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夕方、松平隊は村を出て矢作川西岸の土手に移動した。
半三郎と兵士数名は船を担いで土手を下り、川辺に船を浮かべた。
船は七人乗りだった。部隊は百人いた。
元康は部隊に指示した。
「苗字のいろは順に乗る。最初は『い』。私は最後に乗る。
まずは積み下ろし用に七人送る。それから怪我人を運ぶ。次に馬。自力で歩ける人間は後回しだ」
部隊は七人づつ船に乗って川を渡った。船は何往復もして人馬を運んだ。
土手の上に一揆勢数人が現れた。彼らは松平隊を見て立ち去った。
九十人分の移動が終わった。残りは一往復だった。
馬の鳴き声や大勢の足音が遠くから聞こえてきた。
河原に残った兵士は戦闘態勢を整えた。渡河作業は一旦止まった。
土手の上に一揆勢千人が現れた。敵は弓鉄砲を河原の十人に向けた。
河原の兵士も鉄砲を構えた。
元康は敵味方に呼びかけた。
「止めろ!銃を下げろ!
土手の上のお味方にお伝えします!私は水野下野守の家来、浅井六之助道忠です!ただ今、下野の命に従って今川軍を追撃中です!直ちに銃をお下げください!」
一揆勢はざわついた。
河原の兵士は命令に従って銃を下げた。釣られて一揆勢も下ろした。
一揆勢は仲間内でしばらく話し合った。
河原の兵士はその間じっと待った。体中に脂汗が浮かんできた。
元康は誠実に、真っ直ぐに一揆勢を見つめ続けた。
ざわつきが止まった。
一揆勢の頭目が呼びかけた。
「上田半六と申す!失礼いたしました!ご武運をお祈りします!」
一揆勢は土手から立ち去った。
兵士は緊張の糸が切れてその場に座り込んだ。我慢出来ずにえづく者もいた。
元康は渡河作業の再開を指示した。
「すぐにばれる。今の内に逃げよう」
渡河作業が再開された。
酒井忠次は元康に近付いて小声で話しかけた。
「下野守と一揆勢は繋がっています」
「想像は付いた。
我らは水野領を通ってここまでやってきた。岡崎城は我らと水野家の関係を疑っているだろう。ここで焦って城に入るのは危険だ」
「私が城に乗り込んで交渉します。殿はその間、大樹寺でお待ちください」
元康は頷いた。
松平隊は敵の追撃が来る前に全員川を渡り切った。




