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1-6

 美濃各地の村は焼かれて廃墟と化していた。

 大量の死体が埋葬されずに放置されていた。死体からにじみ出た腐汁で周囲の草が灰色に枯れていた。川に浸かった死体は肛門が開き、カッパに尻子玉を抜かれたようになっていた。鎧や服は奪われて全員裸だった。

 濃尾平野のどこからでも稲葉山を見る事が出来た。この山は美濃のシンボルだった。

 利政は稲葉山の山頂に城を建てる事で、支配者としての権威を確立しようとした。政治力は抜群の城だが、城自体の防御力はそれほど高くなかった。


 稲葉山の西の麓に井ノ口という城下町があった。

 街の周りには空堀が掘られていた。入口には門が建っていた。街全体が大きな要塞になっていた。

 斎藤軍は市内に防衛陣地を構築し、そこに立て籠もっていた。

 道路はかい盾と墓石を組み合わせたバリケードで封鎖された。

 道沿いの民家は隠し狭間として活用された。敵が道を通ろうとすると、左右の家に潜んでいた部隊が窓から攻撃を仕掛けた。

 四十以下の男性住民は僧侶まで根こそぎ徴兵されて竹槍、石を持たせされた。

 織田軍が略奪している間に、斎藤軍は市内の要塞化を終えていた。


 主力は各地の寺に配備された。本陣は稲葉山の麓の寺の本堂に設置された。

 朝、斎藤家の首脳陣は本堂に集結して作戦会議を開いた。

 利政は本尊の前にあぐらをかいて座った。まるで自分が神仏になったようだった。

 利政は諸将に一方的に命じた。


 織田軍は加納まで迫っている。今日が決戦になるだろう。

 A隊はB地区を守れ。C隊はD隊を支援しろ。E隊はF隊と共にGに待機しろ……


 利政は流れるような弁舌で的確な指示を出した。

 諸将は黙って命令を聞くだけだった。提案も拒絶もなかった。


 美濃各地の国人領主は独立性が高かった。幾つも派閥があって、互いにいがみ合っていたので、国としての統一行動を上手く取れなかった。

 利政は国人領主の寄り合い所帯をトップダウンの独裁体制に改革しようとした。その過程で各地の領主の不満が高まっていた。

 利政には不満をねじ伏せるだけの剛腕があった。少なくとも本人はそう信じていた。


 指示が終わった。

 利政は諸将を見回した。皆恐れて目を背けた。心の中で何を思っていても、今は直接行動には出られなかった。

 目が合った時、一人だけ温和に微笑む男がいた。


 利政の長男、斎藤高政。身長二メートルの太った大男だったと伝えられる。ペラペラ喋ってフットワークも軽い父親に比べれば、おっとりした言動が目立った。愛妻家でもあり、妻子三人で夕食に好物のタニシ料理を食べた後、食中毒で三人一緒に亡くなったという。


 利政は軽くため息を付いた。

 父親は息子の資質に疑問を感じていた。こんなのんびりした男にピーキーな美濃を統治出来るだろうか。自分の後を継いで中央集権化を達成出来るだろうか……



 作戦会議が終わった。諸将は本堂から退出した。

 境内に家臣や親族が待っていた。諸将は彼らと共に駐屯地に戻った。


 諸将の一人に明智光安という男がいた。

 土岐氏に連なる東美濃の名族だったが、利政が台頭してくると、いち早く彼に接近して妹を人質に差し出した。妹は利政の継室となって娘を産んだ。光安は利政体制の中で重要な地位を占めるようになった。


 甥の明智光秀が光安を出迎えた。

 聡明な青年である。まだ幼い時、明智家当主だった父の光綱が死んだ。家督は光綱の弟の光安が継いだ。一説には元服の時に光安から家督継承を勧められたが、本人が拒んだという。

 叔父の元で家は十分繁栄しているので、筋目にこだわって変える必要はない、という所だろうか。


 二人は並んで境内を歩いた。

 光秀は叔父に頼んだ。


「私は鉄砲隊を率いて先鋒を務めます。叔父上には後方支援をお願いしたい」


「分かった。華々しい戦果は誰も望んでいないぞ。挙げた所でろくに褒美も出ないしな。危険と思ったらすぐに退きなさい」


「進退はわきまえています。決して深追いも固守もいたしません」


 光安は甥が名将風の受け答えをするので一瞬忘れそうになった。


「……いや?お前今回が初陣だろ?」


 光秀は答えずに空を見つめた。光安は「いやおいって」と声をかけた。

 織田軍は稲葉山周辺の村々を襲って放火し始めた。村を焼く煙がもうもうと立ち上がる様子が市内からも確認出来た。

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