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三月、高政の使者、竹腰道鎮が土岐家旧臣を連れて那古屋城本丸館を訪れた。
竹腰は高政が新たに選んだ六人の重臣、斎藤六宿老の一人である。高政軍の先鋒を務める猛将でもあった。長年の戦場生活で右手の小指が欠けていた。
信長と叔父の信光、大叔父の秀敏は広間で使者と面会した。
竹腰は信長の対面に座った。旧臣五人は竹腰の後ろに並んで座った。
竹腰は挨拶した。
「先日、斎藤山城は隠居、出家して国主の座を斎藤新九郎(高政)に譲りました。山城は今後は道三を名乗り、新九郎の治世を支えていきます」
信光は尋ねた。
「突然の引退だった。こういう事は、本来ならば同盟国に事前の告知があって然るべきだろう。こちらとしてはいささか残念に思う」
表向き、道三は平和的に隠居した事になっていた。しかし本当に円満退社なら、関係先に「〇年×月に引退するから後任の△をよろしく」と引き継ぎ調整した上で辞める。今回は調整もなく突然辞めさせられた。
竹腰は頭を下げた。
「それに付きましては謝罪させていただきます。
しかし織田家の皆様方に置かれましてはどうかご安心いただきたい。斎藤家の外交方針にはいささかの変更もございません。新九郎は先代から続く織田家との友誼を重んじ、今度も末永い付き合いを望んでいます」
秀敏はほっとした。これで斎藤家が敵に回ったら終わりだった。
信長は頷いた。
「こちらとしてもそれは望む所です。新九郎殿によろしく伝えてください」
竹腰は振り返って五人を紹介した。
「先日お話をいただいた土岐五本槍です。いずれ劣らぬ勇士揃い。必ずや上総介様のお役に立つでしょう。右から森三左衛門可成。坂井右近政尚……」
五人は信長に頭を下げた。
五人は土岐五本槍と呼ばれる勇士である。斎藤家に仕えて冷遇されていたが、信長の要望で織田家に転職する事になった。
五本槍の筆頭は森三左衛門可成という武将である。
ナイスガイエピソードしかない男だった。狂犬前田利家も地獄の番犬柴田勝家も、可成の前では三秒で心を開いてへそ天した。
身長百八十センチ以上。見た目は爽やかイケメン。「攻めの三佐」の異名を持つ戦上手であり、内政や謀略もこなした。
本来なら斎藤家のエースを張れる人材だったが、道三の猜疑心の高さから飼い殺しにされていた。信長は訳あり素材を格安でゲットした。
対面は終わった。竹腰と五人は一旦退室した。
秀敏は障子を閉めた。広間には三人だけになった。
信光は懐から手紙を出して二人に見せた。
「坂井大膳からです。
『守山殿の武勇を見込んで、是非とも我が陣営に加わって欲しい。信長を殺した後は尾張の半分を差し上げる』だそうです」
三人は笑った。
秀敏は寝返りを勧めた。
「好待遇だな。裏切ってもいいんだぞ?」
「いや、俺は裏切った振りをしようと思っています。誘いに乗った振りをして清州城に入って、信友と大膳の首を取ってやるんです」
「そんな見え見えの陰謀に引っかかるか?上手く行けば最高だが」
信長は答えた。
「清州は相当追い込まれています。こんなどうしようもない案が正式な方針として採用されてしまうんだから。現実が見えなくなった清州には付け入る隙が大いにあります。
叔父上、俺はその案賛成です」
秀敏は消極的に賛成した。
「まあ、試してみてもいいか……
あの五人も連れていけ。どれだけのものか確かめたい」
冷静に考えて、首位チームのエースが降格目前の最下位チームに移籍する訳がない。しかし追い詰められた敵は冷静さを欠いていた。
サッカーにはパニックバイという言葉がある。最下位に転落したチームが慌てて有名選手を買いに走る現象を指す。
最下位チームは降格したくない一心でもう現実が見えてない。無計画に選手を大金で勝って、経営状況を致命的に悪化させてしまう。降格した後もその巨大負債で長く苦しむ。
悪い代理人は怪我をした選手のカルテを改ざんして高値で売り付ける。パニックなので、そんな詐欺にも簡単に引っかかってしまう。
信長は悪徳代理人としてスパイを売り付ける工作を開始した。




