一番避けたい世界線
睦月達が前世で知っているゲームの世界に転生した、と思っていたのは言うまでもないが、それがどのゲームかによって今後の展開、立ち回り方を間違えると最悪死ぬ、という状況で。
だからこそ、蓮は睦月達と対策を練ろうとしていたし、睦月達も必死に頭を悩ませていたのだ。表向き能天気にお菓子やらジュースやら食べてただけに見えなかったとしても。
だが、睦月達が知っているゲームに関しては、エンディングが存在している。クリアすれば、続編とかそういう何かが発生しない限りは少なくとも今後山も谷もない平坦な人生が待っているはずだった。
恐神の知っているゲームだとどう足掻いても犠牲は出る仕様らしいが、それならそれで割り切れた。協力体制を結んでいる面々がいるのだ。一人でどうにかするよりは生き延びる確率は高い。
だが、もしここが百鬼の知るゲームの世界線であったならば。
イベントはたくさんあるかもしれないが、果たして本当にエンディングが来るかも危うい。
「俺の前世でのこの世界だとストーリーが始まるのは冬休みに入ってからだったかな。俺たちが通ってる神薙学校と他の姉妹校合わせて、学生たちで行われるバトルとかなんとかそういう感じでね。主人公は仲間を集めてそのバトルに参加するって感じなんだけど」
「仲間集めるっていうけど、ソシャゲでしょ?」
「うん、だから基本はガチャ回すんだけど、他校の生徒も仲間になるんだよね」
「その手のゲームはキャラ集めてなんぼ、みたいなとこありますからねぇ」
「話自体は学生バトルトーナメントとかなんとかそういうやつに参加する、ってだけで、本来の話は冬休みに終わるんだけど……本来のストーリーが終わるとはいえ、それ以外のイベントだと普通に季節が夏とか春とか秋とか当たり前のように変わってるんだよね。かといって時間が経過してるかと言われると、本来なら卒業してるはずの三年もいるから……」
困ったように首を傾げつつ、頬に手を当てている百鬼はまるでどこぞの深窓の令嬢のようにも見えた。野郎だけど。
とはいえ、百鬼が困っている部分は睦月たちも嫌でも把握してしまった。
本来のストーリーが終了して、そのままあとは何事もなくこちらの世界で時間が経過すればまだしも、百鬼の知るゲームの世界線であったならば、下手すれば時空がヤバい。
主人公達の学年が上がる事もなく、三年が卒業することもなく。そのまま延々と季節が変わり場合によっては季節のイベントが発生する。ソシャゲにとってはイベントがなくなれば客も離れるのでイベントはそれなりにあるが、時間軸だけは決して動かない。
イベントの時は恐らく、本編とは異なる時間軸ですとかそういう注意書きをすればいいだけの話ではあるのだが、それがここでも適用されるとなると果たしてどうなる事やら。
ある意味でご長寿アニメ時空になってしまうのは、大層困る。
基本的に平和な感じで進むご長寿アニメであればまだいいが、毎回何らかのトラブルが発生するようなものだと更に困る。しかもどう考えても一年経過してないとおかしいはずなのに、日付はちっとも進んでいなかったりするのだ。かと思いきや、話の都合上唐突に季節が変わったりする。
昨日は春だったはずなのに、何故か今日は秋になっている、なんて事も有り得るのがご長寿アニメだ。
そしてこの手の話には明確なエンディングが存在しない。百鬼が言ったバトルトーナメントそのものは冬休みで終わる、これを素直に受け取るならば、ここで話が終わるはずなのだ。
だが、ソシャゲとして見るならばこれは終わりではない。始まりも同然だ。
普通のゲームソフトで見るならば、トーナメントが終了したというのはゲームのエンディングではなくどちらかというと、オープニングが終わったとか第一章が終わったとかそういう立ち位置であると考えられる。
そして、ソシャゲというのは時として唐突にサービス終了のお知らせがあったりもする。そう、メンテで異常が発生してどうにも修正できずにサービス終了しました、とかそういう漫画でいうなら打ち切りエンドも余裕で存在するのだ。勿論事前にいついつにサービスが終了しますよ、とお知らせして円満に終わる物もあるけれど。
だがしかし、サービスが終わるからといって、ストーリーも終了しているかというと大変微妙であるのだ。
新章カミングスーンな状態でイベントだけはやっているものの、一向にメインストーリーが進まないままサービス終了するゲームだってそれなりに存在していた。少なくとも、睦月達の前世では。
