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高政の重臣、斎藤六宿老の一人に日根野弘就という武将がいた。八十年の生涯を通じて戦い続けた豪傑で、実戦用に自ら改良した「日根野兜」は全国で流行した。
夜、日根野は道三の屋敷を訪れた。
道三と日根野は私室で面会した。日根野は要件を告げた。
「国主様は病気で歩けない状態です。孫四郎様に家督を譲りたいので、明日城に来て欲しいとの事です」
道三は涙した。
「神仏は何てむごい事をするのだろう。これかという時に、高政が……」
「国中が同じ思いです。私もとても悲しい。しかし今は悔やんでもいられません」
「そうだな。政権に空白を作ってはいけない。
了解した。明日孫四郎に行ってもらうとしよう」
翌朝、孫四郎、喜平次兄弟は叔父の道利と稲葉山城の本丸館を訪れた。
兄弟はスキップするぐらい嬉しがっていた。道利は二人の態度をたしなめたが、兄弟は「うぜえよ」、「はいはい分かりました」と聞かなかった。
玄関先で日根野が待っていた。日根野は三人に深々と頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。国主様、右兵衛大輔(喜平次)様、隼人佐(道利)様」
兄弟はまた喜んだ。道利は苛立った。
一行は日根野の案内で館の奥にある私室に向かった。
高政は館の中央にある広間に六宿老と待機していた。
偵察役の長井道利の息子、長井道勝が広間に入ってきた。
「来たのは孫四郎と喜平次だけです。道三はまだ屋敷に留まっています」
六宿老はざわついた。
高政は冷静に指示を出した。決断までは長かったが、決断した後は誰よりも覚悟を決めていた。
「竹腰摂津(六宿老の一人、竹腰道鎮)と忠左衛門(道勝)は兵を集めて屋敷を囲め。
囲んだらまずは自害を勧めろ。断れば殺せ」
道勝、竹腰は頭を下げて退室した。
孫四郎兄弟は書院造の控室に通された。
日根野は兄弟に告げた。
「新九郎様のご容態が思わしくありません。今は話も出来ません。安定するまでしばらくここで待っていてください」
長井と日根野は座って床に刀を置いた。兄弟は座ったが刀を差したままだった。
長井は「腰の物を外せ。失礼だ」と注意した。兄弟は舌打ちして刀を置いた。
日根野の家臣が酒と肴を持ってきた。日根野は「しばらくこれでも」と二人の盃に酒を注いだ。
二人は喜んで飲んだ。
長井はまた注意した。
「隣に死にかけの兄上がいるんだぞ!よく飲めるな!?お前もだぞ日根野!何を考えている!」
孫四郎は無視して飲みかけの盃を日根野に差し出した。
「ほら、お前も飲め!」
日根野は頭を下げて盃を受け取った。
「国主様、お流れありがたく頂戴いたします」
日根野は一気に飲み干した。兄弟は喜んで手を叩いた。
長井は「勝手にしろ!」と怒って退室した。兄弟はヘラヘラ笑った。
兄弟はハイペースで酒を飲んだ。日根野も二人に付き合って沢山飲んだ。
一時間経った。兄弟は赤い顔でウトウトし始めた。やがて仰向けになっていびきをかき始めた。
日根野は冷たい表情で立ち上がった。
控室の戸が開いた。廊下に長井と屈強な武士数人が立っていた。
長井達は一斉に刀を抜いた。日根野は床に置いた自分の刀を手に取った。




