遅ればせながら【sideクリス】
ソフィーが夜会に出席する際は、俺がエスコートすることが当たり前のようになっていった。
そしてソフィーには新しく友達ができた。
イザベルという名の、ソフィーより1つ年上の令嬢で、父親は王立図書館の管理を司る王立院の長、ハミルトン伯爵。伯父上もよく知っている方だから、素性は確かだ。
イザベル嬢はソフィーと同じく、あのセシルの笑顔に惑わされない数少ない女性の1人だった。
「ソフィア様の幼馴染は、ご令嬢達から大人気で大変ですわね」
ちっともそう思っていないような涼しい顔で平然とそう言ってのけたイザベル嬢に、ソフィーは自分と同じものを感じたのかもしれない。
「本当に。顔立ちが綺麗っていうのは、良いことばかりじゃなさそうですわ」
「仰る通りです」
あいつは顔だけってことか?
ひどい言われようだな。
俺の心中はともあれ、2人はそれからすっかり意気投合し、夜会で会う度に会話に花を咲かせた。
母が再婚するまで町外れの小さな村で母娘2人ひっそりと暮らしていたソフィーには、友達らしい友達が1人もいなかった。そのせいか、令嬢の間で流行のドレスのデザインだとか、注目されている新しい髪飾りだとか、そういった情報には随分と疎かった。イザベル嬢はそういった話題はもちろん、社交界の噂などにも詳しく、ソフィーは良くも悪くもイザベル嬢から様々な知識を植えつけられていく。
1番大きかったのは、やはりアランに関することだった。
「セシル様ほどではないですが、アラン様もご令嬢方の間では人気を集めておいででしたよ」
「アランが?」
「ええ。寄宿学校を卒業されたら、きっともっと素敵になられているでしょうね。密かに待ちわびているご令嬢もいらっしゃると思います。例えばほら、あちらにいらっしゃるジョゼット様。アラン様とご歓談されているお姿を何度かお見かけしたことがありますが、最近はああしてお一人でいらっしゃることが多いです。アラン様のお帰りをお待ちになっているのでは、ともっぱらの噂です。あちらにいらっしゃるイレーネ様も…」
それから、あちらの…と、イザベル嬢の口からは次々と令嬢の名が飛び出てくる。ソフィーは軽く目眩を覚えたのか、ふらふらと近くのテーブルに手をついた。
「アランが、そんな…」
「セシル様に群がらないご令嬢は、皆様アラン様を待っていらっしゃると思って、ほぼ間違いないかと。あ、でも私は違いますので、どうぞご安心を」
楽しそうに微笑むイザベル嬢に、この人もソフィーの気持ちに気付いているんだなとわかった。いや、むしろソフィーからカミングアウトしたんだろうか。どちらにしろ、ソフィーも自分の気持ちを隠す気は無いらしい。
「アランが私に全然興味を持たない理由が、わかった気がします。皆様本当に煌びやかで美しい方ばかり。私なんてとても…」
「あら。ソフィア様だって、ちょこっとお勉強なされば、がらりと変わりましてよ。自分の魅せ方を知っている方は、5割増です」
「それ本当ですか? 私でもどうにかなりますか?」
「もちろん。ソフィア様でしたら本当に美しく変身されることと思います。もしよろしければ御指南致しましょうか」
「良いんですか」
キラキラと目を輝かせ、イザベル嬢の両手を握りしめるソフィー。
イザベル嬢もニッコリと微笑みながらその手を握り返した。
横にいる俺の存在はすっかり忘れたかのように、2人で盛り上がるご令嬢。
おいおい、ソフィーをどうする気だ。
とんでもない化粧したりごてごてのドレス着せたりしないだろうな。
そういうの、こいつに似合うわけがない。
俺の心配をよそに、その日以降から2人は、お茶会と称してお互いの家を行き来して昼間も交流をし始め、ますます親交を深めた。
何か口実を作ってこっそりそのお茶会を覗きに行こうと思っていた俺は、ちょうど運悪く、今までサボっていた公務とやらに捕まった。それまではセシルが1人でさくさくこなしていたが、そろそろお前も参加しろと。エスコート役を自分ができない八つ当たりかヤキモチか。いずれにしろ、それどころじゃない。お前の想い人がとんでもない化け物にされるかもしれないんだぞ、と言ってやりたかったが、言ったら言ったで回り回って母上や伯父上にまで話が行き大事になりそうなので、ぐっと堪える。