ゲームのエンディング後の話が唐突に降って沸いた、などという状況も有り得ないと言い切れないが、ソシャゲだと一体どんなイベントが唐突に発生するかもわかったものではない。不確定要素という点で、ソシャゲの方が圧倒的に色々とある気がする。
ゲームソフト以上にバグが発生しやすいと言うべきだろうか。とりあえず何かあったらメンテで対処、という気軽な方法を取れる分、一体どんなとんでも事象が発生するかわからないのだ。
「イベントは最初は割と普通だったはずなんだけど、だんだんネタが切れてきたのか異世界に召喚されてそこでバトルしたり、そっちで仲間になったキャラがこっちの世界に当たり前のように存在したりって事もあったからね。正直そうなったら世界の常識どうなるのかさっぱりわからないのが困るかなぁ。
だってこの世界、俺達はゲームの世界だっていう認識だけど、そうじゃない人からすればここは普通の世界なんだから」
ゲームの世界であるならば多少とんでもな事態になっても、まぁそういうものだよね、で納得はできる。
けれど、例えば自分たちの前世がそういう世界であったとして、そこに住んでいた自分たちはゲームの世界だと思っていなければ。
ある日唐突に異世界人がやってきただの、宇宙人がやってきただのと言われて、はいそうですかと納得できるだろうか。おいおいどんな二次元だよとツッコミはしても、きっと即座に納得や理解ができる気などしない。
それどころか、自分たちに何らかの不利益がない限りは遠い世界の出来事として他人事のように受け流していたことだろう。
けれどどうあっても受け流せなくなったなら。
恐らくそれなりに混乱は起きる。その時の事を考えると……自分たちにはどうにもできない事すぎて、考える事を全て放棄したくなる程だ。
「国のお偉いさんに転生者がいる事を切に願いたいっすねぇ」
「いたとしても大した役に立たん気ぃするけどな」
蓮と恐神がどこか諦めたような口調で呟く。
「軽率に世界の法則が乱れそうな展開になるってのは把握した。もしそうならどうにも対処なんてできないじゃない。というか、百鬼先輩の話だと、ワタシたち別に酷い目に遭う事ってなさそう?」
「一応バトル物だから、戦うし痛い目には遭うんじゃないかな。下手すると死にそうレベルの怪我もするかもしれない。ゲームだからさくっと回復できてたけど、こっちだと……どうだろうねぇ」
「バトルトーナメントとやらが開催されても不参加貫くしかないんじゃないかな、その場合」
「できるといいけど……」
普通の常識で考えるなら、いきなりそんな物騒なイベントを行いますと宣言された所で反対派が出るはずだ。けれど、何かもうそれが当たり前の世界線に入っていたら、当たり前のように受け入れられて始まってしまう可能性もある。
「今からでもぉ、自衛程度に身体鍛えておくべきかしらぁ?」
焼け石に水、と思いつつも伊織にはそれくらいしか思い浮かばなかった。今から戦う力を身に着けるには、どう足掻いても無理がありすぎる。
それこそ、蓮が言ってたゲームの神様の力でも借りるなら話は別だが。しかしそうなると、いやでもそっちの戦いに巻き込まれる。そこまでしたいわけではないのだ。
「……考えると頭の痛い展開にしかなりませんね。もうやだー」
瑛里の嘆きももっともである。
「ほんとになぁ。昨日キミらが話してたやつもやけど、自分らの知ってるゲームの展開とかも勘弁やな。
…………もしかしたらそれ以外の可能性もあるし、そっちの方がえぐいかもしれないってのもあるけど」
「えっ、どういう?」
すぐには理解できなかったのだろう。胡桃が問いかける。
「いやな? 自分らは前世で知っとるゲームの世界に転生した思ってるわけやけど。自分らの知らんゲームの世界に転生しとる可能性もあるよな、って」
言われて、その可能性がないわけではない事に気付く。
ここにいる転生者全員、前世でこの世界がゲームだと思っているものの、よりにもよって並行世界のせいか、どのゲームもかぶっていないのだ。
そして、転生者がここにいるだけではない。他にもいるのだ。
自分たちの知らないタイトルのゲームの世界線であるかもしれないと考えると……
「打つ手なんてないも同然では?」
正直どうにもならない気しかしなかった。
「うん、いくつかのフラグは折れた気がするけど、新しくバッドエンドフラグが立っただけにしか思えないよね」
穏やかにそんな事を言っている百鬼に、いやお前トドメ刺すような事言うなよ、とばかりの視線が突き刺さったが……それでも百鬼は薄く微笑んでいるだけだった。