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8-4「四発爆撃機」

8-4「四発爆撃機」


 春の嵐が過ぎ去ると、僕らは再び、フィエリテ市に向かって飛んだ。


 雨上がりの大地は、まだ濡れている。地上では水滴をたくさんつけた草木が太陽を浴びてチカチカと光っていて、あちこちに水たまりができているのが見える。

 フィエリテ市の南側は、王国の主要な穀倉地帯だ。戦争になったとは言え、作物を作らなければ来年には飢え死にすることになってしまうので、今もたくさんの人が出て農作業をしている。

 時折、僕らの姿を見つけては、手を振ってくれる人たちもいた。


 そして、そんなのどかな風景の中を、噴煙をあげながら驀進していく鋼鉄の塊があった。


 それは、たくさんの客車と貨車を連結した蒸気機関車で、フィエリテ市に向かって兵士や物資を輸送している様だ。


 見覚えのある形をしている。

 というのも、その列車を牽引している蒸気機関車は、王国ではかなり有名な存在だったからだ。


 2組の前輪、3組の大きな動輪、そして運転台の下に1組の後輪を持つ機関車で、空気抵抗を削減するために流線型のカバーを装着している。

 王国では、設計者の名前を取って「グリズリー型」などと呼ばれている機関車で、以前は南大陸横断鉄道に配置されていた。王国の東西、つまり、連邦と帝国の間を結ぶ特急列車を牽引する役割を与えられていた、王国にとって代表的な機関車だ。

 その運用最大速度は時速140キロメートルとされ、登場当時の王国一、いや、大陸一の高速運用を実現した存在だった。

 その登場は、王国中で祝福され、記念コインや記念切手が発売されたりもした。


 僕も1度だけ、フィエリテ中央駅で本物を見たことがある。

 それは、確かに飛行機程速くはないかもしれなかったが、その流線型の美しい外観と、力強い動輪の動き、勇ましく噴き上げられる蒸気は、何とも言い表せない魅力だ。

 そんな最高の機関車が、職人が丁寧に仕上げた豪華な内装を持つ特別な客車を引き、毎日、南大陸横断鉄道で活躍していた姿は、平和だったころの良い記憶の1つだ。


 だが、グリズリー型機関車の栄光は、ほんの一瞬だった。

 第4次大陸戦争が始まり、同時に、大陸東西を結ぶ物流も止まってしまったからだ。


 南大陸横断鉄道は、マグナテラ大陸の東西の物流を支える主要な幹線鉄道だった。グリズリー型機関車は東西を行き来する人々の移動時間を最短とし、かつ、最高のサービスを提供するために、王国の鉄道が総力を挙げて生み出した存在だった。

 だが、戦争の勃発によって、その役割を奪われてしまった。


 そして、今は、イリス=オリヴィエ縦断線に配置されて、フィエリテ市に兵隊や物資を運んでいる。


 もし、蒸気機関車に心があるとすれば、彼女は一体、今の状況をどう思っているのだろうか?


