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天文二十三年二月深夜、稲葉山城から完全武装の鎧武者千人が出撃した。
山道は細い上に暗かった。部隊は一列に並んで一人一人松明を持っていた。動くたびに鎧の金属音がカチャカチャ鳴った。
夜の山に松明の明かりが千本浮かび上がった。赤いムカデの怪物が山頂から降りてくるように見えた。
稲葉山の西側に城下町があった。麓の近くに国主の斎藤利政の武家屋敷が建っていた。塀は高く、門は大きかった。
部隊は山から下りて屋敷を包囲した。
指揮官は正門の前に立った。
二メートル近い大男だった。黒い鎧の烏帽子型兜魚鱗具足を着ていた。
指揮官は門を押した。門は不気味な音を鳴らして開いた。
屋敷の使用人は既に寝返っていた。門の閂は事前に外されていた。
利政は書院造の寝室で寝ていた。床の間には刀が飾られていた。
誰かが縁側の雨戸を取り外した。利政はその物音で飛び起きた。
寝室と庭を隔てる物は障子戸だけになった。無数の赤い光がその障子戸越しに部屋に差し込んできた。
利政は床の間の刀を抜いた。
障子戸の向こうから息子の声がした。
「夜分遅く失礼いたします。父上、新九郎(高政)にございます」
利政は刀の先で障子戸を開けた。
庭に松明を持った鎧武者百名が整列していた。先頭に黒い鎧を着た高政が立っていた。
利政は刀を畳に突き刺した。
高政は丁寧にお願いした。
「家督をお譲りいただきたい。
父上の下で美濃は空前の繁栄を見せています。その功績に異を唱える者は誰もおりません。しかしながら、隣国はそれ以上の速さで富国強兵を進めています。歩みを速めなければ美濃は隣国に飲み込まれてしまうでしょう。
父上の力になりたいのです。国主の重荷を私にも背負わせてください」
利政はその場に座り込んだ。
「……分かった。しかし命だけは助けてくれ。俺もここで死にたくはない」
「私がそのような事をすると思いますか。こうしているのだって心苦しいのに」
「俺はお前が愚かだと決め付けていた。しかし一番愚かなのは俺だったよ」
利政は高政に土下座した。
「朝が来たらお前が国主だ。どうか美濃を守ってくれ」
高政は涙交じりの声で「はい……」と答えた。
利政は毒蛇のような顔で畳をじっと睨んでいた。
こんな修羅場は何十回も潜ってきた。ともかくここは何としてでも切り抜ける。必ず態勢を立て直して、こんな目に遭わせたこの男を絶対殺す……




