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10-10「証明して」

10-10「証明して」


 出撃は、橋梁きょうりょうを攻撃する爆撃機の準備が整わないという理由から、翌日の午前に実施されることになった。

 僕は、今からでも出撃するつもりだったが、今飛んで行って、翌日の特別任務に支障が出ては今後の全体の戦局にすら関わるということで、301Aは待機状態に置かれることとなった。


 勢いでそのままさっとやって、早く終わりにしたい任務だったが、僕にはその嫌なものとたっぷりと向き合う時間ができてしまった。


 僕を重い気分にさせている原因は、それだけではない。

 相変わらず、ライカは僕と口をきいてはくれなかった。


 僕とライカは、たまたま、偶然ぐうぜんで仲間になった。

 僕は牧場に生まれ育った田舎の人間で、一方のライカは、正確なことははぐらかして教えてくれないのだが、王国にかつて存在した貴族階級の、それもかなりいい家柄の出身のお姫様だ。

 僕らが知り合い、仲間として戦っているのは、あくまで偶然ぐうぜんでしかないし、その必要が無くなれば、僕らは別々の道へと分かれ、二度と会うことも無いだろう。

 僕はずっと、そう思っている。


 だが、いつかお別れしなければならないのだとしても、こんな、ケンカしたまま別れるのでは、あまり気分が良くない。

 そして、その別れは、次の出撃で突然、やってくることだってあり得るのだ。


 そう思うと、僕は、ライカと何とか仲直りしたいと思わずにはいられなかった。


 だが、彼女はやはり、僕の言うことを聞いてはくれない。

 これでは、僕の言い分を彼女に説明しようにも、どうしようもない。


「なぁ、僕はいったい、どうすればいいんだと思う? 」


 僕はふと気が付くと、目の前にいた真っ白なアヒルに向かって、そんなことを呟いていた。

 あの、いつも一番食いしん坊なアヒルだ。僕がエサやりの仕事を引き受けたりしていたものだから、僕がエサを持ってくると覚えてしまったらしく、僕が柵に近づくと我先にと駆けつけて来る様になっていた。

 この日も、僕は、少しでも気分が晴れればと、動物たちの世話をするために雇われている老夫婦にお願いして、いくらか仕事を分けてもらった。ついさっきも家禽かきんたちにエサをやったばかりだったが、この食いしん坊だけ、まだ食べ足りないとでも言いたげに僕の近くで執念深しゅうねんぶかくうろついていた。


 仕事をしている間は、僕は自分の悩みごとから遠ざかることができた。だが、仕事が終わってしまうと、その反動からか、余計に気分が重くなる。

 そのせいで、答えなど返って来ないと分かっているのに、ついついアヒル何かに話しかけてしまったのだ。


 それも、こんな、能天気で、お気楽そうな顔をしたアヒルに。


 童話どうわなんかで動物が人の言葉を話すなんていうストーリーはよくあることだったが、当然、そんな奇跡は起こらなかった。

 アヒルは不思議そうな顔で僕を見上げただけで、相変わらず、のほほんとした幸せそうな表情で、クァッ、クァッ、と鳴いている。


 何だか、無性に腹が立って来た。

 何でもいいから、八つ当たりして、胸の中のもやもやを発散したい気分だった。


 それに、僕は、ずっと、ずっと、ジューシーにこんがりと焼き上げたローストチキンを食べたくて仕方が無かった。前はちょっとした好物といった程度でしか無かったが、今は、大好物だった様な気がしてきている。

 それくらい、その料理を食べたい。腹いっぱいに!


 目の前を見れば、何と、おあつらえ向きに、食いしん坊なおかげで丸々と太って、僕に言わせればまさに食べごろといった感じのアヒルが1羽、元気に鳴いているではないか。

焼けば皮はパリッと、めば肉汁が溢れ出て、口の中でとろける様な最高のご馳走ちそうになるだろう。


 僕が、母さん秘伝のローストチキンのレシピはどんなだったかと思いをせていた時、突然、左側面から強烈な衝撃しょうげきを受けた。


「ぐふっ」


 視界外からの攻撃に、僕はなす術も無い。

 僕はそのまま誰かに突き飛ばされ、草の上にごろんと、倒れこんだ。


 空の上だけでなく、地上でも見張りを気にかけなければならないとは!


