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信光と坂井は水面下で接触した。森可成と坂井政尚が信光側の交渉を担当した。
交渉一回目、二人は守山城下の寺の本堂で坂井側の使者二人と会った。
交渉はトントン拍子に進んだ。坂井側は上手すぎる話に疑いを持った。
交渉二回目、二人はまた同じ寺で使者と会った。
可成は相手を安心させるために起請文を用意してきた。しかも起請文七枚を巻物のように繋げた「七枚起請」という最高の形式の起請文だった。
坂井側の使者は七枚起請を見て一安心した。彼は「裏切ったら日本中の神が七回神罰を下しますよ」と冗談を言った。可成と政尚は笑った。
交渉三回目、四人は再び同じ寺に集まり、信光の入城時期や具体的な待遇などを話し合った。
交渉は二週間で完了した。
可成と政尚は那古屋城の本丸館に上がり、信長、信光、秀敏に交渉終了を報告した。
信光は褒めた。
「いや、恐れ入った!上手いな!上手いし早い!お前らすげぇな!」
二人は「ありがとうございます!」と嬉しそうに頭を下げた。
床の間に十文字の朱槍が二本飾られていた。信長は自ら二人にこの槍を渡した。
「おう、褒美だ!いい槍だぞ!」
二人は恐縮して受け取った。
秀敏も上機嫌だった。彼は信光に言った。
「後はお前だな?」
「任せてください。数日中に城を落としてやりますよ」
四月十九日、信光は兵五百を率いて清州城に入城した。
城の中央に本丸館があった。館の北には三階建ての櫓が、南には二階建ての櫓があった。兵士は数度の敗戦と家臣離反で二百人まで減っていた。
信光は本丸館の大広間で上守護代の織田信友、筆頭重臣の坂井大膳と面会した。
坂井は信光が広間に入ってくるなり小走りで駆け寄った。そして両手を握りしめて涙を流した。
「よく来てくれました!これでお家のご運が開けました!」
信友は一番奥の当主席に座った。信光は上座となる部屋の右側奥に、坂井は対面の左側奥に座った。
信光は言った。
「今日から守護代は私と守山殿の二人です。尾張半守護代と名乗ってください。ご住まいは今新しく建てています。出来るまでは南の櫓を使ってください」
「分かりました。問題は多いですが、共に支え合って一個一個解決していきましょう」
坂井は申し出た。
「今夜は半守護代様の歓迎の宴を開く予定です。是非いらしてください!」
「ありがとうございます。ごちそうになりましょう。
私の方もお返ししなくてはいけませんね。明日櫓にいらしてください。守山から色々持ってきました。ごちそう返しを食らわしてやりますよ」
夜、本丸館で盛大な宴が開かれた。
宴会には女性や芸人も呼ばれた。家臣は庭の木を人間と勘違いするほど酔っぱらった。
信光隊は城のあちこちに分泊した。選りすぐりの精兵百は南の櫓に入った。
可成は櫓の二階の壁に背を持たれて座り、一人で酒を飲んだ。床には信長からもらった槍が置かれていた。
櫓の窓は開いていた。外から楽しそうな音楽や男女の笑い声が聞こえていた。
槍は関兼定という有名な刀工の槍だった。これ一本で城が建つほど高かった。高価な槍が月明りを浴びて優しく光っていた。
可成は微笑んだ。
「いい家に来れてよかったなぁ……」




