し出た。

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