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世界がいっぱいコレクション



 並行世界。パラレルワールド。

 ほんのつい先程その可能性を考えたりもしたけれど、そもそもそこが少し間違っているような気がしてきた。


 何故ならこの世界、前世で知ってるゲームの世界だ。


 このゲームの舞台が地球の、日本という国の首都にある学校の一つ、という設定になってはいるが、かつて現実として認識していた前世にはもちろんそんな学校は現実としては存在していない。

 実在の人物や施設とは一切関係ありません、というお約束の注釈がつくようなものだ。


 けれどもこうして転生してしまったここは、その学校が存在している。


 そういう意味ではここは別の次元の地球というわけで、この時点で前世の地球のパラレルワールドと言える。


 睦月は生憎SFには詳しくないし、先程の話の流れから恐らく他の皆もそこまで詳しくはないのだろう。精々そのジャンルの映画とかを見るくらいで、細かい部分を掘り下げて考察しようと考えた人はいないのではないだろうか。ファンタジーならまだゲームとかで多少かじったりもできるし、似た設定のゲームがいくつかあるのでそれらをプレイしているうちに何となく把握できる部分もあるが、SFとなると専門用語のオンパレードだったりして正直初心者には敷居が高く感じられる。

 一応そういった舞台がメインのゲームもあるにはあるが、序盤は大体意味の分からない単語が多すぎて張られた伏線にも気付かなかったり結構見落としがあったりで、ゲームをクリアしたあとでふと、そういやあれはどういう意味だったんだろう……? となる事もたびたびあった。

 攻略サイトや考察サイトでそれらを見て理解できる事もあれば、やっぱりよくわからない部分もあったりで、だからこそというべきか、睦月は転生したゲームの世界が前世とあまり変わっていないここで良かったと思ったくらいだ。

 少なくとも前世の価値観や倫理観、常識などからそう大きく外れたりもしていないので普通に生活する分には問題がない、というのは心の平穏的な意味で大助かりであった。


 とはいえここはあくまでもゲームの世界だったところ。

 ある日とんでもファンタジーな展開に見舞われても不思議ではないと思ってはいる。


 たとえば……そう、前世の地球はまだ宇宙旅行なんてものもまだ一般人が気軽にできるほどの科学力にはなっていなかったが、ここはある日どこか遠い惑星からの来訪者がやって来る可能性が前世よりは高いかもしれない。


 ゲームの製作会社がたまにお遊びで、同メーカーの別タイトル作品とコラボったイベントを作ったりした場合、現代学園物の中に別のゲームのキャラ、それも異世界状態でもあるファンタジー作品のキャラとかが出てくる事だってあったりするのだ。

 シリーズ通して顔と名前は同じだけど存在としては別物、という人物が出てくるゲームだって中にはあった。


 前世では非日常として実際お目にかかるのは創作物の中だけ、なんて展開が、こちらの世界では割と普通に発生する可能性があるという時点でここはやっぱり異世界なんだろうなという結論に睦月としては早々に落ち着いてしまっていた。



 さて、そんな状況下で伊織のここは学園じゃないから原作と違うという発言は、多少の混乱を生む結果となったが思ったよりも早くその場にいた全員が冷静さを取り戻していた。

 コホン、と小さく咳払いをして蓮がすっと小さく片手を挙手した。


「はい、ちょっとお互いの確認しときたいんすけど。原作はそもそも私立神薙高等学校だったよって人、手を挙げて下さいっす」


 言いながら蓮は小さめに挙げていた手を更に上に伸ばす。はーい、と元気よく伸ばされたその手は、授業中であるならばまず間違いなく教師にじゃあ椎川、お前答えてみろとあてられる事確実だ。

 そうして、蓮の言葉に言われるがままに挙手をしたのは――伊織以外の全員だった。

 その光景に今度は伊織が狼狽える番だった。


「えっ、えっ? 何それどういう事!?」


 流石に自分一人だけが違うというその事実は、急激に不安に陥るには充分だったのだろう。きょろきょろと忙しなく視線を動かして、何度も全員を往復した視線はそれが見間違いではないという事を確認し終わると伊織の表情はみるみる青ざめていった。


