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1-5

 織田軍は数年前に西美濃の大垣城を攻め落とし、地域の拠点として活用していた。

 大垣城の北に赤坂という鍛冶場町があった。

 南下してきた朝倉軍は赤坂の北郊外で斎藤軍と交戦した。


 両軍はかい盾を並べて距離百メートルで激しく打ち合った。

 宗滴は脛なしの大鎧姿で持ち槍を持ち、かい盾の後ろに待機していた。


 弓の訓練には金と時間がかかる。国が豊かであるほど優秀な射手を大量に雇用出来る。

 宗滴は明や琉球とも貿易して富を蓄えていた。


 朝倉軍は距離百で斎藤軍の射手をねじ伏せた。

 宗滴はかい盾の後ろから徒歩で飛び出した。侍部隊と足軽部隊は総大将を先頭に突撃を開始した。


 普通の軍隊は勇者と弱者が混じってノコギリの歯の陣形になるが、強い軍隊は最強の戦士を先頭に綺麗な二等辺三角形の陣形を形成する。

 これは「杉形すぎなり」の陣形と呼ばれる。頂角に位置する武士がいわゆる「一番槍」だ。彼が走り出す事で他のメンバーも走り出す。一番槍には勇気あるファーストペンギンとして多くの褒賞が与えられた。槍一本で大名まで出世する武士もいた。

 各大名は一番槍を任せられる猛者を常に探していた。朝倉軍は色々探した結果、宗滴になった。


 朝倉軍は杉形の陣形で敵陣に雪崩れ込んだ。敵は恐れて逃げ始めた。

 大男の足軽が槍を構えて宗滴に向かってきた。

 宗滴はうつむいて鋭く踏み込んだ。相手の槍は宗滴の頭上すれすれを通過した。兜と槍先がすれ違って火花が散った。

 宗滴は槍を相手の腹に深く突き刺した。そしてそのまま力を入れて相手を押し倒した。槍は肉に深く刺さって抜けなくなった。宗滴はさっさと槍を離した。

 相撲取りのような武士が羽交い絞めにしようと後ろから迫ってきた。

 宗滴は振り向きながら霞当て(古流柔術の目潰し。指の力を抜いて、ビンタするように手の甲で相手の目を叩く)を当てた。相手が前かがみになった所で、左手で鎧の下端を掴み、右手の平でアゴを強く押し上げた。力士は簡単に仰向けに倒れて後頭部を強打した。

 宗滴は自分の刀を抜いた。

 別の武士が正面から袈裟切りで切り下ろしてきた。宗滴はカウンターの切り上げで手首を切断した。

 宗滴は刀一本で暴れ回った。逃げる敵は足を突いて止めた。向かってくる敵は小手で手首を切り落とした。刀が脂や刃こぼれで切れなくなると、投げて敵の背中に突き刺した。そして誰かの手首が付いたままの刀を拾って戦い続けた。


 味方前線部隊は宗滴と共にどこまでも前進した。彼らは敵を倒す事だけに集中した。通過した後には敵の死傷者が大量に横たわった。

 首を落とすのは専門の雑兵の役目である。彼らは刀の峰を足で踏んで固い首を切り落とした。慣れてない雑兵は小刀を首に何度も突き刺してようやく切り離した。



 朝倉軍は大勝した。斎藤軍は陣地を捨てて稲葉山城に撤退した。


 夜、朝倉軍は赤坂郊外に野営の陣を張った。

 首脳部は本陣に集まって床几に座った。

 雑兵二人が本陣から死体を戸板に乗せて運び出した。死体はむしろを被されていた。腹から出た血でむしろの一部が変色していた。


 宗滴は説明した。


「敵はまだまだ余裕があるぞ。見たか、あの裂いた胃の中。しっかり五合は食っていたな。

 敵はある程度秩序だって退却していると見ていい。連戦連敗で城に逃げ込んでいると考えると怪我をする」


 景隆は指示を求めた。


「これからどうします?このまま突っ込むか、進撃速度を緩めるか。織田と共倒れは嫌ですが、織田に美濃を全て取られるのも癪です」


「斎藤次第だなあ。出てくれば戦う。今は放火して回りながら様子を見るのが最善手と思う。皆、どうだろうか?」


 首脳部は宗滴の様子見案に同意した。

 山崎は賞賛した。


「常に退路を確保しているからこそ、進むも退くも自由自在なのですね。

 左衛門尉様(宗滴)こそまことの名将と呼ぶべきお方と存じます」


「いんや。名将とは大きな敗戦を乗り越えられた奴を言う。俺なんて七十一にもなって一度も負けた事がない。とても名将とは呼べないね」



 濃尾平野の北端に稲葉山城があった。

 城は標高三百メートル強の険しい山の上に建てられていた。岩盤が固く、井戸水が得られないので、長期籠城には不向きだった。

 夜、斎藤利政は稲葉山の頂上から領内を見下ろした。

 国全体が真っ赤に燃えていた。暗い場所は足元の井ノ口の町と、織田領に編入された西美濃ぐらいだった。


 利政は「美濃のマムシ」と憎悪される武将である。

 独裁色の強い男だったと伝えられる。根回しをせず、全てを一人で決めた。

 信秀と違って容赦がなかった。一度歯向かった相手、将来歯向かいそうな相手はためらいなく殺した。力を蓄えて実質的な美濃守護となると、正統な守護の土岐氏を追放して美濃の支配者になった。

 美濃各地の領主はたびたび反乱を起こしたが、利政は全て鎮圧して強権政治を続けた。


 一万も城に籠られたらとても勝てない。信秀は国中を焼けば利政が住民を守るために城から出撃してくると思っていた。

 幕府は長州を討つために横浜を出航した四国艦隊を止めようともせず、むしろ「頑張れ」、「代わりにやっつけてくれ」と応援して送り出した。

 利政にとって各地の領主は潜在的な敵だった。彼も「敵を削ってくれてありがとう」、「これで中央集権化が進む」ぐらいの気持ちでいたのだろうか。

 ただ、こんな事をする政府は当然信用を失う。幕府は四国艦隊事件から四年後に滅んだ。


 織田軍は二十日間に渡って美濃全土を略奪した。しかし斎藤軍は城に籠り続けた。

 各地に散っていた織田軍は稲葉山城近郊で合流した。いよいよ城攻めである。

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