第2話 出会い
桃色の花弁が舞う桜並木の道を、紺色の制服を着た生徒達が行き交う。
本日4月6日、小津市内にある大学園“私立桜ヶ丘帝凰学園”の入学式が行われるのだ。
“私立桜ヶ丘帝凰学園”
かつて神童と呼ばれた子供がいた。彼の名は宝馬戒。その才能を表したのは彼がまだ5歳の頃だった。
彼は5歳児でありながら、中等部2年レベルの問題集を完答してしまう程の知能を持っていた。
それだけで無く、初等部に上がる頃には高等部の問題を。また運動神経も凄まじく、初等部1年にして中等部3年に勝つという正に完璧超人。
海外の有名大学や企業からは引く手数多、誰もがその神童の力を欲した。
彼が12歳の頃、とうとう日本に飛び級制度を認めさせ彼は大学を卒業した。彼は全ての企業の誘いを断り、独自の会社を設立。当時仲の良かった友人と共に起業し、莫大な富を得た。
そして彼が19歳となったころに、“それ”は突然起こった。
天地を揺らす振動、崩れる数多の建物、悲鳴が周囲を支配したその光景はまさに地獄であった。
後に“島渦中分断災害”と呼ばれるその災害は日本を壊滅に近いところまで追い込み、また、列島は東西に分断されてしまった。
分断された場所に現れた大渦と共に、誰もが日本は終わると思った。
だが、彼だけは違った。彼は貯めに貯めたその莫大な富をつぎ込んで日本を復旧させ、友人と共に東西をつなぐ人工島を作り上げた。それこそが“小津”。
第2の首都として知られるその都市を作り上げたのは、紛うことなき彼であった。
その後、日本を救った功労者として称えられた彼と友人は、その都市に居場所を作ることとなる。
友人はその街を統括し、宝馬本人はあらゆる可能性を秘めた子供たちを育てるという日本屈指の名門校を作り上げる。
それこそが、私立桜ヶ丘帝凰学園。世界でも5指に入るほどの超有名校なのだ。
小中高だけでなく、大学までもが一律で付いているこの学園は国内外からの評価が凄く高く、戒自身の例がある為に毎年全国から生徒が集まる程の人気を誇る。
そんな学園の高等部に、俺こと天宮颯は今日入学する。
数カ月前、別の県で暮らしていた颯はある人物の紹介によってこの街に来た。彼の祖母は元々この街で大きな病院を経営して暮らしていた為、そこにお世話になる事になったのだ。
日本男児特有の顔立ちに赤い髪を持ち、身長·体重は平均程度。イケメン過ぎない程度の整った顔立ちはパッと見たら「ちょっとカッコイイ」的なポジションだろう。
とある事情によりこの学園に入学するのだが、入学すると聞いた途端に紹介してきた人物に人探しを頼まれたのだ。
(おいおい....この中から特定の人物を見つけろって無理だろ)
体育館に着いて初めて見た景色は人の波。それもただの波ではなく、高等部の新入生だけでもざっと400人はいる。
颯は少しげんなりしながらも自分の席を探す。
「えっと....1-Bの2番っと....」
その席の両隣には既に人がいたが、構わず席に着いた。
探さなければいけない人物がいるのだが、そのあまりの難度の高さに胃が痛くなって少し前のめりになっていると、
「大丈夫ですか?体調が悪いんですか?」
と心配してくれたのは番号が一つ前の女子生徒。
「いや、ちょっと人探しを頼まれたんだけど、この中から見つけるのは大変で胃が痛くなっただけだから、大丈夫だよ」
彼女はホッと胸を撫で下ろす。
こんな緊張する状況でも他人の心配ができるのだ。よほどのお人好しか、善人なのだろう。
