壮大に何も始まらない
結局は、考えたところでどうなるものでもない。
とりあえずは日常生活で何らかの異変があるようならそれに関しての連絡を取りあい、ここが何のゲームの世界線であるのか探り、対処できそうならする、という事くらいしかできそうになかった。
そのために、それぞれが連絡先を教えあい、気付けば数日で一気に登録人数が増えた。
とはいえ、転生者全員で連絡先を教え合うのも流石に人数が多すぎるとの事で、ある程度グループができてるところから少人数ずつ……という事になったのだが、それでも結構な大人数だ。
え、何、私たちが知らないだけでこんなに転生してた人いるの……? マジで? うっわ引くわー。
睦月としてはその心情を隠しきれなかった。
その中には何気に睦月の知り合いもいた。
えっ、あの人転生者だったの……? 驚きである。
睦月の知っているゲームに出てこなかったキャラではあったものの、どうやら他のタイトルには出演しているらしい。普通にモブだと思ってて、安心安全な人だと思っていたらまさかの転生者。向こうも向こうで知ってるゲームに睦月は出ていなかったらしく、お互いに安全なモブキャラを友人にしていると思っていたらしい。
睦月だけではない。瑛里や胡桃、伊織の知り合いにも数名転生者がいた。
そして恐ろしい事に、その誰もが別の日本からだというのだから並行世界ありすぎだろうと突っ込むしかない。誰か一人くらい知ってるゲームかぶってる人いませんかー? と知り合いしか見る事ができないタイプのSNSで問いかけてみたが、誰もいないという事実。
似たようなものはあるのだが、完全一致しているものがないとか一体どういう事なんだろう。
そういう流れで、今年の夏休みは驚く程知り合いが増えた。そりゃもう爆発的に。
正直誰が誰だかさっぱり把握しきれていない。けれどそれは相手側もそうらしく、しばらくはどこそこの誰々、みたいな名乗りが固定化していたくらいだ。
ちなみに睦月はエロゲーの人と呼ばれている。不本意!
他にエロゲージャンルからの転生者いないのかと問いかけてみたが、乙女ゲーやらギャルゲーはあってもエロはなかった。
さて、そんなこんなで日々はあっという間に過ぎていき、気付けば夏休みが何事も――ゲームのイベント的な意味で――無く終わり、二学期が始まり学校祭の準備期間中も驚く程平和的に終了し、大したトラブルもなく学校祭は盛況のままに終わった。
そうして冬休みが始まり、バトルトーナメントなどが行われる事もなく年も休みもあけて。
伊織や恐神、百鬼といった三年生たちが卒業していった。
これでもう大丈夫だ、と思いたいところではあったが恐神や百鬼経由で知り合った転生者情報から、睦月達が三年生で登場してくるゲームがあったのでまだ油断はできない……が、それらの大半が始まる時間は春先らしく、気付けば一学期が終わり終業式を迎えてしまっていた。
拍子抜けである。油断はできないが。
ちなみにどうでもいい余談ではあるが、恐神は卒業と同時に蓮に告白していた。外見が敵幹部という事実で及び腰になっていた蓮は、
「いやオレ前世男だったんで、正直まだちょっと男を恋愛対象とか……」
と断ろうとしていたが。
「自分前世では女やったからなぁ。ある意味で似合いちゃう?」
何度見ても胡散臭いとしか思えない笑みを浮かべる恐神に気付けばあっさり言いくるめられていた。
その光景を目撃する羽目になった睦月と瑛里は、何とも言えない生温い表情で――
「おめでとう。リア充爆発しろ」
「エンダーイヤー、爆散しろ」
祝福と呪いを振りまいていた。
――さて、そんなこんなで睦月達は三年の夏休みを迎える事になったわけだが。
転生者たちの交流は続いている。それくらいでそれ以外の何かは特に何もなかった。ゲームのイベントらしき事件も何も。世の中が大変平和である。気を抜いたらアウトなのではないかと思っているため少々の緊張感はあるが。
だがしかし。
基本的にゲームの登場人物として何かがあるのであれば、恐らくは大体学生の間だけだろう。社会人になれば何かの事件に巻き込まれる可能性は減る……と思いたい。
