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2-3「仲間」

2-3「仲間」


 僕が滑走路脇に倒れこみ、レイチェル中尉の威嚇射撃にも何ら反応できないほどの状態だと知ると、ようやく、中尉は罰走を終わらせてくれた。


 「ジャンティ」と呼ばれている、王国軍で人員や軽量の物資の移動、戦地での偵察や連絡に用いられる四輪駆動の自動車で乗り付けてきた中尉は、まず、僕の頬をぺちぺちと叩き、息も絶え絶えでそれに反応する気力も僕に残されてはいないことを確認すると、実に満足そうな笑みを浮かべた。


 中尉は絶対、人をいじめるのが好きな性質だ。

 そうであるに違いない。


 それから、中尉は、僕を軽々と担ぎあげてジャンティの荷台に乗せると、僕らパイロット候補生の宿舎まで僕を運び、そこにいた仲間達に「介抱してやれ」と命令した後、そのまま走り去って行った。


 僕が罰走させられているのを暇つぶしに見物していたであろう仲間たちは、親切なことに僕を部屋まで運び、ベッドに寝かすところまでやってくれた。

 僕がこんな目に遭うきっかけになった、基地上空での曲芸飛行もしっかり目撃していたためか、みんな、口々に僕をほめてくれた。口笛を吹くのも聞こえてくる。

 まるでお祭り騒ぎだ。

 訓練ばかりで退屈しきりの所に、いい見ものだったのだろう。


 それに、中尉に罰走を食らうというオチまでしっかりとついている。


 僕はとても嬉しかったが、残念なことに、一言も発する気力が無かった。


 僕をベッドまで運ぶと、多くの仲間たちはそのまま部屋を去って行った。あまり騒がしくしてもいけないし、気を使ってくれたのだろう。


 パイロット候補生に与えられている部屋は皆2人部屋で、僕を介抱するため、同室だったパイロット候補生が1人だけ残っている。


 彼の名はジャックという。

 ジャックは僕に水筒から水を飲ませてくれると、自分のベッドに腰かけ、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


「よーよー、ミーレス。教官殿に随分、しごかれたじゃないか。あんなに怒っているところ、しばらく見てなかったぜ。ありゃ、いい見ものだったな」


 言っておくが、ジャックはいい奴だ。

 前に言った、教育課程で、僕の勉強の面倒を見てくれたのがジャックだ。彼は僕の恩人であり、いい友人でもある。

 彼自身、かなり好成績なパイロット候補生でもあり、今日の訓練でも、僕の編隊の長を務めていた。


 こうやって、すぐに人をからかいたがるのが玉に瑕だが。


「……今日は、教官殿はいないと思ったのだけど」


 介抱のおかげで少し楽になって来た僕は、どうにか、そう言葉を返す。

 ジャックは、大きく頷いて見せた。


「まったくだ。緊急の呼び出しだから、しばらくかかると思ったんだけどな。……けどさ、ミーレス。着陸進入する時、中尉殿のジャンティがここに向かっているの、見えていたんだぜ。お前があんなことするって分かっていたら、ちゃんと教えたのにな」

「……。それ、本当? 」

「本当、本当」


 僕は、気が遠くなりそうだった。


 もっとちゃんと注意して見ていれば、今日の罰走は無かったかもしれないのだ。


 もっとも、あの時の僕は、どんな風に飛ぼうかと頭がいっぱいで、そんな注意力は無かったのだが。

 それでも、僕は、深く後悔し、自分の不注意さを呪った。


「だから、まぁ、次にああいうことをする時は、俺にもちゃんと言えよな」

「ああ、そうするよ、ジャック」

「おう。……そうしたら、俺も一緒になってアクロバットするからさ」


 僕はその言葉に驚いて、ジャックの方へ視線を向けると、ジャックは真面目な顔をしていた。

 冗談の様に聞こえたのだが、そうではないらしい。

 ジャックは普段から訓練に対しては真面目な模範生で通しているから、そんな彼が、ルールや規則を破ることを公言するのは意外だった。


 僕の疑問が伝わったのか、ジャックは肩をすくめて見せる。


「俺だって、あんな風に飛ばしてみたいと思ってたんだ」


 どうやら、エメロードは、僕だけではなく、ジャックにとっても「宝石」であるらしい。


 仲間と一緒に、そろって宙返りをする。悪くない計画だ。


 その時、カシャリ、と、乾いた機械の音がした。


 視線を音の方へ向けると、いつの間にか部屋の入り口に1人の人間が立っており、今の音は、その人物が、自身の構えたカメラで、僕らの姿を写真に撮った音であるらしい。


 写真を撮ったその人物は、カメラを下ろすと、挑発的に小さく舌を出しながら不敵な笑みを浮かべた。


「は~い、おふたりさん。悪だくみの瞬間は、しっかり撮影しちゃったからね! 」


 僕はその言葉に、中尉にさらなる罰を加えられるのではないかと恐れ、ドキリとしたが、ジャックはすました顔で、ちっちっちっ、と舌を鳴らしながら、左手の人差し指を顔の前で左右に振った。