「私で良ければ、その人探し手伝いますよ」
「ホント?ありがとう。同じ学年の神門叶って人なんだけど、知ってる?」
「いえ、私は知りません。神門叶さんですね....わかりました。覚えておきます」
彼女の反応の一つ一つが可愛くて、ついつい魅入ってしまっていた。
顔立ちは容姿端麗の一言でしか表せなく、クリームのような金色の長髪と翠の瞳。華奢な体は160cm程度しか無いような小ささだ。
こんな美人が彼女だったら毎日が楽しいだろうななどと考えつつ、その顔を眺めていた。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は愛川琉々奈です。よろしくお願いしますね」
「俺は天宮颯。よろしく」
これこそが出会い。俺は生涯、この日の出会いを忘れないだろう。
握手をした瞬間、入学式が始まった。
何事も無く式は進み、理事長による挨拶が入る。
「こんにちは。そして、進級もしくは入学おめでとう。私立桜ヶ丘帝凰学園理事長の宝馬戒です。今期も優秀な生徒を迎え入れられたことをとても喜ばしく思います。さて、当学園のことは皆さん知ってるとは思いますが、優秀な進学・就職実績に加え、皆さん生徒1人1人の才能を自由をモットーに育てることを、当学園は推奨しています。皆さんが自信をもって今後の学園生活・各々の人生を暮らせるように、私たち学園側も惜しまぬ援助を行います。ですが、当然ながら学生だからといってノーリスクでそんなことを期待されても困りますからね。“礼には礼を返す”これは人間として当然の在り方です」
さすが世界を手玉に取った男だ。と、颯は感心している。
「この学校に対する『礼』とはすなわち学生の本分。勉強です。当学園への入学を果たしている時点で一定の学力があることは保証されていますが、入学したからはい終わりでは意味がありません。この学校も実力がある人は十分に評価されます。皆さん、頑張ってください」
そう言い残し、礼をして理事長は専用の席へと戻って行った。
『続いて、新入生代表の挨拶。新入生代表、1年B組 愛川琉々奈さん』
「はい」
隣で少女が席を立つ。
可憐な少女は長い髪を揺らしながら優雅に壇上へと上がっていく。その様子にほとんどの生徒が目を奪われたのは言うまでもない。
少女は壇上に上がり切り、ペコリと礼をする。
「春の息吹が感じられる今日、私たちは私立桜ヶ丘帝凰学園に入学いたします。本日はーーー」
と、透き通るような声で言う琉々奈。
(新入生代表ってことは....学年主席で入学してるのか。これで運動もできたらまるで宝馬理事長の女子版だな)
話が進んでいる間も、颯はバレないように周囲を見渡す。顔を見ただけでは名前などわかるはずもないのだが、何となく探してみる価値はあると思ったため見回してみる。
案の定見つかるはずもなかったのだが、帰ってきた琉々奈と目が合った際に彼女はにこりと微笑んでくれた。
それが見れただけでも十分だろう。と自分に言い聞かせ、一旦この場での捜索はやめにすることにした。
無事に入学を終え、HRの為クラスに入る。
「はーい、皆席についてますね?私はこのクラスの担任の蒲生光里です。これから1年間よろしくね」
簡単な今後の説明と役員決めを行って今日は解散。愛川と軽く挨拶を交わして解散した。
(結局神門は見つからなかったな....他のクラスでも知っている人はいなかった)
偶然にしては出来すぎた話だ。何か裏があるのか、それとも....
