王子登場
「アランと一緒に住むの? あのお屋敷に?」
それって毎日アランと一緒に過ごせるってこと?
え、そんな幸せなことってある?
再婚とか兄妹とか、世の中の仕組みがまだわかっていなかった私は、ただアランと一緒にいる時間が増えることを喜んだ。
が、それも束の間。
「え、今日もアランには会えないの?」
「午後は剣技のレッスンがございますが、夕食は一緒に召し上がられるそうです」
よくよく考えてみれば当然なのだけれど、私と母が数ヶ月に一回遊びに来ていた日は、あらかじめ予定を空けていてくれただけのこと。
普段のアランは、あのキャベンディッシュ公爵の後を継ぐべき一人息子として、ふさわしい教育を施され、真面目に着々とそれをこなしていた。
私と遊ぶ時間なんて、あるはずがない。
それに加えて、私にもいわゆる淑女のためのレッスンが施されることとなった。
「そろそろ貴方にもそういうことを教えなきゃいけない年頃とは思ってたのよ、ソフィー。それに、貴方はこれから公爵令嬢として人前に出る機会も巡ってくるはずだから」
母の言葉は私には何のことだかさっぱりだったけれど、ともあれ歩き方やダンスのレッスン、読み書きや歴史の勉強など、ありとあらゆるカリキュラムを組まれ、遊ぶ時間がぐっと減った。
毎日ヘトヘトに疲れてぐっすり眠るという毎日の中で、アランは食事の時間はなるべく同じになるように調整してくれた。
「ソフィーは今日は何をしていたの?」
と優しい声で尋ねてくれて、今日はダンスの練習で転びそうになったとか、歴史の授業が眠かったとか、どうでも良い私の話をにこにこと楽しそうに聞いてくれた。
アランの笑顔を見ると、どんなに疲れていても嫌なことがあっても、私までにこにこ笑顔になっちゃう。
うん、やっぱり大好き。
そんな生活にも慣れてきた頃に現れたのが、セシルとクリスという双子兄弟。
「今日からしばらくここで一緒に暮らすことになったの。ご挨拶なさい」
母に促され、私は習ったばかりのぎこちないカーテシーで挨拶をする。
「初めまして。ソフィア・キャベンディッシュと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「あら、まだこんなに幼いのにきちんとご挨拶ができるのね、素敵だわ。ほら、あんた達もご挨拶は?」
「セシルです」
「クリスです」
アランと同じ美しい金髪の華やかな女の人に促され、双子の兄弟はぶすっとした顔のまま渋々といった雰囲気で名前だけ名乗った。
こら、と金髪美人に頭を叩かれ、わーっと駆け出す。
同じ男の子なのに、優しくて穏やかなアランとは大違い。
金髪美人と双子兄弟は親子で、この3人は母の言った通りこのお屋敷でしばらく一緒に暮らすようだった。
セシルは金髪、クリスは黒髪と髪の色は違ったけれど、母親とよく似て綺麗な華やかな顔立ちをしていて、アランに負けず劣らず、絵本に出てくる王子様のようだった。
でもそれは見た目だけ。
2人は私の顔を見ると、プイと横を向いて走って行ってしまう。
仲良くする気はないみたい。
まあそれならそれで良いか、と私から話しかけるようなこともなかった。
私にはそっけない態度しかとらない兄弟は、アランとは面識があり仲も良いらしく、食事中もわいわいと私のわからない話題で盛り上がっていた。
金髪美人と母は、最初の頃はお互いよそよそしかったけれど、すぐに打ち解けてこちらはこちらでお喋りに花を咲かせていた。
ぽつんと取り残された私は、居心地が悪いってほどではないけれど、何となく早めに食事を済ませて、自室に戻る。
お手紙を書くレッスンの復習でもして、もう寝ようかなー、なんて思っていると、ドアがノックされる。
「お邪魔だったかな?」
現れたのは、我が愛しのアラン。
「邪魔だなんて、そんな…」
「最近ソフィーと話す時間が減ってきちゃってるから、今から少しお茶でもどうかなと思って」
伺うように私の顔を覗き込むアラン。私は頰を真っ赤にしてこくこくと何度も頷く。
そんな嬉しい誘い、断れるはずがない。
良かった、とアランは少し照れて笑い、そんな表情もするんだなーと、また見惚れてしまう。
しばらくしてメイドさん達がティーセットを用意してくれて、私達はソファーで寛ぎながら、あれこれたわいもないお喋りを楽しんだ。
アランと過ごせる時間はほんの少しだけど、そのほんの少しの時間でますますのめり込んでいってしまう。綺麗で優しくて、気遣いも素晴らしい完璧な人。こんな人、他にいるのかしら。
後々知ることになったのは、あの金髪美人が、お父様であるキャベンディッシュ公爵の実の妹であり、この国の王妃でもあるアナスタシア様であること、セシルとクリスの兄弟は、この国の王子であるということだった。