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13-3

 首脳部は嬉しさ半分、不安半分という気持ちだった。

 遂に自分達の領地を今川家から取り戻す機会がやってきた。そのためには生きて岡崎に帰らないといけない。しかし敵地のど真ん中から帰れるだろうか。

 元康は表情を崩さずにじっと考えていた。

 重臣の酒井忠次が提案した。


「直ちに城を出て岡崎城に向かうべきです。

 これから下野守は大高城だけでなく、岡崎城も取りに来ます。岡崎城を取られたら、我々は今度は水野家に仕える事になります。下野守より先に城に入らないといけません」


 筆頭重臣の石川清兼が提案した。


「城に入った所でこの数では守り切れません。兵を増やさないといけない。

 殿。我らの味方は今この場にいる者だけです。今後、我らは織田家、水野家はもちろん、駿府の今川家も敵と見なければなりません。

 我らの味方は余りにも少なく、敵は余りにも多い。これからは敵を減らし、味方を増やす行動を積極的に取っていく必要があります。つまり、道理に則った行動です」


 元康は答えた。


「ならば今川家から退去の許しを得よう。このまま逃げれば命令無視になる。

 この城から一番近い今川方の拠点は知立城だ。情報の裏が取れ次第、知立城に使者を送って許しを求める」


 元康は清兼の孫で側近の石川数正を呼んだ。彼は茶色の鎧、茄子紺色縅総鉄小札造具足を着ていた。


「知立城のご城番から一筆もらってきてくれ。既に逃げたのなら仕方がない。道中の戦闘は避けろ」


 数正は了承した。

 元康は諸将に命じた。


「我々は退却準備を始める。

 城の米、弾薬は必要分以外は捨てる。負傷兵は残らず連れ帰る。金は持てるだけ持っていこう。途中の交渉で使えるはずだ。

 浅井殿を呼んでくれ。帰りの道筋を打ち合わせたい」


 五時、偵察に出ていた側近の鳥居元忠が戻ってきた。彼は情報は間違っていない、と元康に告げた。

 首脳部は喜んだ。義元を悼む者はいなかった。

 数正は急いで知立城に向かった。


 部隊は荷造りを始めた。

 城の蔵を開けて金、米、弾薬を全て持ち出した。蔵には二千人が半年暮らせる分の大量の物資があった。部隊は米と弾薬は三日分だけ持ち、残りはその場で焼いた。

 負傷兵は台車に乗せて馬に引かせた。


 夜になっても荷物を焼く炎は赤々と燃え続けた。キャンプファイヤーのようだった。兵士は蔵の金を持って逃げ出した。

 部隊は最終的に兵士十八人、負傷兵八十二人まで減少した。


 夜十時、元康と重臣数名、浅井は二の丸館の広間に集まった。一行は知多半島の地図を開いて、帰りのルートを打ち合わせた。


 石川数正と使者が広間に戻ってきた。重臣は数正の姿を見て「おお!」と声を上げた。

 二人は一礼して元康の前に座った。

 数正は書状を二通差し出した。元康は書状を開いて内容を確かめた。

 酒井忠次は使者に尋ねた。


「鳥居伊賀殿の家の者だな?」


「はい。敗戦は岡崎まで知られています。伊賀は皆様に書状でお伝えしようと私を急ぎ遣わしました。その途中で石川様に会ったのです」


 鳥居伊賀守忠吉は松平家の重臣である。老齢のため、戦には参加せず、岡崎城の留守に回っていた。

 忠次は重ねて尋ねた。


「岡崎城と知立城の様子は?」


「知立城の皆様は逃げ出しました。岡崎城のご城代も数日中には城を出るでしょう」


 元康は書状を閉じて別室の側近を呼んだ。

 側近がお盆に銭三百貫を載せてやってきた。現代価値では四千万円程度になる。

 元康は浅井にこの三百貫を進呈した。


「案内賃です。お受け取り下さい」


 浅井は大変喜んだ。

 元康は首脳部に命じた。


「道理は立った。我らはこれから城を出て坂部城に向かう」


 小雨が降ってきた。

 深夜、松平隊百人はたいまつを掲げて大高城を出た。

 部隊の前後に戦える兵士が立って、負傷兵を載せた台車を護衛した。銃の火縄は点けっ放しだった。

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