はらはらした想いを抱えたまま、ようやくソフィーに会うことができたのは、それから数ヶ月後のことだった。
イザベル嬢の家で開催される夜会に参加するので、またエスコートをしてやってほしい、という伯父上からの手紙を受け取り、俺は久々にソフィーを迎えに馬車で駆けつけた。
「ソフィー入るぞ」
いつものように雑なノックをして、返事を待たずにドアを開ける。
とそこには、見事に化けたソフィーが立っていた。
「クリス久しぶり。どう? 私変わった?」
俺は声を上げることはおろか頷くことさえできず、呆然と立ち竦んだ。
今までパステルカラーのふんわりとしたドレスで、いかにも少女らしいスタイルが多かったソフィーが、体のラインに沿った真紅のマーメイドドレスを見事に着こなして立っていた。くるくるといつも弄んでいる長い巻き毛は、きっちりとアップにして黒いバラの花飾りでまとめられている。メイクは割とナチュラルな分、赤く染められたリップが際立ち、目のやり場に困る。
まさかそっち方面に化けるとは。
イザベル嬢の手腕に驚くとともに、ソフィーの変身ぶりにただただ驚愕する。
公爵令嬢として日々、ダンスやテーブルマナー、歩き方や座り方まで、様々なレッスンを受けているソフィーは、身のこなしに関しては元々他の令嬢に引けを取らない。ただこれまでは、それを披露するほどの注目を集めることがなかった。
こりゃ今夜の夜会は荒れるな。
かくして俺の予想通り、ソフィーとともに会場に一歩足を踏み入れた途端、あの美しい令嬢は誰だとざわめく声があちこちから聞こえてくる。
エスコートしているのは、いちおう第2王子である俺。やがて、キャベンディッシュ公爵家の令嬢だと気付く者がちらほら出てきた。
痛いほどの視線をびしばし感じながら、主催者の娘であるイザベル嬢に、2人で挨拶に行く。
「こんばんは、イザベル様。今夜はお招きありがとうございます」
「こんばんは、ソフィア様。この前お勧めしたドレス、今夜着て下さったのね。とても素敵ですわ。それに髪飾りも、よくお似合いです」
「私には少し派手ではありませんか?」
「いいえ全然。本当によくお似合いです。ねえ、クリス様?」
「え」
突然話を振られ、慌てて何か返そうとするが、うまく言葉が出てこない。
「ソフィア様は身のこなしがとても綺麗で、背筋もいつもぴんと伸びていらっしゃるから、こういったスタイルがとっても合うんです。可愛らしいアイテムをごてごて着飾るより、この方が男性受けもよろしいかと」
まったくもってイザベル嬢の言う通りである。背中に突き刺さるご子息連中の視線が痛い。今日ほど、ソフィーのエスコート役としてきっちりガードしなければと思った日はない。
隙を見てソフィーに話しかけたりダンスに誘おうとしたりする、鼻の下を伸ばした男達を適度に追っぱらいながら、この場にセシルやアランがいなくて良かった、とつくづく思う。
少なくとも今夜のソフィーは、俺だけのものだ。
最初は自信なさげにビクビクしていたソフィーはその後、夜会を重ねるごとに徐々に慣れ、他人の視線を気にすることなく自然に振る舞えるようになっていった。
妖艶さを滲ませつつも清楚で美しい、絶妙なバランスを兼ね持ち合わせた公爵令嬢。身のこなしや話し方なども優雅で美しく、非の打ち所がない。そんなソフィーの噂は瞬く間に広がり、素晴らしい公爵令嬢として国中にその名が知れ渡った。
もちろん、その噂はすぐにセシルやアランも知ることとなった。
アランからは何度か手紙が届いたが、返事は返していない。
セシルは直接何か言ってくることはなかったものの、夜会で顔を合わせると、少し悔しそうに顔を歪ませていた。相変わらず取り巻きのご令嬢達に囲まれて身動きは取れなさそうだったが、俺はわざと、ソフィーの肩を抱いて背を向けたりした。
きっともう、セシルも俺の気持ちの変化に気づいているだろう。