 華々しい特急運用という役割を失ってしまったことを嘆いているのだろうか。

 それとも、やりがいのある仕事だとして、誇りに思っているのだろうか。

 あるいは、僕の様に、ただ、自分にできることを一生懸命にやっているだけなのだろうか。


 いずれにしろ、そんな彼女と、彼女が運んでいる人々や物資を、敵の攻撃から守ることが僕らの役割だった。


《301A、301A、こちらはフィエリテ防空指揮所。こちらはフィエリテ防空指揮所。応答を願います》

《こちら301A、隊長のレイチェル中尉。防空指揮所、どうぞ》

《こちら防空指揮所。西方より敵機の侵入があった。301Aは直ちにこれを迎撃せよ》

《了解! 301A、迎撃に向かう! 》


 フィエリテ市の防空戦を統括する防空指揮所からの指示を受け、僕らは誘導に従って機体を旋回させた。


 もう、何度目になったのかも分からない。

 いつもの、僕ら戦闘機部隊の仕事だ。


 僕らは敵機の侵入高度の情報に従って高度を取り、機体を増速させた。

 防空指揮所からの誘導に従って一度進路を変更し、程なくして、僕らは目標を発見する。


《見えた! 11時の方向、敵機らしきもの! 》

《了解、あたしにも見えた! 目標発見! 全機、見えるか!? 11時の方向、こっちの水平線よりちょい下側! 》


 敵機の姿をアビゲイルが発見し、ほぼ同時にレイチェル中尉もその姿を確認した。

 僕は9時の方向に向けていた視線を、進行方向を時計の0時と見立てて、11時の方向へと向け、目を凝らす。


 敵機は、確かにそこにいた。

 小さな黒い点の集まりと、少し大きくて飛行機らしいと何となく分かる黒い塊がいくつも並んで飛んでいる。

 アビゲイルとレイチェル中尉の目の良さには、いつも驚かされるばかりだ。


《機数は……、爆撃機が4、戦闘機が4ってところか。……いや、別のもいる! 2時の方向に注意、こちらの水平線より上! 帝国の戦闘機! 》


 僕は、レイチェル中尉の言葉で、急いで2時の方向へ視線を向ける。

 そこにも黒い粒があった。僕などは言われてみて初めて気が付くぐらいの大きさだ。

僕らはその敵機たちがいる方向に向かって飛んでいるから、少しずつどんな形か見えてくる。


 帝国側は、4機の、単発の戦闘機部隊の様だった。あの、黒い戦闘機と同型の機体だ。最近、敵機の外見や性能の推定値などをまとめた識別表というのが僕らの基地に送られてきたのだが、帝国ではその機体のことを「フェンリル」と呼んでいて、主力戦闘機として大量に配備しているらしい。

 4機のフェンリルは、どうやら連邦軍機を狙っている様子だった。連邦軍の方でも、これに応戦するために護衛の戦闘機が空中戦を挑んでいく。

 連邦側の戦闘機は、大あごを持つ、ファレーズ城付近の空域で僕らを待ち伏せしていた敵機たちの同型だ。これも、新しく送られてきた識別表によると、「ジョー」と名付けられて、連邦軍で主要な戦闘機の1つとして使われているらしい。

 フェンリルとジョーは、互いに交錯し、そのまま空中戦に入って行った。


《へぇ、いいじゃないか! コイツは、またまたラッキーって奴さ! 》


 連邦と帝国、双方が戦い始めたのを見て、レイチェル中尉が嬉しそうな声を上げる。


《各機、チャンスだ! この隙に爆撃機を狙う! 全機、攻撃準備! 》

《《《《了解! 》》》》


 僕らはレイチェル中尉の号令に応じ、一斉に連邦の爆撃機へと向かった。


 以前、僕が敵機を初めて撃墜したのと、同じ状況だ。前回は帝国の爆撃機で、今回は連邦の爆撃機だ。ちょうど、連邦と帝国の役割が入れ替わっただけで、僕らにとってチャンスであることには変わりがない。


 僕らが攻撃しようとしている連邦の爆撃機は、どうやら、今までに見たことがない、識別表にものっていない新型の様だった。


《でかい! あんなのを連邦は飛ばしてくるんですか! 》


 その敵機の巨大さを目の当たりにし、ジャックが驚きの声をあげた。


 実際、それは大きい。巨大と言うべきだ。

 ちょうどいい比較対象物が近くに無いから、断言はできなかったが、以前、王国を領空侵犯してきた、帝国の巨大な銀色の双発機並みの大きさはあるだろう。全体がオリーブドラブ色に塗装され、連邦所属機であることを示す八芒星が描かれている。

 その巨体を飛ばすために、その敵機には4基ものエンジンが搭載されており、大きなプロペラが豪快に回る。僕らの様に迎撃に向かって来る戦闘機から身を守るための銃座も、いくつも備え付けられているのが分かる。

