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2-6

 尾張は「q」の形の国である。右側の棒部分を知多半島という。この知多半島は水野家が支配していた。

 知多半島の西岸には常滑という日本有数の製陶業都市があった。街で作られる常滑焼は日本全国に流通していた。この陶器の生産、流通で知多は二十五万石の収益を上げていた。なお三河全体の石高が三十万石である。

 知多半島西岸の製陶業都市常滑、商業都市大高は、尾張の商業都市津島、熱田と伊勢湾貿易で深く結び付いていた。水野家と織田家は経済的な運命共同体だった。このため三河の諸豪族が今川になびいても、水野家だけは織田家と組み続けた。

 この時、水野家は本拠地の緒川城を治める水野信元と、緒川城の東にある刈谷城を治める甥の水野守忠に分かれていた。二つの城は境川(知多半島東岸を南北に流れて三河湾に注ぐ川。川を挟んで西が尾張、東が三河になる)の河口の両岸に建っていた。両城は三河湾~境川の出入りをコントロール出来る商業的、軍事的に重要なポイントにあった。



 雪斎は最精鋭の松井隊を刈谷城に送り込んだ。

 敵兵の士気はゼロに落ちていた。また城主の守忠は重病で部隊を指揮出来る体ではなかった。

 城は一日で陥落した。守忠は混乱の中で病死した。

 信長隊はまだ境川を渡ってもいなかった。松井隊は沿岸に兵を並べて渡河を妨害した。

 信長隊は緒川城に一旦避難した。


 ここで今川、織田の国境地帯にある鳴海城の城主、山口教継が和睦の仲介に入った。山口は義元に対して戦の即時停戦と信広の助命を要請した。

 当初、義元は三河の戦後支配に使えそうな吉良義安の保護には熱心だった。彼は山口の提案を聞いて、人質交換で竹千代も一応取ってみるか、という考えに変わった。

 しかし三河の諸豪族は非常に独立心が強かった。新旧支配層をセットで揃えても言う事を聞いてくれる保証はなかった。

 義元はともかく手紙で雪斎に和睦交渉を指示した。


 雪斎は刈谷城の本丸館の広間に今川、松平の諸将を集めた。

 並びは本陣の時と同じだった。一番奥に松井。部屋の右に今川家、左に松平家が座った。

 雪斎は松平家に対して説明した。


「ご太守様は松平家を哀れに思い、竹千代君を取り戻すために今回の戦いを始めました。

 先日、信広殿は我々に降参してきました。これから信広殿と竹千代君を交換する案で向こうと交渉を始めます。皆々様、今年中に未来の主が帰ってこられますぞ」


 松平家は喜んだ。


「竹千代君は立派な大人になるまで駿府で養育します。必ずや松平の跡取りに相応しい武将に育ててみせましょう」


 松平家は黙った。


 刈谷城寝返りから数日後、鳴海城北方の笠寺で雪斎+松井、平手+林の2プラス2会談が行われた。

 竹千代と信広の交換。水野家の今川家への服属。水野家への刈谷城返還と、新たな刈谷城主に親今川派の水野信近(信元の弟)を就任させる事。この三条件で和睦が成立した。交渉は一日で終わった。


 交渉翌日、笠寺で人質交換が行われた。

 竹千代と松平軍はその日の内に岡崎城に入った。籠に乗った六歳の君主を家臣、領民揃って熱狂的に出迎えたという。


 雪斎達今川家の武将は岡崎城本丸館の広間に集まった。

 岡崎城代が内定している朝比奈は一番奥に座った。今川家は右側に座った。対面の松平家の席にはまだ誰もいなかった。

 外の歓声は本丸館まで聞こえてきた。雪斎はため息を付いた。


 三河はどんぶり勘定の国だった。税金を百万払えと言っても、色々言い訳して八十万しか持ってこない国だった。そしてその言い訳が通ってしまう「なあなあ」の国でもあった。松平家に豪族を押さえつける力はなかったので、彼らが反抗的な態度を取っても笑って許した。

 今川家はしっかり百万払わせる。言い訳は正当性があれば認めるが、なければ武力を使っても回収する。

 三河がこの後本格的に今川家に組み込まれる事になって、税負担が上がったら、今歓声を上げている人々も徹底的に歯向かうだろう。竹千代を握っていようが関係ない。自分の利権を守るために最後まで戦うだろう。

 今は主君との再会を喜んでいても、いざ自分の負担が増す場面が来たら、平気で主君に弓を向ける。そういう浅ましい未来が見えていた。

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