「あー、落ち着いて下さい伊織さん。貴方一人だけ学校名が微妙に違うっていうのは……ちょっと考えればその可能性もゼロではなかったなって気付くだけの話だったんで、そう焦る必要もないっすよ」

「どういう事……?」

 伊織の声はか細く、ともすれば泣き出しそうに思えたが同時に救いを求めるようでもあった。


「要するに、オレたち全員転生者ですけど、前世の世界が同一とは限らないって話っす。

 さっき言ってたでしょ、パラレルワールド。さっきの自己紹介だと前世の話からは誰もおかしな事言ってなかったっすけど、可能性としては時代が違うとか、そういうのも考えられるでしょ?

 まぁ、それぞれここをゲームの世界だと思ってる所から、大きく時代が離れてるって事もないでしょうけど。流石に戦国時代にそんなんあったらツッコミどころがいくつあっても足りないっす」

「パラレルワールド……」


 伊織はその言葉を小さく繰り返して、何やら色々考えこんだ結果、どうにか折り合いがついたらしく顔色が先程よりは良くなっている。


「もちろん、同じ世界が前世で、伊織さんだけゲームの舞台を他の作品と混合して間違って認識してるって可能性も考えましたけど……そうじゃないんでしょう?」

「え、えぇ、だってタイトルが」


 待ったをかけるように手を前に出した蓮に、伊織は思わず口を閉じた。


 タイトル。ゲームの題名。伊織が言おうとしたのはまさにそれだ。けれど……睦月も瑛里も胡桃も、それぞれ自分がどういう表情を浮かべているかはわかっていないだろうけれど、お互いの顔を見れば同じような表情をしていると即座に気付いただろう。

 現に蓮から見た三人は、示し合わせたわけでもないのに困惑と戸惑いが混じった表情を浮かべていた。


「……可能性としては考えてなかった、ってわけじゃないっす。けど、そうっすね、きっと大事な前提になりそうなんで、ちょっとお互い転生しちゃった世界が前世で知ってるゲームの世界だった、ってのは共通なのが確定したけど、もうちょっと踏み込みましょう。ちょっとそのゲームのタイトル、宣言してもらっていいっすか。

 あ、できれば全員同時にいっせーの、で言ってもらえるっすか?」


 あまりにも真剣な表情をして言う蓮に、反対する者などいなかった。そもそもここで嫌だと反発する意味もない。

 蓮が「いっせーのーで」と合図をしたので、睦月も瑛里も胡桃も、そして伊織もそれぞれがほぼ同時に口を開いた。





「メルティ・スウィート・スクール」

「放課後エフギウム」

「学園ラソナミエント」

「蒼熱のシュピル」

「刻命のフォルス」



 しん、と静寂が室内を覆った。

 蓮と伊織は薄々予想していたのだろう。けれども、まさか。


「えっ、皆前世は私とは違う世界からなんです……?」


 睦月がそう呟くのも無理はない。

 誰一人ゲームのタイトルがかぶっていない時点で、それはもう確定事項とも言える事だった。


 前世、並行世界や異世界なんて存在は想像上の存在だと思っていたが。

 思っていた以上に世界はそこらに転がっていたようだ。




「タイトルが学園ってついてるから伊織さんの所ではここが神薙学園だった、って事っすね」

「そういう事。だから、まぁ、原作通りになる事はない、って思ってたんだけど……でも絶対って確証はないし、もし原作が始まったら話の展開によっては……ちょっとお断りしたい状況とかあるし」

 言いながらも伊織は天井を仰いで両手で顔を覆った。


「だよねぇ、ゲームがリメイクされた時にキャラの名前が変更されたりなんてのもあったりするし、学校の名前がちょっと変わった程度じゃ原作が絶対始まらないなんて事わかったもんじゃないし安心するには薄いよね、理由が」

