12-3「憲兵」
12-3「憲兵」
裏切り者は、誰なのか。
表面上は平静さを保ちつつも、僕らは疑念を打ち消せないでいた。
そんな僕らの基地に、1機の飛行機が着陸したのは、スパイによる破壊工作が明らかになってから数日後のことだった。
着陸したのは、王立軍では部隊間の少人数の移動などにも使われているプラティークだった。そのプラティークは燃料の補給だけ済ませるとすぐに飛び立ってしまったのだが、後には2人の人間が残っていた。
1人目はいかにも軍人然とした30代ほどの男性で、ごつごつとしたたくましい骨格と筋肉がぎっしり詰まった肉体を持ち、禿頭で険しい顔つきをしている。
2人目は、若い。若いと言っても僕よりは年上で、20代の半ばから後半といったところに見える。黒髪に黒の瞳を持つ色白の男性だったが、どこか冷たく、近寄りがたい雰囲気がある。
僕らの基地へやって来たその2人は、憲兵と呼ばれる職務についている人間だった。
憲兵というのは、主に軍隊の中で規律や秩序を維持するために活動している軍人の一種だった。その職務には、車両の交通整理なども含まれているが、僕らの基地へその2人がやって来たのは当然、そういった目的ではない。
その2人の目的は、僕らの基地に潜んでいるスパイを探し出し、捕えることだ。
王立軍の憲兵は軍隊の中で警察の様な役割を果たすこともあり、僕らが持たない捜査能力や、取り調べなどを行う権限を持っている。
僕らの基地にも憲兵という存在はいたのだが、人数が少なく、その職務は基地内の交通整理などばかりで、こういった捜査の経験は少なかった。そこで、ハットン中佐が上層部に支援を要請し、スパイの捜査をするために派遣されてきたのが、この2人だった。
2人は出迎えに出ていたクラリス中尉に案内され、ハットン中佐が指揮所としている建物へと向かっていった。
その様子を仲間たちと観察していた僕は、黒髪の若い男性が身に着けている階級章を見て、驚いた。
その男性は、少佐だったのだ。
それは、彼がよほど優れた人物であるということを示していた。20代で少佐というのは、士官学校を抜群の成績で卒業し、その後も優れた能力を示さなければ得られないものだからだ。
禿頭の男性の方も、大尉の階級を持っている。叩き上げの軍人然とした禿頭の大尉は、恐らくはその階級を自身の経験と研鑽によってつかみ取った実力者なのだろう。
この2人は、頭脳明晰だがまだ若い少佐に、経験豊富な大尉をつけて欠点を補い合い、効果を上げようというコンビであるらしかった。
その日の内にハットン中佐から命令が下され、基地の人員は全て、2人の捜査に全面的に協力することとなった。僕らはそれと同時に、若い少佐がカミーユ少佐、禿頭の大尉がモリス大尉であることを知った。
2人が僕らの基地へとやって来たことは、この調査を軍部がかなり重要視しており、本腰を入れて解決しようという意思が表れている様に思われた。
僕は、この2人がやって来たことを、歓迎するべきか、そうでないのか。
正直、決めかねている。
僕らの内に、スパイがいる。それは確かなことだった。
僕らはその正体が分からず、疑心暗鬼に陥り、表面的には平静さを保っているが、内心では不安でいっぱいだった。
やって来た2人の憲兵は、その目的からすればきっと相応の能力を持ったコンビなのだろう。だから、その2人の調査によって、スパイは特定され、逮捕されることになるはずだった。
それは、喜ばしいことのはずだ。僕らは裏切り者を見つけ、そして、もう一度お互いを信頼し、任務に取り組むことができるようになる。
これから先、僕らが生き延びる確率を少しでも高めるために、お互いの信頼関係を取り戻すことは何よりも重要なことだったが、それは同時に、僕らが仲間だと思ってきた誰かが逮捕され、裁かれるということでもあった。
その、裁かれることになる誰かは、それだけのことをやったのだから、そうなることは当然のことだ。だが、僕らが仲間だと信じ、同じ部隊の仲間として一緒になって働き、言葉を交わして来た誰かが逮捕され、裁かれるというのは、どうしても後味が悪いことだった。