ゲームイベントじゃなくて普通に人生のイベントとして何らかの事件やら事故に巻き込まれないとも限らないが、そんなとこまで気にしてもいられないだろう。一度引きこもればそれらを回避できるのでは? と思った事もあるが、他の転生者情報で引きこもりが主役のゲームがあったので引きこもりも危険だった。
「とりあえず、大学が舞台のゲームとかは今の所なさそうだし、このまま進学して就職できればあとは無難に暮らしていけるかな……」
「正直世界の命運を左右するレベルの何かに巻き込まれなければどうとでもなる、そんな気がするわ」
「卒業まで気は抜けないけど、ひとまずこの石橋を慎重に爆発させて迂回するような生活が人並みになりそうね」
去年の一件から何となく関わる回数が増えてしまったため、睦月は瑛里と胡桃とよく行動を共にしていた。今日も今日とて終業式が終わったのでじゃあ一緒に帰ろうか、ついでにどっか寄ってく? となった次第である。
ちなみに蓮は他の友人と既に学校を出ている。
伊織は大学生活が思っていた以上に忙しいらしく、たまに連絡がくるもののほとんど生存報告のようなものだ。自分たちも来年はああなるんだろうか、と瑛里とげんなりしつつ語って、そこに胡桃が今からあまりそういう現実を見たくない……! と戦々恐々としているのは、概ね普段の光景になりつつあった。
絶対に大丈夫と断言はできなくとも、割と世界は平和である。
――蝉の大合唱を背に、景色を見下ろす。
そこから見える景色は、場所にもよるが学校のグラウンドか校門付近である。
グラウンド側に背を向けて、校門側を見下ろしていた彼の隣に、そっと一人の少女が寄り添った。
「本当にいいのか?」
「あぁ、構わない」
かすかに首を傾げて問う少女に、彼は短く答えた。学校の屋上は基本的に立ち入りを禁じられているため、ここにいるのは二人だけだ。
「……まぁ、確かに彼らとお前は違うな。転生者であったとしても」
「違うけど、違わない」
どこかむっとしたように言う彼に、少女は笑う。
「あぁ、すまない。悪気はないんだ。ただ、そうだな。同じ、転生者だ」
言いかけた言葉を噤んで、頷く。
「……なんだよ」
てっきりもっと他の言葉が出てくるものとばかり思っていたのだが、少女が目を細めて笑うだけに留めていたせいか、彼の予想を裏切られた結果か、彼もまたどこかばつが悪そうにしている。
「お前がそんなだと、何か反応狂うな……ナビ」
「今は他に誰もいないからそう呼んでもいいが、普段はちゃんと名前で呼べよ? 主人公殿」
「お前もな。っていうかその呼び方やめろよ」
「何だ、どう呼んだ所でそう変わらないだろう。高田 修二なんてこてこてな名前に生まれおって」
「それ言ったらお前こそ、導 杏奈とか、まんまじゃねーか」
「名付け親に言え名付け親に」
「それはこっちのセリフだ」
しばらくそんな風に言い合っていたが、不毛だと思ったのかどちらからともなく黙り込んだ。
彼――高田修二は転生者である。ナビと呼んだ少女が言う通り、前世の彼は主人公だった。前世どころかその前も更にその前も――主人公と呼ばれる立ち位置にいた。
似たような世界。前世でも見た覚えがあるけれど、初めましてな少女たちと知り合い、様々な事件に巻き込まれる。時として恋人になったり。別の人生で別の少女とくっついたり。時として何だかわけのわからない空間に迷い込んで化物と追いかけっこしたり、はたまた他の異世界に召喚されたり。
どの人生も中々に波乱万丈な感じではあったが、残念な事にあまり長生きはしなかった。
隣にいる少女は、前世もその前も更にその前も、姿や形を変えて修二に付き添っていた。人の姿である時もあれば、何というかマスコットのような姿の時もあった。いつからいたのかは覚えていないが、かなり前からの付き合いだと言える。異世界だろうと何だろうと道案内をしてくれた彼女の事を、修二はナビと呼んでいた。
似たような世界で小さな事件から大きな事件を解決していくうちに、修二の考えも及ばないような存在の目についたのか、次の人生はどう生きたいかを問われた。
だからこそ、こう答えたのだ。
今度こそは、平穏に、平凡に。普通の人生をと。
