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3-4

 信長派と信勝派の対立は葬儀後も解消されなかった。むしろ分断が加速した。信秀領は事実上東西分割された。


 信長は織田家の正当な当主を名乗り、自国の何倍も強大な今川家に対して断交と宣戦を布告した。同時に熱田、津島に保護を与えた。今川のサラミ戦術を苦々しく思っていた庶民は熱狂した。


 鳴海城の山口は今川家に救援を要請した。また城の周辺に砦を築いて守りを固めた。山口本人は鳴海城を息子の教吉に任せて、自分は鳴海の北にある最前線の桜中村城に入った。

 義元は救援要請に応えて家老の三浦義就と今川最強の岡部元信を派遣した。今川軍四千は鳴海城北西の笠寺に入った。

 同時に寝返った戸部政直の城は笠寺と桜中村の中間地点にあった。山口側は北西に防衛ラインを展開した。北西には那古野城があった。


 信長側に味方する勢力はいなかった。豪族の多くは信勝派に付いた。美濃の利政、清洲と岩倉の上下上守護代、犬山の信清も様子見を決め込んだ。

 唯一、叔父の信光だけは信長支持を表明した。信秀は死ぬ間際、「これからは信長を我が息子と思え」と信光に対して遺言したという。しかし信光の守山城は那古野城の北西にあって、末森城(那古野城の東にある)、清洲城(那古野城の北にある)に睨みを利かせる事が出来た。国内が動揺している今は簡単には動かせなかった。


 そももそ農作業が忙しい時期なので、農兵の大規模動員は不可能だった。

 豪族の手持ちの農兵が使えなければ、金で傭兵を集めるしかない。この時代、流しの傭兵が全国にいて、戦のありそうな所に集まってきた。

 織田家の生命線の熱田、津島は信長支持を表明していた。彼らの金で傭兵を集める事が出来た。

 しかし街で傭兵の求人をかけても集まりは悪かった。サラリーを一、五倍にしても、皆勝てそうな山口の方ばかりに応募した。


 織田家の首脳は那古野城の本丸館広間に集まった。

 信長は一番奥の席に座った。家臣は部屋の左右に座った。

 内藤は信長の対面に座って状況を報告した。


「敵の総数は六千です。今川四百。山口二千。こちらは八百です」


 五年前は二万五千の大軍を動かした織田家も、今は八百しか用意出来ないという。家臣達は非難の目で内藤を見つめた。

 内藤は床に額を擦り付けて謝罪した。


「奉行として言い訳も出来ません。いかなる罰でも受けましょう」


 信長は顔を上げさせた。


「顔を上げてくれ。集まりが悪いのは信用されない俺のせいだ。

 ならば八百で敵を討つ。出陣の準備をしろ」


 天文二十一年四月朝、織田軍八百はほら貝を鳴らして那古野城を出撃した。

 周辺住民は道沿いに立って織田軍を見物した。

 見た目は立派だった。新品の武器を持ち、大きな馬に乗り、黄色の旗指物は背中に真っ直ぐ指していた。兵糧は豊富で、兵士の血色も良かった。

 信長自身は銀色の南蛮胴に黒いマントを羽織り、大きな白のアラブ馬にまたがっていた。馬印は金の笠。派手な色が大好きな男だった。


 織田軍は那古野城から南下して、鳴海城の北東四キロにある中根村に移動した。ここからは山口領になる。織田軍は村を抜けて敵領深くに侵入した。

 織田軍は南下を続けて、鳴海城の北一キロにある三の山という小高い丘に登った。丘の北西一、五キロには笠寺~桜中村の防衛ラインがあった。

 織田軍は包囲を受ける位置に自ら飛び込んだ。


 信長と織田軍首脳は頂上から一帯の様子を眺めた。

 何人かの顔は恐怖で青ざめていた。別の何人かの顔は血気で真っ赤になっていた。冷静なのは信長だけだった。


 丘の南に敵本拠地の鳴海城があった。

 鳴海城から出撃のほら貝が鳴った。山口教吉と岡部元信の連合部隊千五百が城から出てきた。

 信長は内藤に命じた。


「東の赤塚に向かう。準備させろ」


「恐れながら殿!私に先陣をお任せください!岩崎の恥をすすぐ機会をお与えてください!」


「任せる。励めよ」


 丘の東には高台があった。丘と高台の間は平地の草原になっていた。この土地を赤塚といった。鳴海から出撃して織田軍の北に回り込むには赤塚を通るのが最適だった。

 織田軍は丘を東に駆け下りて赤塚に到着した。敵はまだ来ていなかった。

 ここは一度に三百人が通れるぐらいの広さがあった。左右の斜面には雑木林や笹薮が生い茂っていて、大軍の行軍には不向きだった。

 織田軍は内藤率いる前衛三百、平手率いる後衛三百、信長率いる本陣二百に分かれて布陣した。そして最前線にかい盾、竹束を並べて戦闘準備を整えた。

 弓足軽は弓を構えた。鉄砲足軽は火打石で火を点けた。槍足軽は穂先のカバーを取った。武士は脛当てを取り外して身軽になった。

 信長は大きな若馬から、コントロールしやすい小荷駄隊の小さな老馬に乗り換えた。近習には沢山の足半(布製の草履)を持たせた。


 信長は敵の包囲行動を誘発して有利な地形に誘い込んだ。ここでは二倍の数も関係なく戦えた。

 朝十時、敵の前線部隊が赤塚にやってきた。彼らはまだ火縄に火を点けていなかった。


 本陣の信長は甲高い声で命じた。


「かかれ!」

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