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3-3

 読経が終わりに近付いてきた。

 本堂の面々は薄目を開けて辺りを見回した。この後は焼香になる。焼香は喪主から始めるのだが、その喪主がまだ来ていなかった。


 筆頭家老の林は信勝に小声で指示した。


「勘十郎様(信勝)、先に始めてください。我々も続きます」


 信勝は頷いた。


 外が騒がしくなった。弔問客は振り返って出口を見た。

 汚らしい恰好の集団が大本堂に入ってきた。

 着物は泥で汚れていた。腰には床まで引きずるような赤鞘の長い刀を差していた。


 前田利家。一行の中では一番若かったが、一番気が荒かった。強力な槍スキルを持っていた。


 池田恒興。母は信秀の側室で、信長とは兄弟同然に育った。彼だけは出刃包丁のように分厚い脇差を指していた。長くて細い刀は見た目は恰好いいが、すぐ折れて使い物にならなくなるからだ。


 丹羽長秀。彼だけ綺麗に正装して刀を差していなかった。一行は全員チンピラだが、長秀だけはお洒落なインテリヤクザだった。

 軍事、内政に優れた手腕を発揮する秀才だった。信長の信頼は非常に厚く、「他の人間に任せるくらいなら」と長秀にばかり仕事を回した。その分休みも褒美も沢山与えた。


 千秋季忠。若き熱田宮司である。父は同じく熱田宮司の千秋季光で、神主の身で加納口の戦いに参加して戦死した。その時、所持していた「あざ丸」という名刀を斎藤家の武将に奪われたが、後に長秀が取り戻した。現在は彼が父の形見の刀を持っていた。


 川口宗吉。大橋重長のいとこで津島に強い影響力を持っていた。母親は徳川家康の祖母(絶世の美人で五つの家に嫁いだ)で、家康の叔父に当たる人物だった。

 信長とは大変仲が良く、常に一緒にいたというが、詳しい記録は残っていない。信長公記の作者、太田牛一と川口は大変仲が悪く、記録から抹消されたという。


 佐々三兄弟。政次、孫介、成政。北尾張の豪族の息子達である。長男の政次と次男の孫介は小豆坂の戦いに参加して名を挙げたが、三男の成政の実力はまだ未知数だった。


 他にも大勢の若者達が付き従っていた。豪族の次男、三男。熱田、津島の大商人の息子。町人、百姓の子。彼らの先頭に喪主が立っていた。


 那古野城主、織田信長。年は信勝の二つ上の十八才。長身、色白で甲高い声の少年だった。

 余談だが、信長はある戦いの出陣前に熱田の加藤順盛の屋敷に立ち寄り、歓待を受けた。機嫌をよくした信長は「加藤だけに今日の戦に勝とう」と冗談を飛ばした。周りが笑ったかどうかは記録に残っていない。


 大本堂奥に祭壇と位牌が設置されていた。信長は弔問客の脇を通って一人で祭壇前へ移動した。若者達は本堂の出口に残って黙とうした。

 信長は祭壇前に立った。どんぶりぐらい大きな白い香炉に、茶色の焼香が山盛りに供えられていた。

 信長はどんぶり大の香炉を両手で持つと、位牌に向かって全力でぶん投げた。

 弔問客は声を上げた。

 辺りに茶色い粉が舞った。位牌は倒れて粉まみれになった。

 信長は汚れた手を着物で拭った後、祭壇前から立ち去った。そして来た時と同じように脇を通って出口へ移動した。

 弔問客はざわついた。僧侶は不届き者を睨んだ。織田家の面々は大バカ者を見下した。信勝は目も合わせなかった。

 三重臣は立ち上がって信長を追った。

 信長は一人で大本堂を出た。若者達は目を開いて若き君主を追った。


 本堂前の木や柱に馬二十数頭が繋がれていた。急いで泥地を抜けてきたので馬体が汚れていた。

 信長は柱から手綱を外して馬に乗ろうとした。

 三重臣が大本堂から飛び出してきた。彼らは信長の前に駆け寄った。

 林は大声で非難した。


「若様!何故こんな事をなさったのです!皆呆れていますよ!」


「父を深く悼む気持ちを時短で表現した。効率いいだろ」


 信長は馬にまたがった。

 平手は静かに諭した。


「政治とは敵を減らして味方を増やす事です。若様には何度もそう教えたはずだ」


「増えた味方もいる」


「あの場にいた人々全員を敵に回した!」


「なら、あの中にいる連中全員倒してやるよ。守護も、守護代も、弟も、坊主共も。お前らもだ」


 若者達がやってきた。彼らも手綱を外して乗馬した。

 信長は内藤に指示した。


「今日から俺が当主だ。

 今川と手切れする。鳴海を取り返すぞ。お前は部隊を集めろ」


 内藤は大きく頷いた。

 一行は馬に乗って立ち去った。三重臣はその場に取り残された。


 林は信長に任せたら織田家はお終いだと思った。信勝を中心に新たな織田家を作っていかないといけない。

 平手は自分を責めた。このような愚かな男に育ってしまったのは養育役の自分の責任だと思った。

 内藤は興奮した。これこそが王者の器だと。


 頼りなさ、臆病さ、優柔不断さが信秀の不支持率の原因だった。信長は尾張の有力者全員に、頼りない先代とは違う、果断な合理主義者の姿を存分に見せつけた。

 自社の投資説明会に遅刻してパジャマ姿で現れた挙句、自社に投資する事がどんなに愚かか熱弁したザッカーバーグのエピソードを彷彿とさせる。


 葬儀後、熱田、津島の商人は信長支持を表明した。

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