その時にはすっかり相棒と化していたナビもできれば一緒にいればいいと言った結果、今回の転生ではナビは自分の幼馴染として生まれていた。
今回生まれた世界も、前の世界とほぼ同じように見えた。
見慣れた少女。見慣れた少年。前の世界やその前の世界で関わったけれど、この世界では修二にとっては知らない人たち。
かつて敵対していた人もそこにはいたけれどかつての世界と違うせいか悪の秘密結社もなく、ここでは彼らも普通に見えた。
以前は出会った時に既に立場が違って敵対するしかなかった者たちも、今回はそういう事がない。だからこそ、今度は仲良くなれそうだと思っていたのだが。
ナビ曰く、どうにも彼ら彼女らも、修二と同じように転生しているとのこと。
前世の記憶があるのなら、下手に自分が姿を見せるのはどうかと思って様子を窺っていれば、どうにも修二が知る前世の彼らの記憶を持っているにはいるけれど、何だか微妙に違っている。
裏であれこれ調べていけば、かつて修二が関わった事件がどうにもゲームとして存在していた世界からの転生者。一つ二つではなく、今まで関わった事件やら大冒険やらが、どうにもいくつかの世界にゲームとして存在しているとか、これには修二も頭を抱えた。
転生者、という点で同じではあるのだけれど、微妙な部分で彼らとは違っている。
下手に彼らと関わって、貴方の世界ではこの世界、どんなゲームになっていたのか、などと聞かれても答えられるはずがない。だって今まで、色んな事がありすぎたのだ。そんな冒険譚の一つを語ったとして、じゃああの人と同じ世界出身なんだね、と言われても。それは違う。
少し考えて、結局修二は彼らと関わらない事を選択した。なんとなく、それが一番いいような気がしたので。
自分をここに転生させた存在を信じるならば、ここはきっと大きな事件や冒険を必要としない世界だ。
平穏で、平凡な。体に大きな負担をかける事もなく、だからこそ、今度の人生はきっと長生きできる。
かつての人生では何となく周囲の注目を浴びたくなくて目立たないように、前髪を伸ばして自分の顔をあまり見られないようにしていたけれど、今度の人生ではそれもきっと必要がない。だからこそ、髪はばっさり切ってある。
前の世界では家の都合で途中からここに転校してきたけれど、今度の人生では最初からここを選択した。
そうして埋没してしまえば、自分という存在は驚く程注目を浴びなかった。
「しかし趣味が悪いな。もうあいつらの知っているゲームの展開など、この世界で起こる事などないというのに」
「それを俺が教えてやれって? 主人公が出てきたら何かあるんじゃないかって勘繰る奴も出るだろ。いいんだよ、これで」
確かにナビが言う通りな部分はあるけれど。
彼らが右往左往しているのを見ているのがここ最近の趣味になりつつあるし、悪趣味と言われても仕方のない事ではあるのだが。
起こるはずのない事象に怯えている者もいるから、確かに助言の一つはした方がいいのかなーとも思っているのは事実。だがしかし、それらをネタに他の転生者と気付けば親交を深めているようだし……自分は到底彼らの輪に入れそうもない。だから結局のところは。
「俺は俺。あいつらはあいつら。要はそういう事だろ」
「成程、関わらずに見物だけしておく、か。いい性格をしている」
「そうでもなかったらとっくに何度目かの転生で精神擦り切れてるっての」
「だろうな。……ところで修二」
「おう、なんだよ」
「流石にカッコつけて屋上で全てを知る黒幕ごっこはどうかと思うしいい加減暑くなってきた。帰りにアイス食べて帰ろう」
修二が転生者たちとは関わらないという選択をしたところで、そんな事はどうでもいいとばかりに言ったナビに。
「おまえそういうとこだぞ」
それだけを言って修二は踵を返した。
「で、どこのアイス?」
「駅の近くに新しい店できた」
「そうか」
修二の後を追うようにナビが続く。
結局のところ、ナビはともかく主人公なんてものを経験していれば。
大なり小なり精神は図太くなるものである。
見た目こそよく知る相手であっても中身は別人の誰かさんに真実を伝える事よりも、今までの相棒で今は幼馴染であるナビの意見を採用してアイスを食べに行く方が余程重要であった。