「甘い甘い、甘いよ、ライカ。写真じゃ、何を言っているのかまでは分からないだろ? だから、その写真は、俺達の企みの証拠にはならない」

「あら、それは残念。……座ってもいい? 」


 さっきのはどうやらいたずらだったらしい。僕と同じパイロット候補生、レイチェル中尉の様な女性パイロットであるライカは、悪びれる様子もなくそう言って肩をすくめた。


 座ると言っても、部屋には2人分のロッカーとベッドがあるだけで、椅子など存在しない。

 自然、ライカが腰かけるのは、僕らと同じベッドしかない。

 僕のベッドは、まだ伸びている僕に占有されているから、ライカは自然と、ジャックの隣に腰かけた。


 ライカもまた、今日の訓練飛行で編隊を組んで一緒に飛んだ仲間だ。


「ねぇねぇ、ミーレス。どんな感じだった? 3回連続で宙返りするって凄いよ! 感想聞かせて! ……あっ、しゃべれたらで、いいんだけど」


 ライカは好奇心を隠さず、きらきらと瞳を輝かせた後、ちょっと反省したらしく声のトーンを落とした。


「おいおい、ライカ。ミーレスは弱っているんだよ? もう少し優しくしてやりなって」


 そんなライカに、呆れた様な言葉を浴びせたのは、いつの間にか部屋の入り口に立っていたもう1人だった。ライカと同じく、女性パイロットだ。


「分かっているわよ、アビゲイル。……だから、しゃべれたらでいいって言ったもの」


 ライカはちょっと不服そうに唇を尖らせる。アビゲイルはそんなライカの様子に、しょうがないね、とでも言いたそうに軽く吐息を漏らした。


「まぁ、あの3回転の感想は、あたしだって気になっているんだ。……ジャック、座ってもいいかい?」

「どうぞ、どうぞ」


 ジャックが許可を与えると、アビゲイルはライカと同じ様に、ジャックのベッドに腰かけた。さすがに狭いので、3人はもぞもぞと動いて、位置調整をする。


 アビゲイルも、今日、一緒に編隊を組んで飛んだ仲間だ。


 今、この場にいる僕ら4人は、パイロットコースの高等教育課程に進んで以来、同じ班を組んで訓練を受ける仲であり、同じパイロット候補生の中でも、特に交流を持っている。


「ふぅむ。実に素晴らしい。まさしく両手に花と言うべき状況だ」


 とりあえず座る位置を調整し終わると、左右に首を振り、ライカとアビゲイルの姿を確認したジャックは、実に満足そうにそんなことを言った。


「つまんないジョーク言ってんじゃないよ」

「いだだだだ、ごめ、ごめんて」


 そんなジャックの太ももをアビゲイルが思い切りつねり、ジャックはたまらず、悲鳴をあげた。


 僕とライカは、思わず小さく笑みをこぼす。


「というわけだけど、ミーレス? いけそう?」


 つねられて少し涙目になったジャックが話を戻し、そう確認してくると、僕は頷いて、僕にできる限りの言葉で、今日の曲芸飛行の感想を3人に伝えた。


 介抱のおかげでかなり楽になってきていたし、何より、僕は、今日、僕が感じた感動を、この4人で共有したかった。


 かといって、田舎育ちの僕は、それほど豊富な語彙力を有してはいない。

 たどたどしい表現になってしまったが、それでも、3人は、僕の話に耳を傾けてくれた。


「ふぅむ。これは、アレだな」


 僕の感想を一通り聞き終えたジャックは、もったいぶる様に自身の顎を人差し指と親指で揉みながら、提案する。


「この4人で、一度、編隊を組んで宙返りするしかないな。ミーレスがどんな風に思ったかを知るには、それしかない」


 どうやら、やはり、僕の言葉だけでは十分に伝わっていなかったらしい。

 僕は、ちょっと残念に思ったが、しかし、ジャックの提案に胸が躍るのを感じた。


 考えてみたことも無かった。僕ら、4機で編隊を組み、息を合わせてアクロバットを決めるのだ。

 それは、どんなに気分がいいだろう!


「いいわね、やりましょう!」

「悪くないじゃない」


 ライカとアビゲイルも乗り気だ。


 パイロット候補生は、皆、生まれも育ちも違う。

 だが、空を飛ぶことが好きという一点で、僕らは共通し、連帯することができる。


 こうした仲間と出会えたことは、僕にとっての幸福だった。


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