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3-5

 前衛の内藤隊は盛んに弓鉄砲を打ち込んだ。

 敵前線部隊は乱れ打ちを食らって敗走した。死体や負傷者はその場に放置された。

 織田軍は内藤隊を先頭に前進した。元々知り合いなので、放置された負傷者には止めを刺さなかった。


 敵本隊は逃げて来た前線部隊を収容しつつ、部隊の布陣やかい盾の用意といった反撃準備を急いだ。

 敵は大きな馬に乗っていた。興奮した大きな馬はコントロール不能に陥った。

 暴れ馬は乗り手を振るい落として高台の方へ逃げ出した。織田家の方へ逃げていく馬もいた。従者は必死になって暴れ馬を押さえ付けた。それを見て敵の士気は下がった。


 敵本隊から岡部隊三百が前線に出てきた。

 岡部は黒い熊毛具足を着て、象のようなペルシュロン馬に乗っていた。馬は重たい黒の馬鎧を付けて、頭にはイノシシの被り物を被っていた。

 内藤隊は槍隊を繰り出して突撃した。内藤本人も馬にまたがり、親衛部隊を引き連れて敵陣に飛び込んだ。

 岡部隊は槍隊を前進させた。岡部本人も親衛隊を連れて突撃した。

 両隊は正面から激突した。

 内藤は馬上槍で敵を突き崩して前進した。岡部は敵を蹴散らして内藤に接近した。

 内藤はイノシシの被り物を見て大声を上げた。


「我が名は内藤勝介!織田弾正忠家当主、織田信長公に仕えるおとな衆の一人なり!

 岡部丹波守とお見受けいたす!一手ご教授願いたい!」


 岡部は無言で槍を構えて突撃した。

 内藤は正面から槍を突き出した。岡部のイノシシ馬は両膝を着いて突きをかわした。岡部は内藤の馬の首の喉仏を突き上げた。

 内藤の馬は喉を刺されて横倒しに倒れた。内藤は馬の下敷きになった。

 内藤の親衛隊は馬の下敷きになった主を救い出した。彼の手足は二度と戦場に立てないほど折れ曲がっていた。


 岡部隊は内藤隊を押し込んで前進した。前線部隊が捨てた死体や負傷者は回収して後方に搬送した。敵から出た捕虜も殺さず後ろに送った。

 内藤隊は後衛の平手隊と交代した。新たな部隊が前線に出てきた。

 今川軍の反撃準備もようやく完了した。岡部隊は後続の部隊と交代した。


 両軍は槍で接近戦を繰り広げた。前線は押し込んだり、逆に押し込まれたりして波状になった。


 信長は馬に乗って部隊を見て回った。活躍している足軽がいれば、その場で親しく声をかけて半中を投げ与えた。


「でえりゃー気張ってるな!足が冷てゃーだろう!おみゃーにやるに!また頑張ってちょうよ!」


 戦場を歩き回る足軽にとって、食料と履物はいくつあっても足りない。足軽は感謝していただいた。

 信長は戦場では常に褒美の半中を持たせて、その場で自ら与えたという。


 敵味方の司令部は押し切れそうな場所に増援を送り込んで突破を図った。また押し切られそうな場所にも増援を送り込んで戦線崩壊を防いだ。

 敵は新手を次々と繰り出した。味方は防戦一方になったが、何とか耐え凌いだ。

 敵はいつかは押し切れるだろうと楽観視していた。この集中力と体力が続くはずがないと思っていた。

 しかし味方は集中力を研ぎ澄ませて徹底的に守り抜いた。


 前線の波線は最初は心電図のように大きく動いていた。しかしやがてその動きも小さくなっていき、最後は「ピー」という感じで横線になった。

 戦線は完全に膠着した。


 織田軍は東海道最強の今川軍相手にスコアレスドローの戦いを演じていた。

 サッカーW杯予選で日本とアジアの弱小国が対戦した時、日本は徹底的に引いて守る相手を崩しきれず、引き分けになる事がある。そんな試合の後は、ピッチ上の日本選手は釈然としない顔で立ちすくむ一方で、九十分間走り抜いて疲れ切った相手はピッチに寝転がっている。アジアの伝説日本に引き分けた事で号泣する選手もいる。

 彼らは決して弱小国ではない。作戦とチームワークで勝ち点一をもぎ取った高度な戦術的チームだ。

 東海道最弱の織田軍は今川軍に必死に食らい付いた。


 信長は前線の後ろに立って戦を眺めていた。

 十二時、信長はこれ以上戦っても埒が明かないと判断。部隊に戦闘停止を命じた。本人は大声で敵陣に呼びかけた。


「織田弾正忠信長である!

 これ以上の戦は無益だ!捕虜を交換して終わりにしたい!尾張だけにだ!」


 戦場は静まり返った。

 敵味方は攻撃を止めた。前線部隊は槍を下ろした。

 敵本隊から岡部の声が聞こえた。


「駿河守護、今川治部大輔が家来、岡部丹波守!停戦の申し出了解した!生け捕りにした将、足軽はそちらに引き渡す!」


 赤塚の戦いは引き分けに終わった。両軍は捕虜や迷い込んだ馬を交換した後、午後一時には戦場を引き払った。

 織田軍は悠々と帰還した。体はへとへとだったが、大きな充実感に包まれていた。

 強大な敵に少数の兵で戦いを挑み、有利な地に誘い込んで引き分けに持ち込んだ。明日から皆の見る目が変わるだろうと思った。

 信長は追撃を警戒して織田軍の最後尾にいた。

 岡部も今川軍の最後尾にいた。二人は睨み合いながら戦場を離れた。


 この一戦で勝ち切る気だったが、岡部のせいで全て覆された。今川最強の男がいる限り鳴海は落とせない。鳴海にかける金と時間を他に回した方が有意義だ。

 初手岡部は失敗だった。もっと弱い敵から崩していこう……

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