 実際睦月が前世で遊んでいたゲームの中で、主人公の仲間になる一人の息子の名前が変わっていた、なんて事もあった。仲間の息子に関しては専用グラフィックがあるわけでもない、話の流れでちょっとだけ名前が出てくる程度のほぼモブではあったが、何故か名前が変更されたのである。

 変更前の名前に特に問題があるような感じはしなかったが、それでも変更されたという事から、高等学校が学園に変更されるくらいならば有りといえば有りだよなぁ、と思ってしまったために睦月としては伊織の言葉に大丈夫だよなんて安易に頷く事はできなかった。



「……ねぇ、原作がどうこう以前に、問題が増えただけだと思うんだけど。

 じゃあさ、この世界ってどの世界線なの?」

 顎のあたりに手をやりつつ瑛里が唸るように吐き出した言葉は、全員の思考を一瞬停止させるには充分だった。


 そうだ。ここがゲームの世界でそこに転生してなおかつそこの登場人物になってしまっている今、原作が始まったらまず間違いなく巻き込まれるというのは理解してはいたけれど、それはあくまでも自分が知っているゲームに関してだ。

 五人全員ゲームのタイトルを口にしたのに誰一人被りもしないとなると、自分が知らない原作が開始されたら。しかもその展開が自分が死んでしまうような状況であったりしたならば。

 知らず知らずのうちにその通りに進んでしまう可能性もある。


 今までは、自分が知っているゲームの内容を思い出してそこから危険を回避する事だけを考えていれば良かった。けれども、自分が知らないゲームの内容がするっと始まっていたとしたら……?


 その考えにどうやら全員がすぐさま気付いたようだ。それぞれがお互いに探るような、縋るような視線を向ける。


「方針としては、お互いの命大事に、って事っすかね? 流石にオレ、転生して第二の人生ヤッホーとか言って成人前に死ぬような事は避けたいし。それは、皆さんも同じって事でいいですよね?」


 蓮の言葉にそれぞれが頷く。


 それを見て蓮も応えるように頷いてみせた。そうして蓮が言葉を紡ごうと口を開きかけた矢先に――



 ガラッ。

 ドアが開けられる。


「なんだ、まだ残ってるのか。そろそろ施錠しないといけない部分もあるからお前らいい加減帰れよー」


 呆れたように言うその人は、睦月の知っているゲームでは顔グラフィックと名前がハッキリしている生徒指導の教師だった。生徒指導という割にガッチガチに厳しいわけでもなく、適度に緩いその性格から生徒の評判はそこまで悪くない。

 彼の言葉に思わず教室にある時計に目を向けると、思った以上に時間が経過していた事実に気付かされる。


 そもそも今日は授業もない終業式だ。部活で残っている一部の生徒はさておき、それ以外は明日から夏休みという事もあってとっくに帰ってしまっているのだろう。


「はーい、すいませんっすー。そろそろ帰りまーす」

 さらりと蓮が答えると、教師もそれ以上何も言わなかった。とりあえず各々が座っていた椅子などを戻しつつ教室を出ると、教師は手にしていた鍵で施錠する。他に見回る場所もあるらしく、鍵をかけるとすぐさま次の場所へと移動していった。

 廊下に取り残された五人のうち、蓮以外の視線が自然と蓮に向けられる。


「ところで皆さん、明日は暇ですか?」

 流石に廊下で話し込むわけにもいかない。当然その事に気付いている蓮は、とりあえず今日の所は帰る事にして明日、しっかりと話し合うつもりのようだ。


 これが所属している部活によっては夏休み初日だろうと関係なく忙しい日々を送る事になりそうだし、何ならバイトに精を出す者もいるかもしれないが。

 この場にいる全員、夏休み初日から予定を入れるような人間ではなかったらしく、また明日話し合う事が決定された瞬間だった。

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