 僕は、僕を攻撃してきた人物を見上げ、それから、おどろきのあまり目を丸くしてしまった。

 それは、ライカだったのだ。


「ミーレス、あなた! その子を食べようとか考えていたでしょう!? 」


 ライカは、不満げなふくれっ面を作り、そう言って僕に抗議こうぎしてきた。


 確かに僕は、あの能天気そうで憎たらしいアヒルを食ってやりたいとは思い始めていた。だが、僕はまだ、何にも行動に移してはいなかったじゃないか。


「だからって、いきなり突き飛ばすことは無いじゃないか! それに、僕の話は聞いてくれないくせに、アヒルのことでなら文句を言えるっていうのか!? 」


 いきなり突き飛ばされた痛みとおどろきとともに、僕の中には、ライカへの怒りがき起こってくる。


「それは、あなたが反省していないからよ! 」


 ライカも、僕の声の大きさに釣られて感情的になった様だった。


「反省ならしたさ! もう、僕は分隊長機の指示を破ったりしないし、ちゃんと従うようにしてる!」

「ぜんっぜん、分かってないじゃない! そういうことじゃないのよ! 」

「なら、どういうことだっていうんだ!? 」

「ミーレス、あなたはもっと、僚機りょうきの気持ちを考えるべきなのよ! 」

「考えているさ! いつだって! 僕はいつだって僚機りょうきを守ろうと、全員無事で帰還できる様に戦ってきたんだ! 」

「その全員の中に、あなたが含まれていないのが問題なのよ! 」


 ライカは、その小柄な体からは想像もつかない様な大きな声で、僕を怒鳴どなりつけた。

 今までに見たことがないぐらい、怒っている。

 僕は、びりびりと全身にひびく様な声と、その、見たことも無い様な怒りの表情、そして、その表情の中に含まれる悲しみの感情を前にして、何も言えなくなってしまった。


「ミーレス、あなたは勇敢ゆうかんな人だわ。いつだって、自分じゃなくて、誰かのために命をける。簡単に、けてしまう! あなたね、そうするあなたを見て、私がどんな風に思ったか、考えたことあった? 」


 宝石の様にんだ輝きを持つ瞳に、涙が浮かんでいた。


 僕は、それまで胸の内で煮えたぎっていた怒りの感情を、その、ライカの瞳を見た瞬間、全て忘れてしまった。

 ライカが、どうして怒っていたのかが、ようやく理解できたからだった。


 僕は、自分では、いつでも仲間のために戦ってきたつもりだったし、実際、仲間のためなら、僕らが守ろうとしているもののためなら、命がけでもためらって来なかった。そのつもりだ。


 だが、僕がそうやって、自分の命をけてしまった時、仲間がどんな風な気持ちになっているのか、想像したことは無かった。

 それが、どんな気持ちであるのかは、ライカの、今の表情を見ればよく分かる。

 そして、彼女が僕に対して怒る気持ちも、理解できた。


「私はね……、一方的に守られたいなんて、思ったことは無いの! 私は誰かの相棒パートナーにだったら喜んでなるけれど、誰かの被保護者になるつもりなんて無い! ミーレス、あなたの言う、全員で生きて帰るの中に、あなた自身が含まれていないのは、私、どうしても嫌なの! 」


 ライカはそう言うと、左手でグイと、涙をぬぐった。

 それでも、ライカの瞳からは、泉から清水しみずき出す様に涙があふれて、やがて、彼女のほおを伝って落ちて行った。


 僕は、自分のおろかさを呪った。

 自分では、いつも、いいことをしているつもりだった。正しいと思っていた。

 誰かのために、一生懸命にやっているつもりだった。


 だが、僕は、そうやって自分の命をける度に、僚機りょうきを、ライカを、悲しませていたのだ。


 自分の過ちを理解してしまった以上、そして、ライカにこんな顔をさせてしまった以上、僕は、もう、彼女に何かを言えなくなってしまった。


「分かった、分かったよ、ライカ。だから、もう、そんな顔をしないでよ」


 僕は、涙目のまま僕をにらみつけてくるライカに、両手の平を向け、彼女をなだめる様に、そして、僕の誤りを認めていることが伝わる様に言った。


「なら、証明して」


 ライカはもう一度、涙をぬぐった。

 彼女の青い瞳は、まだ、ゆらゆらと揺らめいていたが、僕の言葉を少しは信じてくれたのだろう。もう、そこから、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちることは無かった。


「もう、簡単に自分の命をけたりしないって。あなたの言う、全員で生きて帰るの中に、あなた自身も含めるって、約束して! そうしたら、私、また、あなたと一緒に飛ぶから!」


 僕は、彼女に向かって、うなずき返した。


「約束する」


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