そんな事を考えながら校門を出ていく。
俺は考える事に夢中で、そんな自分に向けられた視線を感じなかった。
校舎の一室にある空き教室、そこから外を眺める女子生徒が1人。その視線は、確実に颯に向けて放たれていたものだった。
「見つけました。彼になんとか接触できれば、今のこの状況を打開できるかもしれない....」
そう言って彼女は微笑む。だがその言葉を聞く者はいなく、ただ虚空へと消えていった。
窓の外から見えるその人影、唐突に開けられたその教室に人が入ってくる。教師と思われるその人物は、何かが聞こえたようにきょろきょろと教室を見回すが、そこには誰もいない。「空耳だったか....?」と独り言を言いながらその教師は去って行った。
~数十分後、学園内~
「クソ!」
校舎裏で怒りをの言葉を吐く。怒りのままに校舎の壁を蹴るが、傷一つつかないその校舎の壁を蹴ったことにより、少し足が痺れた。
「俺が....何で俺が....!」
彼は高等部1年の生徒であり、今日入学式で一目惚れした新入生代表の彼女に告白したのだが、玉砕してしまったのだ。
元々自意識過剰なタイプの彼は、自分ならいけると思ったが結果玉砕。その高慢なプライドが苛立ちを作っていた。
「荒れているね?学生君」
唐突に声がする。
バッと後ろを振り返ると、黒いローブに身を包み仮面を付けた人物が立っていた。
少し奇妙な感覚だったが、彼は何をするでもなく質問を繰り返す。
「おや、聞こえなかったかな?荒れているねと、そう言ったんだよ君に」
「何だよお前....!こっちは虫の居所が悪ぃんだよ!」
「そうかそうか。気が立つことは誰にでもある。私なら、君のその怒りを力にすることもできるがね」
仮面の人物はそう言った。
「はぁ?何言ってんだよお前。死ねよ!」
怒りあまりに我を忘れた様に拳を振るう。
だが、その拳は仮面の人物に当たる前に跳ね返された。まるで見えない壁に阻まれた様に。
「?!」
「その細いながらも筋肉質な体。我らの力を使いこなすに相応しいだろう」
「何すんだよ....!」
蛇に睨まれたカエルのように動けなくなる中、ローブの人物は彼の体を吟味し、そしてこう言った。
「そうだな、もっと簡単に言おうか。貴殿に力を与えよう」
その言葉にピクリと反応する。
「力....?」
「そうだ。その憎しみ·怒りを力に変えて、君は自分のしたいことを成すといい。勿論、使い方は君次第だ。どうするかね?」
そんな事を言われても、答えは1つしかない。
「その力があれば....俺はあいつを俺のものにできるのか?」
「勿論だ。自己主張に恋愛感情....人の心とはあらゆる事象を引き起こす。私は魔法使いだ。君というシンデレラを最高のステージに上げるためのね」
「男にシンデレラとか気持ち悪ぃな....だが、それで俺のプライドが保たれるなら構わねぇ。やってくれ!」
その瞬間赤き光が生徒の身を包み、左の手の甲に赤き紋章が刻まれる。
(己のプライドのために力を欲するか....随分と自己満な性格だが、その気持ちが強いほうがより一層いい)
「これにて契約は完了した。さぁ、己のためにその力を存分に振るうがいい」
「......」
その言葉を最後に、仮面の人物は目の前から消えた。
不思議と高揚感が全身に走る。
それはまるで、子供が戦隊ものの雄姿を初めてみた時のようなとてつもない高揚感が、全身を奮い立たせた。思わず笑みがこぼれてしまう。
「はっはっは....!待ってろよ....俺をフったこと後悔させてやる....!」
彼の目の中に闇が渦巻く。
彼が知らぬ間に、彼の心はその闇によって塗りつぶされていった。
~数日後
琉々奈がその噂を聞いたのは入学式から数日後。授業と授業の間の休み時間の事だった。
「炎の失踪跡?」
最近人気のゲームか何かだろうか?
琉々奈自身、人並みにゲームの知識はあるが、しっかりやったことがないので知らないものも多い。
正面にいる親友に、わからないということを示すように首をかしげると、
「そう、最近噂の。小津市内の女子高生が狙われて攫われる事件の事。なぜか失踪跡に焼跡が見つかるから“炎の失踪跡”って呼ばれてるの」
「えぇ....何か怖いですね....」
ゲームかと思ったらまさかの事件。狙われているのが女子高生ばかりだというのなあ、琉々奈にとってもあまり無関係ではないことはすぐにわかる。
「今の所犯人捕まってないしね。最近よく耳にするけど知らないの?」
そう教えてくれたのは中学以来の親友である真部美玖。
ちょっとおちゃらけな性格で、事件とか心霊とかが大好きな少女。彼女は知らないことが信じられないとでも言うように驚いていた。
「はい、あまりテレビは観ませんから」
「そっか。でもホントに気を付けるんだよ?琉々奈なんか特に可愛いんだから狙われやすいって」
「はは....何か照れますね。でも、確かに気を付けないといけないかもですね。ありがとうございます」
これが“ある事件”のきっかけである事を、この時はまだ誰も知らなかった。