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大いなる野望

1番近くにいられれば、それで良いと思っていた。

妹として可愛がられ甘やかされるのは、それはそれで幸せな毎日だった。

でもそれだけじゃダメだ。

私の心は満たされない。


女の子として、愛されたい。

そのためには、振り向いてもらえる努力をきちんとしなければ。


私の中で、ほわほわと綿のように浮かんでいた何かが、ぴーんと張った糸に突然変貌を遂げた。

すっきり目が覚めた朝のような、清々しい感覚。これは一体なんだろう。


きっかけを作ってくれたのは、最近お友達になったイザベル様だ。

イザベル様は物腰柔らかく、1歳しか違わないのにとても落ち着いていて、凛としている。他のご令嬢のように、むやみやたらと笑顔を振りまいたりしないから、近寄りがたいと思われる人もいるようだけれど、そんなイザベル様がたまに見せる笑顔は、心から楽しそうで、きらきらと輝いて美しい。こんな素敵な方とお友達になれたなんて、幸運としか言いようがない。

イザベラ様はそんなに口数の多い方ではないけれど、社交界に渦巻く様々な噂や流行に詳しい。かと言ってそういうものに浸っているというよりは、一歩離れて見ているような冷静さがあり、そんなところを私は密かに尊敬していた。


イザベル様は、私の知らない、社交界でのアランの様子を時折お話ししてくださった。


「アラン様もご令嬢方の間では人気を集めておいででしたよ」


幼馴染のセシルが、この日のためにと着飾ったご令嬢達に囲まれているのを遠目に見守りながら、イザベル様はぽつりとそう漏らした。


「アランが?」

「ええ。寄宿学校を卒業されたら、きっともっと素敵になられているでしょうね。密かに待ちわびているご令嬢もいらっしゃると思います」


私はびっくりして、何も言えなくなる。

アランが寄宿学校に入ってもう半年。

唯一の連絡手段である手紙を幾度となく書いて、その度にアランはきちんと返事を書いてくれる。学校の友人との出来事だとか、最近読んだ本のことだとか、たわいもない話の最後に、必ず私を気遣うような一言が添えられていて、何度読み返しても嬉しくて心臓がばくばくしてしまう。これまで受け取った手紙は、すべて大切に小さな木箱に入れてしまってある。

その手紙のやり取りはもちろん、学校に入る前も、アランの口からどこかの令嬢の名前が出ることはなかった。父からも母からも、そんな話を聞いたことはない。

けれどアランほど完璧な人を、世の中の女性が放っておくはずがない。アランがどれだけ素敵な人なのか、それは私が1番よく知っている。8歳の頃から今日まで6年、変わらず彼だけを想い続けているのだから。

アランが望むか望まないかに関係なく、彼を慕う令嬢はたくさんいるはず。寄宿学校にいるから、女性との出会いはないから安心だなんて、そんなわけない。私と同じように、アランの帰りを待ちわびている令嬢はきっといる。もしかしたらその令嬢とも、アランは文通しているかもしれない。私に送ってくれた手紙と同じような、優しい心踊る文面を他の令嬢にも書いているかもしれない。


「アランが、そんな…」


ショックで思わず声が出る。

でもありえない話じゃない。気のない令嬢でも、アランは優しいから手紙が来たら無視なんてできない。きっと誠実に返事を書きしたためるはず。ちょっと想像すればわかることなのに、なんで今まで思いつかなかったんだろう。


イザベル様をはじめとする、夜会でお会いするご令嬢は、綺麗で華やかな方が多かった。顔立ちがどうというより、纏っている空気が違う。貴族として生まれた優雅さ、心の余裕、そう言ったものが感じられる。グラスを手に取る仕草1つとっても、さまになっている。

私はというと、お父様のご厚意で様々なレッスンを受けさせていただいているものの、付け焼き刃感は否めない。お母様が再婚されるまでは、小さな町でやんちゃに走り回って近所のおばさんに怒られたりしていたんだから、生まれながらの貴族の方々からはどうしたって見劣りする。というよりも、そもそも同じ舞台にすら立てていない気がする。

こんな私を、妹としてしか見てくれないなんて、当たり前と言えば当たり前だ。


すっかり落ち込んでしまった私に、イザベル様はそっと声をかけてくださった。


「ソフィア様は十分お可愛らしいです。ただ、ご自分に自信がないのが残念です。元々良いものをお持ちなのに」

「そうでしょうか」

「ええ。公爵様は素晴らしい方ですけれど、初めての娘さんですものね。奥様も長らくいらっしゃらなかったし、侍女達もソフィア様の可愛らしさをいまいち引き出せていないとお見受けします」

