10-15
街の北東に熱田神宮があった。境内はあいりんセンターのようになっていた。
雇い主は雇用条件を書いたプラカードを手に境内のあちこちに立っていた。傭兵はそれを見ながら歩き回った。条件が合えばその場で交渉し、口約束で雇い入れた。
織田家だけでなく、熱田の自治衆も自衛のために傭兵を雇っていた。
二人は正門近くの八剣宮の前にプラカードを持って立った。
様々な傭兵が二人の前を通り過ぎていった。
彼らは血や泥が付いた汚い服を着ていた。体は汗と馬糞で臭かった。表情は反社丸出しで、歩き方もだらしなかった。道端に唾を吐いたり、立小便する者もいた。
傭兵は二人を見て鼻で笑ったり、睨んだり、絡んだりしてきた。
秀吉は震え上がった。
利家は挑発を無視した。狂犬時代の彼なら目が合った瞬間に切りかかっていた。
秀吉は隣の利家に小声で話しかけた。
「どんな奴がいいの?」
「三十ぐらいで真面目な奴。力は強くなくていい。賢かったら最高だ」
「真面目な奴なんて来ないだろ……
侍大将ってすごいんだなあ。俺、こいつらをまとめる自信ないよ。そもそも何の話をしていいか分からない」
「いいんだよ、まとめなくて。現場では自分の判断が正解だ。人の言う事は聞かんでいい」
二人はそれなりの雇用条件を提示していた。それなりの人材は来るが、利家はこいつは違う、こいつも違う、と文句を付けて採用を拒否した。
また一人、傭兵が彼らの前から去って行った。
秀吉は注意した。
「選り好みしすぎだって。もう少し理想下げろよ。こんなとこに真面目なかしこは来ないよ」
「絶対に失敗出来ないんだ!最高の人材を揃えたい!」
十人の弓、鉄砲足軽組がやってきた。
十人は香を焚き染めた綺麗な着物を着て、袋に入れた鉄砲や弓を背負っていた。表情は穏やかで、姿勢は真っ直ぐだった。歩く姿が美しかった。
組副将は二十代前半。清々しい若武者である。大将を「叔父上」と呼んでいた。
組大将は三十才。上品で聡明な武将である。副将を「弥平次」と呼んでいた。
秀吉は利家の両肩を揺さぶった。
「おいおいおいおい!」
「うん、うん」
他の雇い主も弓鉄砲組を見逃さなかった。雇い主十数人は弓鉄砲組を取り囲んで、「是非とも我が陣営に加わってください!」と頼んだ。
取り巻きを連れて若い商人がやってきた。
加藤順政。熱田を支配する大商人、加藤順盛の長男である。次男は信長に側近として仕えていた。
順政は白紙と筆を大将に渡した。
「皆様を雇わせてください。
今回は苦しい戦いになります。しかし皆様がいれば必ず熱田を守れるはずだ。その紙にお好きな数字を書いてください」
大将は筆を執って数字を書こうとした。
秀吉は大声で遮った。
「お待ちください!我々はその紙に書いた数字の倍出します!
今は手持ちがありませんが、金は必ず用意します!売れる物は全て売ります!借りられる所から全部借りてきます!
財産を貯め込むのは良い人材を牢に押し込むようなもの!ここで一文無しになっても、皆様を我が陣営に加えられたのなら、我々一切悔いはありません!」
鉄砲組の副将は呆気に取られた。
利家も「お前何言ってるの?」という顔で秀吉を見た。
大将は順政の申し出を断った。
「申し訳ありません。今回は彼らと契約させてもらいます」
「仕方ないですね。あの方は織田家の奉行衆(エリート官僚グループ)の中でも一際優秀な方です。どんな事をしても必ず支払ってくれますよ。
ご武運をお祈りします」
大将と順政は互いに頭を下げ合った。