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四月、斎藤利政は家臣八百人を連れて冨田に入った。会見場所の聖徳寺は街の中心地にあった。
聖徳寺は大きな寺だった。本堂は数百人が入る広さだった。
家臣は正装して本堂に座った。入りきれない家臣は本堂の廊下に座った。
会見場所は本尊の前に設置された。家臣の座るスペースとは屏風で区切られていた。
人はまだ誰もいなかった。座布団が二つ、向い合せにセットされていた。
会見場所には八百人の大人の中を通らないと行けなかった。
相手を心理的に圧倒してから話し合いに入る。外交団に十万人のマスゲームを見せてから交渉を始める独裁国家のようだった。
街外れの道沿いに小屋があった。利政は護衛数名を連れてこの小屋に隠れた。会う前にどんな男か見ておきたかった。
利政は色黒で目付きの鋭い小柄な男である。茶色の着物で正装していた。
息子の高政は色白の大男で二メートル近くあった。一部では本当の親子ではないという噂も流れていた。
鎧の金属音が聞こえてきた。信長軍がやってきた。
若く健康な槍足軽七百人がやってきた。六メートルの長い朱槍を真っ直ぐに持ち、「お貸し具足」と呼ばれる新品の鎧を着て、背中に黄色い旗を挿していた。
武士は金や赤の立派な鎧を着て、大きな軍馬に乗っていた。
槍足軽の後に五百人の弓足軽が続いた。その後に五百人の鉄砲足軽が続いた。
最後に信長が白馬に乗ってやってきた。
ノースリーブの緑の浴衣を着ていた。背中には大きな男性器が金糸で刺繍されていた。帯の代わりに縄を締めて、そこにひょうたんを八つぶら下げていた。右側が虎の皮、左側が豹の皮を使った袴を履いていた。
周りの側近も皆どうしようもない恰好をしていた。
小屋の面々は織田軍を怖がればいいのか、織田の主を笑えばいいのか、まるで分からない気持ちだった。感情が揺さぶられて情緒がおかしくなりそうだった。
信長は側近を連れて寺に向かった。秀敏が馬に乗って前からやってきた。
秀敏は唖然とした。
「お前、まさかそれで会うつもりじゃないだろうな?」
「ありのままの俺を見せたい」
「国が滅ぶ!
寺に行く前に宿に向かえ。代えの服を用意してある」
信長と側近は一旦宿に入った。
座敷に着替えの準備が用意されていた。
側近は屏風を何枚か使って衝立を作った。信長はその中で服を着替えた。
信長はぼやいた。
「あの人はお洒落が分かってないんだよなあ」
池田恒興は信長に報告した。
「途中の小屋に斎藤家の者が潜んでいました」
「ああ、そう。まあ、危害を加える気がないならいいんじゃない?」
信長が衝立の中から出てきた。
生まれて初めてきちんと髷を結っていた。「勝ち色」と呼ばれる黒に近い紺色の着物を着て、腰に脇差を挿していた。
どこから見ても恥ずかしくない立派な若武者だった。彼を知っている人間が見たら「普段はわざとあんな恰好をしていたのか」と勘違いするほどだった。
側近は「ダサい」、「老人か」と笑った。信長は不満げだった。
長秀は取り成した。
「まあ、外しだと思えばいいじゃないですか、フフフ。外しすぎですけど」
信長は側近を連れて聖徳寺に入った。
信長軍は境内に整列していた。信長は彼らの脇を通って本堂に向かった。誰も信長だとは気付かなかった。
信長は本堂の前に立った。
斎藤家の重臣、明智光安と秀敏が本堂の脇で密談していた。秀敏は光安に「あれが上総介です」と紹介した。
二人は信長の元に向かった。光安は声をかけた。
「ようこそ、上総介様。私は明智兵庫と申すものです。
どうぞお上がりください。奥で斎藤山城が待っています」
一行は履物を脱いで本堂に入った。
正装した大人が数百人座っていた。彼らはじっと信長を見つめた。信長は平然と彼らの真ん中を通った。まるでファッションショーのランウェイのようだった。
信長は屏風の前に座った。側近がやってきて信長の後ろに座った。斎藤家臣は立ち上がって場所を譲った。
本堂内はざわついた。光安はうろたえた。秀敏は頭を抱えた。
屏風を押しのけて利政が出てきた。利政は信長の前に座って睨んだ。信長はじっと見つめ返した。
周囲は息を飲んだ。秀敏は生きた気持ちがしなかった。光安が見かねて信長に言った。
「この方が山城殿です」
信長は一言答えた。
「で、あるか」




