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2-2「罰走」

2-2「罰走」


 パイロット候補生として、僕はこれまでに何度か「罰」を与えられてきた。


 その……、素行が悪いとか、成績が悪いとか、そういうわけではない。

 ただ、ちょっと、ほんのちょっとだけ、自分に正直なだけなのだ。


 全部、空を飛ぶのが楽しいのがいけない。


 経験した罰は、まさにより取り見取りだ。

 多かったのはランニングや、腕立て、腹筋などの基礎体力を鍛え直すものだ。他に、機関銃の演習弾の弾磨き(何百発もあるのでかなり大変だった)や、訓練に使っている機体の清掃、基地施設のトイレや廊下の清掃。


 中等練習機で空中分解未遂事故を起こして以来、優等生として振る舞ってきたため、ここしばらくの間はそんな経験をせずに済んでいたのだが。


 滑走路の周りを、中尉がいいと言うまで走らされることになった僕は、どうしてか、とても懐かしい様な感覚を抱いていた。

 牧場で働いていたおかげで、僕はもともと身体が丈夫だった。だから、走らされるのはそれほど苦痛ではない。

 中尉はいつまで走り続ければいいと明言しなかったが、永遠に走らされるわけでも無いだろう。


 それに、この時期は、走るのにも、飛ぶのにもいい時期だった。


 僕の所属する組織は、第1航空教導連隊という。王国が飛行機をその軍事力の一翼として取り入れてから後に整備された、他の伝統ある諸連隊と比較して新しい組織で、新人パイロットを一人前に教育することを目的として運用されている。

 第1航空教導連隊は、王国の首都、王国の伝統と誇りを象徴する都市「フィエリテ」の近郊に設置された飛行場の1つにあり、僕は今、その飛行場の滑走路の周りを走っている。


 1年に、1から12まで設けられた月のうち、5月に入ったばかりの頃だった。

 アルシュ山脈の南、その山裾の麓に位置するフィエリテは、冬の長い多雪地帯だ。一般的に春と呼ばれる季節は、他より遅くやって来る。

 今が、ちょうど、冬が終わり、春が訪れようかという時期だった。


 空気はまだ肌寒く、冬の、凛とした透明感をまだ感じさせてくれる。一方で、適度に降り注ぐ暖かな太陽光が、これから訪れる緑豊かな季節の到来を予感させてくれている。

 降り積もった雪はもうほとんど残っておらず、黒く湿った土からは、早くも草花が芽吹き始めている。北に視線を向ければ、未だ雪を被り、白亜に輝くアルシュ山脈の鋭鋒を見渡すことができる。


 本当に、走るのにも、飛ぶのにも、いい時期だ。

 空気は身体に心地よく、そして、景色は素晴らしい。


 中尉のことはいつでも恐ろしかったが、僕は、こんな調子で、滑走路の周りを何周か、マイペースに走っていた。


 だが、そんな穏やかな時間は、1発の銃声で終わりを遂げた。


 僕は、突然何ごとかと、銃声がした方向へ視線を向ける。


 その先にいるのは、王国で一般的に用いられている軍用ライフルを構えた、レイチェル中尉だ。

 銃口は、僕の方を向いている。


 中尉の銃口に閃光が走るのとほぼ同時に、銃声が僕の耳に届き、僕から10メートルほど離れた地面で、まだ芽吹いたばかりだった草花が、土くれと共に空中に巻き上げられた。


 事態は明白だった。

 中尉が、僕を撃っている。


「ペース上げろォッ!! ミーレスゥッ!! 」


 結構な距離があるはずだったが、中尉の怒鳴る声は僕の耳にしっかりと届いていた。


 僕は、慌てて走るペースを上げた。


 とにかく、速く、中尉が満足するくらい速く走らなければ!


 それは、さすがに、中尉だって本当に僕に当てるつもりでは撃たないだろうとは思うし、実際、2発とも僕には命中していない。

 だが、そうタカをくくって、僕がいつまでも問題なく走り続けられる様な安定したペースで走っていたら、中尉はいよいよ何をしてくるか分からない。


 怒らせると、まずい。

 僕はその点、骨身に染みて学んでいる。


 走れ、走るんだ、ミーレス!


 だが、ペースを考えずに全力疾走していれば、すぐに限界はやって来る。

 数えていなかったが、既に滑走路を数周した後でもあった。

 自分でも知らず知らずのうちに、走るペースが鈍っていく。


 再び銃声が轟き、僕から10メートルほど離れたところで、土くれが舞った。


 ああ、教官殿が怒っておられるッ!


 僕は気力を振り絞ってペースを上げ、少しでも早くこの罰走が終わる様に、そして、中尉が、せめて演習用のゴム弾を撃っていますようにと願った。


 罰走を、久しぶりだなどと、のんきに思っている場合では無かった。


 結局、その罰走は、僕がヘロヘロになって倒れるまで続けられた。


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