だが、その捜査に、僕らも協力する他は無かった。後になってハットン中佐から捜査に全面的に協力せよという通達が出されたこともあったが、個人的な感情はどうであれ、破壊工作を行ったスパイを捕らえることは必要なことには違いないからだ。
「あの2人、ちょっと変かも」
僕が複雑な思いでいる中、そう、疑問を口に出したのは、ライカだった。
その日の出撃を終え、翌日の出撃内容のブリーフィングを済ませた後、パイロットで集まっての夕食の席でのことだった。
僕らは豆のシチューとパンを食べていたところだったが、ライカの発言は僕らの視線を一斉に集めた。
「変って、どういうこと? 」
ライカの僚機でもあり、その隣に座って食事をしていた僕が、ジャックやアビゲイルも代表して彼女に問いかける。
ライカは少し迷う様なそぶりを見せた後、まぁ、いいか、と呟き、それから口を開いた。
「カミーユ少佐なんだけど、多分、彼は本物の憲兵じゃないわ。それじゃぁ、どこの部署の人間かって言われても、知らないけれど。でも、憲兵ではないと思うの」
「憲兵じゃないって……、どうして分かるんだい? 」
「あのね。……私、彼の許嫁なの」
その時、僕は思わずスープのスプーンを手から落とし、アビゲイルはかじっていたパンをテーブルの上に落とし、ジャックは飲みかけていたお茶でむせて、慌てて顔をテーブルの下へと向けて咳き込んだ。
僕はスプーンを持ち直しながら、ライカに確認する。
変だな。手の震えが、止まらない。
「い、いいいい、いいなずけ、って? 」
「そのままの意味よ。お父様たちが決めたの、私が生まれる時にね。……でも、私はその決まりを守るつもりは無いわ。カミーユ少佐が嫌な人っていうわけじゃ無いのよ? 彼は見た目、冷たそうに見えるけれど、結構、優しいところもあるの。私が小さい頃からよく遊んでいただいていたし、幼馴染みたいなものかしら。頼りになる人よ? けど、私とは10歳も年が離れているし、パートナーっていうよりは、年の離れたお兄さんって感じだもの。カミーユ少佐も、私のことは妹ぐらいに思っているはずだわ」
ライカはそう言うと、パンを上品に一口分の大きさにちぎってから口に運び、もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。
不思議と手の震えが納まった僕も、食事を再開しながら、ライカに話の続きを待つことにした。
「それでね、たまにお手紙のやり取りなんかもしていたんだけど……、彼、自分が憲兵だって言及したことは1度も無いの。軍人だってのははっきりしていたのだけど。私も志願したから、場所が近かったら挨拶にでも行こうと思ってどこの部署か聞いてみたんだけど、教えてくれなかったの」
「それだけで、憲兵じゃないって分かるの? 」
「もし憲兵だったら、別に隠しておくことも無いでしょう? だから、そうやって身分を隠さなきゃいけない立場にいるんじゃないかと思うの」
まぁ、全部私の勘なんだけどね。最後にそうつけ加えると、ライカは長くしゃべって喉が渇いたのか、お茶を一口、飲みこんだ。
「はー、なるほどなァ。ライカ、将来は推理ものの小説家とか目指してみたらいいんじゃないの? さっきのが合っているかどうかは分からないけど、今の洞察力はかなり凄かった。もしかしたらその通りかもしれないって思っちゃったぜ」
「そう? ありがと」
ジャックの少し大げさな賛辞に、ライカはそっけなく答えたが、まんざらでもなさそうな様子だった。
実際、僕もライカの意見をほとんど信じかけていた。
王立軍における憲兵というのは、それほど特殊な立ち位置の存在ではない。徴兵された時に就くことになったかもしれない職種の1つだったし、僕らも、運のめぐりあわせによっては憲兵になっていたかもしれない。僕らの様な志願兵はその個人の意向が多少は尊重されやすいとはいえ、必ずでは無いからだ。
軍事上の機密など、いろいろ配慮しなければならない事情は考えられたが、憲兵であるということ自体を隠す必要までは無いはずだった。ましてや、許嫁が相手であれば、そうまでして隠し通す必要も無いはずだった。
掘り下げるとなかなか面白そうな話題だったが、僕らはそれ以上、その話題で盛り上がることは無かった。
何故なら、当のカミーユ少佐が、食事の乗ったトレーを持って、僕らの席へと現れたからだった。