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5-1

 信長は上守護代家を萱津で倒した。また斎藤利政と聖徳寺で会見し、斎藤家の全面支援を引き出した。

 上守護代家は勢力を失いつつあった。


 上守護代家の本拠地は清州城だった。

 街の中心を五条川が流れていた。川の両岸に城下町が築かれていた。街は全体が空堀に囲まれていて、入口には門が建っていた。

 西岸の川沿いに清州城が建っていた。川を天然の堀にした巨大な城だった。

 城の中心に本丸館があった。館の北に大きな櫓(天守閣)があった。戦の場合はここに籠る事になっていた。南には予備の櫓があった。


 首脳陣は本丸館の大広間に集まって対応策を話し合った。

 一番奥の当主席に織田信友が座った。部屋の右側には守護代家の家臣、左側には守護の斯波家の家臣が座った。


 会議は筆頭重臣の坂井大膳の独壇場だった。坂井は一時間でも二時間でも怒鳴り続けた。主の信友さえ罵った。信友は何も反論出来なかった。

 本来の尾張守護は斯波家である。しかしその実権は副知事格の上守護代家が握っていた。そしてその上守護代家の実権は№3の政策局長格の坂井が握っていた。尾張の統治システムはいびつな三重構造になっていた。


 斯波家側の席に長身の美青年、簗田弥次右衛門が座っていた。彼は既に信長側に通じていた。

 簗田の対面に色白の美少年、那古野弥五郎が座っていた。清州城の総兵力は千前後。那古野はその内の三百を率いていた。

 出席者は全員坂井を怖がってビクビクしていたが、那古野は堂々としていた。坂井の罵倒ぐらいでは動揺しなかった。

 那古野は不意に対面の簗田と目が合った。

 簗田は柔らかい表情で微笑んだ。那古野は照れて下を向いた。


 会議は何の具体案も出ないまま終わった。出席者は足取り重く退室した。


 夕方、簗田と那古野は五条川のほとりに並んで立った。二人の前をオレンジ色に染まった川が流れていた。

 那古野は苦しい胸の内を話した。


「これからどうなってしまうのでしょう」


「時間が経つごとに信長は強くなり、大和守(信友)様は弱くなる。今しっかりした手を打たないと清州は滅ぶ」


「どんな手を打てば逆転出来るのか、愚かな弥五郎にはまるで思い付きません。

 簗田様には何かよいお考えはありますか?」


「それを考えるのは大和守様だろう。我々が考えなくてはいけないのは那古野の家、簗田の家が続いていく方法だよ」


「それは裏切りです」


 簗田は那古野の澄んだ目を見つめた。那古野は恥じらいながら真っ直ぐに見つめ返した。彼の白い肌が恥ずかしさと夕日で赤く染まった。

 簗田は説得した。


「家を守るために清州に仕えているんだ。忠誠を誓うのは家であって、清州ではない。清州と一緒に滅ぶのは先祖伝来の土地に対する裏切りだろう。

 信長なら必ず家を守ってくれる」


「弥五郎はどの忠義を選べばいいか分かりません。

 戦場ならば目の前の相手を倒せばいいだけです。とても分かりやすい。戦場が恋しいです」


「なら俺に忠誠を誓ってくれ」


 簗田は那古野の片手を握った。那古野は耳まで真っ赤にして手を払った。


「冗談はお止めください!」


「本気だ」


「人の道に反しております!」


「分かった。悲しませたくないから無理強いはしないよ」


 簗田は悲しそうな顔で川を眺めた。那古野は心を痛めた。


「……簗田様は私だけでなく誰にでもお優しい。よく気が利くと皆が言っています」


「自分以外にもそう言っていると疑っているのか?」


「そのような事は……いえ、弥五郎は己に嘘を付きました。簗田様が他の者にも言っていると疑いました。卑しい、恥ずかしい男です」


「俺はばれないようにいつも周囲に気を配っている。俺達のような道に反した人間は全員とろけるように優しいよ」


「身を守るために優しさを偽っておられたのですね」


「けれどお前の前で自分を偽るのは辛い。心が苦しい。

 一緒に風呂に行った時の事を覚えているか。お前の体はとても美しかった。ばれないようにするのは正直、試練だった」


 簗田は背中を向けた。


「変な事を言って悪かった。全部忘れてくれ。

 しばらく会わないでいよう。また会いたくなったら家に来てくれ。友人として歓迎する」


 那古野は篠田の着物の裾を掴んだ。

 簗田は振り返った。那古野は頬を赤らめて言った。


「会いたくなりました……」


 簗田は振り返って美少年の華奢な体を抱きしめた。那古野はたくましい美青年の胸に顔をうずめて目をつむった。

 川沿いの夕日の中で、二人は甘やかに抱き合った。

 簗田は背中を優しく撫でた。那古野は幸せそうな表情で微笑んだ。

 簗田は冷たい目で那古野を眺めた。


 那古野は簗田のハニートラップで寝返った。

 簗田は他の家臣にも寝返り工作を仕掛けていた。多くの家臣が信長側に付いた。


 天文二十三年六月、織田軍千五百は那古屋城を出撃して清州城に迫った。

 坂井軍は清州城に籠って出てこなかった。


 数年前、坂井は織田信秀が美濃に出陣した隙を突いて裏切った。坂井軍は信秀の本拠地の古渡城に押し寄せた。しかし坂井軍は留守の城を落とせず、城下町に火を放って撤退した。

 この火事で街は滅んだ。信秀は新たに末森城を築いて本拠地とした。


 織田軍は城下町に火を放って撤退した。街は日が暮れても燃え続けた。


 夜が明けると清州城は城以外なくなっていた。城も煙で真っ黒だった。煮えた堀に魚が白い腹を見せて浮かんでいた。


 坂井に新しく街を作る力はなかった。再建する力も足りなかった。

 城下町の復興は進まなかった。住民の恨みは信長以上に坂井に向いた。

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