公爵令嬢の始まり
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幼い頃、大きくて荘厳な、それそれは立派なお屋敷に、母に連れられて足を踏み入れた。
馬車に揺られてお城のような立派な門をくぐると、庭には色とりどりの季節の花が咲き乱れ、そこを抜けると玄関が見えてくる。
ぴんと背筋の伸びた侍女や執事を従え、優しい紳士が出迎えてくれた。
「やあマリー、それにソフィー、よく来たね」
紳士はまず母ににっこりと笑いかけ、それから私の頭を優しく撫でた。何度か我が家にやってきたことがある、優しい白髪交じりの人。いつも美味しいお菓子を持ってきてくれる、そのせいかいつも仄かに甘い香りがする。我が家以外でお会いするのは、これが初めてだ。
「アランも君達が来るのを楽しみに待っていたよ。さぁどうぞ」
そっと背中を押されて中に入ると、まず豪華なシャンデリアと、吹き抜けの長い階段が出迎えてくれる。何度見ても圧巻の、童話に出てくるお城のようなお屋敷に、私の瞳はきょろきょろするばかり。
すると階段の上から、ひょっこりと少年が顔を出した。
「はじめまして、ソフィア嬢。待ってたよ」
美しい金髪の短い髪ををふわりと宙に靡かせ、淡い空色の瞳をキラキラさせた少年が降りてくる。
王子様のように綺麗な顔立ちと優雅な身のこなしを併せ持った少年。
「僕の名前はアラン。これから仲良くしてくれたら嬉しいな。お父様のように、僕もソフィーって呼んでもいいかな」
ニッコリと微笑みかけられたその瞬間、私はすっかり心を奪われてしまった。柔らかく甘いその声で名前を呼ばれると、なんだか急に自分の名前が愛おしく思えてくる。
アランの手には、綺麗な装画の絵本が握られていた。私のために用意してくれたのだろうか。
そっと母の顔を見上げると、微笑みながら小さく頷いてくれた。私は嬉しくなって、アランの方に駆け出した。
「転ばないように気をつけてね」
「大丈夫」
長い階段の最後で一瞬躓きそうになると、すかさずアランが手を伸ばして支えてくれた。
「僕がいるから心配しないで、マリア様。さぁソフィー行こう」
しっかりと握られた手は温かくて少し大きくて、ふわふわと幸せな気持ちになる。
「うん!」
アランに手を引かれながら、後ろの方で母たちの話し声が聞こえる。
「あの人見知りのソフィーがこんなにすぐ懐くなんて、なかなかないことだわ」
「そうだとしたら私も嬉しいよ。アランもソフィーに会うのを、とても楽しみにしていたからね」
懐く、だなんて。
私、アランに懐いてるわけじゃないわ。
子犬じゃないんだから。
そう。
初恋、というほど淡いふんわりした気持ちではなく、雷に打たれたようにはっきりとあの瞬間、私は恋に落ちたのだ。
それから何度か母と一緒に遊びに来て、あの紳士と母と4人でお茶をする時もあれば、アランの部屋で2人で絵本を読んだりお菓子を食べたりして過ごす時もある。
どちらにしても、アランはいつも私に柔らかい眼差しを向け、ソフィーと名前を呼んで笑いかけてくれる。
その度に私はドキドキ少し緊張しながらも、とても幸せな気持ちに
夢のようなひとときを過ごした後、次はいつ来るのかなーと思いながら、母と2人、また日常へと戻っていく。
そんな生活が程なくして、終わりを告げた。
母の再婚とともに。
母を見初めたのは、アンドリュー・キャベンディッシュ公爵という、この国では知らない人のいない有名な方。国王の側近として代々仕える家柄であり、彼自身も頭が良く大変有能でありながら、身分分け隔てなく気さくに接する大らかな性格で、一般庶民にも人気がある。
まだ幼かった私は全然知らなかったけれど、ただ漠然とすごい人だとは感じていた。
欠点という欠点がなく、誰からも好かれる完璧な人物、キャベンディッシュ公爵。
その人こそがあのお屋敷の紳士であり、私の新しい父親となる人。
そして私の大好きなアランは、私の義兄となったのだ。