引きこもりとモンブラン
アランの寄宿学校入学。
それはアランが17歳、私が13歳の時にある日突然決まった。
「そのまま騎士になるかどうかはわかりません。ただ、騎士としての資質は身につけたいと考えています」
息子ではなく公爵家の後継として、真っ直ぐに前を見据えるその姿に、私はもちろん、お父様も何も言えなかった。
「お前が決めたことだ。必ず将来役に立つだろう」
「ありがとうございます」
嬉しそうなアランとは反対に、私はショックで部屋に戻ってから大泣きした。
アランが遠くに行ってしまう。
家のことや将来のこと、私には考えつかない色々なことを考えた上での決断なんだろうとは、何となくわかる。
そんな聡明なところもアランの長所の1つだし、そんな人だから、出会って数年間ずっと惚れ込んでいるのだ。
でもだからといって、この寂しさが消えるはずもない。
今までは、どんなに忙しくても、家のどこかで顔を合わせることがあった。
でも、寄宿学校に行ってしまったら顔はもちろん声も聞けない。アランの気配を感じることさえない。
私、そんな世界で生きていける…?
自室で塞ぎ込むこと数日。
いつもだったら私のただならぬ様子にいち早く気付いてくれるアランは、今は寄宿学校に入るための準備で慌ただしく、それどころではない。
私はただ、簡素な部屋着のまま何もせずぼーっと息をしているだけ。
私付きの侍女のクレアは、私がどれだけアランのことを想っているか嫌という程よく知っているので、今はそっとしておいてくれている。
お腹がすいてきたなあ。
前にご飯食べたのいつだっけ。
外に出るのも面倒だなあ。
すると突然大きなノック音が響いた。
誰だろう。
アランや両親ではなさそう。
近くにあったガウンを適当に羽織りドアを開けると、クリスとセシルが立っていた。
一時期皇后アナスタシア様とここに住んでいた2人は、その後すぐに王宮に帰ったものの、たまに暇を見つけてはこうしてひょっこり遊びに来る。
もちろんアランに会いに来るんだけれど、そのアランに熱視線を送る私の存在が目障りなのか面白いのか、こうして私にちょっかいを出しに立ち寄ることもある。
「あれ、思ったより元気そうじゃん」
「心配はしてなかったけど、まあ良かったよ」
にっこり笑ったセシルの手には、王室御用達として知られる洋菓子屋のバスケットがある。
「ソフィア嬢、ここのケーキ好きだったよね。良かったらお茶でもどう?」
そう言いながら、後ろにはクレアが申し訳なさそうに、ティーセットのワゴンを引いて立っている。
「うちの侍女をたらし込むのはやめてくださる?」
「何もしてないよ。お茶の用意をお願いしただけだよー」
そう言ってキラキラ星でも飛びそうな輝かしい笑顔を向けてくるセシル。果てしなく胡散臭い。女の子のように可愛らしくて華奢な見た目と柔らかい物腰が人気で、国内外にファンがいるというけれど、この貼り付けたお面のような笑顔の、どこが素敵なんだろうか。
「おいおい、流石にこの部屋はやばいんじゃないのか」
セシルの隣で、部屋の奥を覗き込んだクリスが顔をしかめる。余計なお世話だ。
黒髪でいつも無表情のロボットのようなクリスも、寡黙なところが良いというコアなファンが一定数いるらしい。口を開けば失礼なことばかり言ってくるこの王子のどこが良いのか。世のレディーの趣味はよくわからない。
脱ぎ散らかした服や読みかけの本で散らかった部屋を、クレアの後ろに控えていた侍女数名があっという間に片付けてくれて、後から入ってきたクレアが素早くお茶の用意を始める。
「もっと落ち込んでると思ってわざわざ見に来たの? お生憎様、もう世界の終わりかもっていうくらいしっかりどっぷり落ち込んでるわ」
「そんな口がきけるんなら大丈夫だろ」
「アランは準備で忙しそうだけど、すっごく楽しそうだったよ」
「でしょうね」
私が1番大好きなモンブランのケーキのお皿を、クレアが私の前に置いてくれる。
ショートケーキはクリス、ガトーショコラはセシル。それぞれの好物を彼はしっかり把握している。
「いつ発つんだっけ」
「明後日だそうよ」
「じゃあ明日の夜が最後の晩餐か。母上にも声かけて遊びに来ようかな」
「来なくていい!」
「最後くらいゆっくりアランを堪能したいって? 俺たちはそんなソフィーをそばで観察したい」
「しなくていい! 大体、最後最後って何なのよ。最後じゃないわよ。ほんの少しの間離れるだけよ」
「ほんの少し、2年が?」
「察してあげなよクリス。そうやってソフィア嬢は自分に言い聞かせて励ましてるんだよ」
小さい頃、私のことは完全無視していた2人。
それが私のアランに対する気持ちに気付いた途端、やいのやいのと2人揃ってからかいに来る。
ムキーと怒って言い返したりしていると、王子達と私が仲良くなったとアランが勘違いして喜ぶものだから、あからさまに嫌がるそぶりを見せることもできずに、困っている。
そもそも、私はこの2人に直接相談したことなんて、一度もない。
ただ私の行動や目線から、気づかれただけのこと。クレアだって、私からアランの話をしたことは一度もない。
それだけ、周りの人にわかりやすくだだ漏れている私の恋心は、当のアランには全然気付かれていない。
人の気持ちに聡くて気遣いのできるアランに、まったく気にしてもらえていない。
なぜ…?
ぎゃーぎゃーと左右で楽しそうに騒ぐ王子2人の間で大好きなモンブランを頬張りながら、いつの間にか私は、随分と元気になっていたのだった。