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7-4

 明けて弘治二年一月、尾張国内の比良城付近の池で、頭が鹿ぐらいある大蛇が見つかったという噂が流れた。怖がった住民は池の脇を通る街道を使わなくなった。


 比良城は清州城の東にある城である。

 佐々三兄弟の父、成宗が築いて三男の成政と移り住んだ。長男の政次には元の居城の井関城(清州城の北にある城)を与えた。次男の孫介は信長付きの側近として清州城に移り住んだ。

 一年前に成宗は死に、現在は成政が城主を務めていた。


 信長は噂を聞いての比良城に蛇退治に出かけた。成政は当時病気で寝込んでいて、出迎える事が出来なかった。

 信長は付近の住民を池に集めて、沢山の桶で水を組み上げさせた。

 池の水は三分の二に減った。しかし大蛇は見つからなかった。

 信長は脇差を口にくわえて冬の寒い池に飛び込んだ。しかし見つからなかった。

 信長は水泳自慢の側近に水中を調べるように命じた。側近は池に飛び込んで隈なく探したが、やはり見つからなかった。

 信長は集まった住民に宣言した。


「どうだ!蛇などいないぞ!これからは安心して暮らすといい!」


 信長は清州城に帰った。住民は安心して街道を使うようになった。


 この時、成政が上守護代家と通じて謀反を起こすという噂が流れていた。成政にはそんな気持ちはもちろんなかった。しかし「信長が噂を信じたら自分はどうなるのだろう」と不安にも思った。

 信長が比良城にやってくると聞いた成政は、殺されると勘違いして城に籠った。

 成政の重臣は「もし信長が城に来たら命に賭けて自分が殺します。だから殿はどうか安心してください」と成政に請け負った。

 信長がさっさと帰ったので何事もなく終わった。


 国内が不安定になると、住民の不安な気持ちに付け込んで色々な噂が流れるようになる。武将でも農民でも、その噂を簡単に信じてしまう。

 尾張国内は焦げ付き始めていた。


 余談だが、成政は後に富山を治める大名となる。その時、領内でまた同じような大蛇騒ぎが起こり、住民は不安に思った。成政は池に焙烙火矢を何十発も打ち込んで不安を解消してやった。


 二月、知多半島を治める水野信元は妹婿で奥三河(三河北東部の山岳地帯)の作手城主、奥平貞勝を寝返らせた。奥平家は奥三河では大きな勢力だった。

 奥平軍は先制攻撃で今川家の城を攻め落とした。更に今川家から派遣された鎮圧軍を籠城戦の末に撃破し、司令官を戦死させた。

 四月以降、今川家は本格的な大軍を奥三河に派遣した。奥平軍は連敗して反乱は十月までに鎮圧された。貞勝は降伏して罪を許された。

 奥平家に連動して幾つかの家も寝返っていた。彼らもこの時に駆け込み土下座で降伏した。義元は全員許した。


 三月、三河北部の上野城の酒井忠尚が今川家に寝返った。三河南部の西条城主、吉良義安は圧迫された。

 織田軍は海路から三河に侵入し、西条城の北にある荒川城を攻めた。

 今川家は援軍を繰り出した。両軍は荒川城近くの野寺原で激突。織田軍は援軍を打ち破った。

 織田軍は吉良家と水野家に上野城攻撃を指示した後、船で引き上げた。

 しかし連合軍の上野城攻撃は失敗に終わった。


 四月、美濃国内の雪が解けた。

 四月十八日朝、道三軍二千七百は城田寺城(鷺山城の北三キロにある城)から出発し、午後には鷺山城の南東二キロにある鶴山砦に入った。

 ここから南に四キロ進んで長良川を渡ると稲葉山城に出る。砦からは城の動きがよく見えた。

 道三には五人の息子がいた。四利堯男は高政側に付いた。五男新五郎は元服前の十四才の少年で、道三の下で養育されていた。

 道三は万一に備えて新五郎を鷺山城に送った。


 十九日朝、織田軍千五百は清州城を出発した。

 軍は船を使って長良川を上り、美濃大良村に上陸した。ここは稲葉山城から南西十三キロの位置にあった。


 長良川が村の東側を流れていた。対岸は尾張だった。河原には船着き場があり、土手を上がると大良寺があった。

 普段は寺だが、戦の時は城として使われていた。道三はこの寺を織田軍の拠点として提供してくれた。

 しかし寺はもう何年も城としては使われていなかった。外堀、内堀は埋められていた。櫓もなかった。

 織田軍は寺に入って改修工事を施した。敷地の内外に外堀、内堀を堀り、敷地の四隅に井楼櫓を組んだ。

 敷地内を掘っていると、地中から銅銭の入った瓶が大量に見つかった。大昔の住職がもしもの時のために隠しておいた金だった。兵士達は「良い事がありそうだ」と噂し合った。


 二十日朝六時、稲葉山城から高政軍一万七千五百が出発した。

 砦から見ていた道三軍は動揺した。兵士二百人が逃げ出した。

 道三は強引に軍を出発させた。このままここにいたら全員逃げてしまいそうだった。


 高政軍は西に進んで長良川南岸の渡し場に布陣した。ここは水深が浅く、足で向こう岸に渡る事が出来た。

 道三軍は南西に進んで長良川の北岸に布陣した。

 両軍は川を挟んで向かい合った。どちらの兵士も同じ黒い旗を背中に挿していた。

 朝八時、戦闘が始まった。

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