4-4
信光隊と甚介隊は距離二百メートルから射撃戦を開始した。
信光隊の前線指揮官は猛将の赤瀬清六が務めていた。金色のカマキリをかたどった蟷螂形兜を被っていた。
赤瀬は槍を振るって叫んだ。
「進め!進め!」
最前線の盾足軽は竹束に車輪を付けた車竹束を押して前進した。弓足軽、鉄砲足軽は車竹束に身を隠しながら弓鉄砲を打ち込んだ。
敵も矢玉を打ちながらゆっくり前進した。
信光隊は車輪がガラガラ鳴るぐらい急いで進み、距離五十メートルまで接近した。
敵味方は必殺距離で激しく打ち合った。
全ての戦はこの距離五十メートルの射撃戦で決する。槍隊の投入タイミングは相手が十分弱まった後だ。ここで最後の止めとして歩兵を突撃させる。
しかし今日の赤瀬は気負い立っていた。
射撃戦は始まったばかりだった。敵は盛んに応戦してきた。まだ崩れた様子はなかった。
赤瀬は左手で鎧の草摺を引きちぎって身軽になると、槍の穂先を敵陣に向けて叫んだ。
「槍隊前へ!全員俺の背中だけを見ろ!」
赤瀬は車竹束の後ろから一人で飛び出した。槍隊も釣られて駆け出した。
槍隊は赤瀬を先頭に突撃した。赤瀬を頂角にして綺麗な二等辺三角形の陣形が形成された。
敵は矢玉を打ち込んだ。槍隊は攻撃をかいくぐって敵陣に突入した。
白い長方形の陣形に黄色い三角形の陣形がめり込んだ。長方形の陣形は左右に割れていった。
赤瀬とその親衛隊は一直線に前進した。
敵A、B、Cが前方に立ちふさがった。
赤瀬は鋭く踏み込んで敵Aの顔を刺した。
敵Bは槍を真上から振り下ろした。赤瀬は左サイドステップでかわして、がら空きの喉を貫いた。
敵Cは顔目がけて弓を打った。赤瀬は瞬間的に頭を伏せた。矢は黄金のカマキリ兜に当たって弾かれた。
赤瀬は槍を構えて突進した。敵Cは背中を見せて逃げた。
赤瀬はCの右太ももの裏側を突き刺した。Cは大きな悲鳴を上げてうつ伏せに倒れた。
赤瀬は大動脈が通っている右太ももの内側を何度も刺した。大きな傷口から赤い血が噴き出した。Cの悲鳴は刺すたびに小さくなり、最後は無言になった。
甚介隊の最後尾に本陣があった。
指揮官の坂井甚介は大きな南部馬に乗って戦況を見ていた。カニのハサミを付けた蟹爪脇立兜を被っていた。体はベルジアンブルーのようにムキムキだった。
完全武装の強力な親衛隊が周りを固めていた。六メートルの長い槍を真っ直ぐ持っていた。
甚介と親衛隊は赤瀬に向かって移動した。
赤瀬隊は敵を倒しながら前進した。彼らが通った後には顔や太ももを貫かれた死体が横たわった。首を取る暇もなかった。
前から甚介と親衛隊がやってきた。親衛隊はギリシャ兵のように密集陣形を取り、重たく長い槍を構えて突進した。
信光隊の最後尾に本陣があった。
指揮官の信光は馬から降りて戦況を見ていた。
今の所は上手く行っているが、この後も上手く行く保証はなかった。
信光は伝令を二人呼んだ。
「最前線の赤瀬に連絡。周りを見ろ。速度を落とせ。
本陣の上総守に連絡。裏崩れ(先鋒敗北の影響で後方の本隊まで崩れる事)の恐れあり。新手を投入してこのまま敵本陣まで突きたい。増援を願う」
本陣に血まみれの兜が投げ込まれた。赤瀬が被っていた黄金のカマキリ兜だった。
後方から地鳴りが聞こえた。
黒い旗を挿した二列目の勝家隊が怒涛の勢いでやってきた。彼らは一列目の信光隊を追い越して甚介隊に突撃していった。
やや遅れて、信長本陣から派遣された増援部隊五十もやってきた。
先鋒は前田利家。黄金の金鯰尾兜具足を着て、十文字槍を持っていた。
指揮官は丹羽長秀。名張藤堂家の朱具足を着て、乗り降りしやすい小型の馬に乗っていた。
長秀は信光の横で馬を止めた。
「馬上からの非礼、お許しください!
上総守からの命令です。権六(勝家)の部隊は第一線に上がる。守山様(信光)の部隊は第二線に下がる。守山様には後退して部隊を整えた後、敵に横槍をかけて欲しいとの事。突入の判断はお任せします。
我らはその間、敵陣に切り込んで参ります。失礼いたしました!」
長秀隊は風のように去っていった。
甚介隊は信光隊の突進を止めた。信光隊は先端をへし折られた。
甚介隊の反撃が来る前に勝家隊は突撃した。更に長秀隊が突っ込んだ。
坂井大膳は自隊から二百、那古屋隊から百の増援を送り込んだ。
白と黄色と黒の旗が第一線で入り乱れた。
信光は動揺する自部隊をまとめて二列目に下がった。彼は自ら前線に立って横槍のタイミングをうかがった。




