表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/152

10-12

 昼前になった。風が冷たくなってきた。

 沖合に数隻の船が見えた。一行は漁師の方ばかり見ていて気付かなかった。

 元康は義元に向かって駆け出した。元康の家臣、石川家成は馬に鞭を当てて北に走った。

 船の後ろに数十隻の船が見えた。船団は織田家の黄色い旗を掲げていた。

 ここに来て、一行もようやく異変を察して声を上げた。

 漁師は網を捨てて逃げ出した。家臣はどうしていいか分からずその場でうろたえた。

 重臣で警備担当者の松井宗信は叫んだ。


「慌てるな!太守様をお守りしろ!」


 元康は義元に駆け寄って進言した。


「高台に神社があります。一旦そこにお逃げください。その間、ここで食い止めます」


 義元は頷いた。


「私の馬をお使いください。勝手ながら東条城(宮崎海岸の北にある今川方の城)に救援を送りました。一刻もすれば救援が来るでしょう。それまでは何としてもご辛抱を」


 義元は松井に命じた。


「神社に逃げる。付いてこい」


 松井は泰朝に指示した。


「お前が大将だ!方法は任せる!少しでも長く時間を稼げ!」


 泰朝は「はい!」と答えた。緊張で声が裏返っていた。


 義元と松井は松林に向かった。元忠は深々と頭を下げた。


「道は全て頭に入っております。ご案内します!」


 家臣の一人、平岩親吉が松井に声をかけた。


「松井様、我が馬をお使いください!私は浜で手柄を上げたく存じます!」


 一行は馬に乗って神社に向かった。道に迷う事はなかった。一行は地元民しか知らない小道も使って素早く目的地に移動した。


 元康達は宮崎海岸に残った。

 沖合の船は数百隻に増えていた。黄色い旗を掲げた大船団は刻々と浜辺に迫ってきた。

 家臣の顔は青ざめた。こちらは着物を着た四十人。刀しかない。向こうは鎧を着た七百人。槍も鉄砲も持っている。

 何人かは死を悟って泣き出した。しかし誰も逃げ出さなかった。全員震えながら必死にその場に立ち尽くした。

 泰朝は船団に向かって大声を上げた。


「さあ来い!今川武士の意地を見せてやる!」


 泰朝は船に向かって何度も悲痛に叫んだ。


「どうした!?さあ来い!俺が怖いのか!」


 喚き散らすマルチーズの隣で、チベタンマスティフはじっと沖合を見つめていた。

 元康は静かに口を開いた。


「備中(泰朝)殿。船団中央の船をご覧ください。

 一番頭のおかしい恰好をした男が織田上総介殿です」


 中央の船の穂先に、卒塔婆を立てた兜、五輪塔六字名号頭立兜を被り、黒のマントを羽織った武将が立っていた。

 元康は刀を抜いて構えた。


「ここで上総介殿を討ちます」


 泰朝達は元康の冷静な姿を見て落ち着いた。彼らも刀を抜いて構えた。いつの間にか震えは消えていた。


 曇り空から小雨が降り始めた。

 敵味方は海を挟んで静かに睨み合った。


 船団の先鋒は沖合の島を越えた。

 雨は急激に激しくなった。

 着物の染料が落ちた。紺色や草木色の汗が垂れ落ちた。

 海は波がうねって船が揺れた。


 雨はゲリラ豪雨となって激しく降り注いだ。

 中央の船団から合図の火矢が空へ打ち上げられた。船団は百八十度Uターンして戻っていった。


 家臣は腰が抜けて浜辺に座り込んだ。命拾いした、と抱き合って泣きながら喜ぶ者達もいた。

 泰朝は気を抜かずに刀を構え続けた。柄を握った指の爪が白くなるぐらい、体に力が入っていた。

 元康は拍子抜けした顔で刀を収めた。


 船上の織田軍は確かな手ごたえを感じていた。

 天候のアクシデントもあって、最後で詰めを誤ったが、途中まではばれずに接近出来た。この案をブラッシュアップすれば勝てるのではないか……


 織田軍が一斉に船の梶を切ってUターンした事から、沖合の島は後に「梶島」と呼ばれるようになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