「はあ」


いや、それはやっぱり私の育ちの問題では。つい生返事をしてしまう。

イザベル様は特に気分を害した様子もなく、それどころか私の手をぎゅっと握って


「よろしければ今度、我が家においでいただけませんか? もしソフィア様がご迷惑でなければ、私がいろいろお力添えできるかもしれません」

「え、そんなこと、良いんでしょうか」

「ええもちろん。実は私には姉が2人いるのですが、2人とも私とは全然タイプが違って。我が家の侍女達は3人それぞれのスタイルを完璧に作り上げてくれる頼もしい存在です。きっとソフィア様のお力になれるかと」


イザベル様はファッションも身のこなしも洗練されていて、私の憧れる貴族のお嬢様そのもの。こんな方とお近づきになれただけでもありがたいのに、まさかそんなことを言っていただけるなんて。

こんな私でも、イザベル様のようになれる可能性はあるんでしょうか。



それからイザベル様とは、夜会だけでなく昼間もお互いの家でお茶会を開いたりしてお会いすることになった。イザベル様とそのお付きの侍女達は、私に色々な知識をもたらしてくれた。ドレスの選定の仕方だとか、メイク方法だとか。流行しているものや自分が好むものはたしかに可愛いけれど、自分に似合うかどうかは別、など考え方も教示していただき、目から鱗とはまさにこのことだった。私の侍女のクレアも一緒にイザベル様達のお話を聞きながら、なるほどーと唸っていた。


アランに女の子として見てもらいたい。

そのためにはまず、1人の令嬢として恥ずかしくないように、頑張ろう。


いつしかそう思うようになっていた私は、クレアとも協力して少しずつ自分改革を始めた。

少しすると、その成果は夜会で出てきた。これまで、幼馴染のクリスとイザベル様とお喋りするばかりだった私が、知らない男性にダンスに誘われたり声をかけられるようになったのだ。

これは大きな進歩。

始めのうちは、心配したクリスが代わりに全部断ったりしてくれたけれど、上手に受け答えしたりダンスのお相手をするのも、淑女の嗜み。うまくやるから大丈夫、と何度も説得し、自分で応対するようになった。

始めは少しオロオロしたりしたものの、そんなもの慣れですよ、というイザベル様のお言葉通り、すぐに上手に受け流したりできるようになった。

ダンスは元々レッスンを受けていたからある程度はできたけれど、相手が変わるとステップの大きさやタイミングも微妙に異なる。それも徐々に慣れていって、今ではどんな方とも問題なく踊れるようになった。


「大したもんだな」


まだ少し心配そうな顔をしながらも、感心したように声を上げるクリスに、私はどうだと胸を張った。


「そのように背筋を伸ばしていると、ソフィア様は本当に素敵なレディーですわ」


イザベル様が横で、にこにこと嬉しそうに褒め称えてくださる。


「イザベル様と比べるとまだまだですが、ここまで成長できたのはイザベル様のおかげです」

「いえ、私は少し助言申し上げただけです。ソフィア様の素質があったからこそです」


その後も、夜会などでは知らない方からちょくちょく声をかけられることが続いた。中には、お父様を通して婚約の申し込みがあったと後から聞いた時には、心底驚いた。


「ソフィーももうそんな年頃なんだね」


どこか誇らしげに微笑むお父様。

お父様の自慢の娘になれているのだとしたら、とても嬉しい。でも婚約の話は丁重にお断りした。


ある日、何かの用事で我が家にひょっこり現れたセシルも、久々に会った私を見てびっくりしていた。


「しばらく会わない間に随分と変わったね、ソフィア嬢。別人みたいだよ」


セシルとは夜会では何度か顔を合わせてはいたけれど、こうして間近で直接会話をするのは、寄宿学校に向かうアランを見送って以来、かれこれ半年ぶりくらいだった。


「そんなに変わったかな」

「うん。とっても…綺麗になったね」


躊躇いがちに、小さな声だったけど、セシルそう言ってもらえて私は大満足。

名だたる貴族の令嬢達にいつも囲まれてるセシルがそう言ってくれるんだから、間違いない。私、ちゃんと令嬢らしく成長できているのね。


そんなこんなを、アランにはわざと伝えなかった。

帰ってきたときに、すっかり変身が完了した私を見て、びっくりしてほしいから。

そしてできることなら、女の子として意識してほしいから。

手紙のやり取りは絶えず続いていたけれど、私が書く内容は、お父様やお母様との会話、庭先に咲いた花のこと、美味しいケーキをいただいたことなど、家の中での出来事ばかりだった。

そしてアランも変わらず、寄宿学校での出来事なんかとともに、私を妹として大切に思ってくれているような一文を必ず添えてくれた。この一文が嬉しくもあり、切なくもあり。

せっせと書きしたためながら、もっともっと立派な淑女を目指さなければと、自分磨きにめらめらと燃える私なのでした。

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