 恐らく、機体が巨大であるだけに、爆弾の搭載量も膨大なものになるはずだ。その四発機は4機だけだったが、どうにかして爆撃開始前に撃退したいところだった。


《はっ、ビビんなよ! でかいってことは、的もでかい、当て易いってことだ! エンジンを狙え、エンジンを! 他の敵機と何も変わらない! 各機、あたしに続け! 》


 僕らを勇気づけるためか、レイチェル中尉は敵機の巨大さを鼻で笑ってみせると、先頭をきって敵機へと向かっていった。

 言われるまでも無く、今更怖気づいて引き返すほど、僕らはヤワではない。

 あの四発機を倒さなければ、こちらにもどれだけの被害が出るか分からないのだ。躊躇している余裕はどこにも無い。


 四発機の方でも、僕らの襲撃に気付いたらしい。敵機の右側から攻撃しようと接近を続ける僕らへ向かって、銃座から激しく射撃し始めた。


 レイチェル中尉は敵機の防御射撃をかいくぐり、四発機に向かって射撃することに成功した。いくらかは命中したはずだったが、四発機はびくともしない。

 続いて、ジャック、アビゲイルと、攻撃に入った。レイチェル中尉の射撃でびくともしなかったので、その1機に攻撃を集中しようという作戦だ。だが、機体の巨大さから射撃距離がうまく測れず、ジャックの射撃は命中しない。アビゲイルも射撃には入ったが、敵機の防御射撃が激しく、ほんの一瞬射撃しただけで回避行動に入らなければならなかった。


《なにあれ! ぜんっぜん、効いてない! 》

《ライカ、とにかくエンジンを狙おう! 中尉に言われた通りに! よく引き付けるんだ! 》

《分かってる! 》


 今度は、僕らの番だ。


《大きい! 大きい! それに、いっぱい撃って来る! 》


 ライカは悲鳴の様なものを上げながら、それでも勇敢に敵機に肉薄して射撃を加えた。エンジン付近にうまく命中弾を与えられた様だ。


 うまくすれば、エンジンから火を噴かせられるかもしれない。

 目の前に、巨大な敵機がどんどん、迫って来るが、僕はその圧迫感を必死になって堪えた。

 いくら巨大でも、遠くから撃っていたのでは、弾丸は重力に引かれて落ちて行ってしまうだけで命中しないし、威力も減ってしまう。

 適切な射撃距離で攻撃を開始するには、普通の敵機であればぶつかる! と思うくらいの大きさに敵機が見える所まで接近しなければならなかった。


 今だ!


 僕は照準器で敵機の右主翼のエンジンを捉え、トリガーを引いた。

 射撃できた時間は、2秒か、3秒か。

 僕はいよいよ敵機と衝突すると思い、射撃を切り上げて回避行動に入った。機体を傾け、急旋回し、敵機の下側にもぐりこむ。

 どうやら、僕が思っていた以上に敵機と接近していたらしい。僕の機体の右主翼が、もう少しで敵機と接触するところだった。


 攻撃を終え、僕らは敵機への再攻撃を図るために集合した。


《なんてこったい、煙吹いただけじゃないか! 》


 レイチェル中尉が、呆気に取られた様にそう言った。


 連邦の四発機の方を確認すると、確かに、敵機の内の1機が煙を引いていた。

 だが、薄く、細い。その出元のエンジンは、ダメージを負っているはずだったが未だにプロペラを回し続けていて、飛行には全く問題が無さそうだった。


 僕は、ショックを隠すことができない。

 5機の戦闘機が、たった1機に集中的に攻撃を加えたのに、ほんのわずかしかダメージを与えられない何て!


《くそっ、もう1回だ! 1機くらいは落とすぞ! 全機、いいな! 》

《《《《了解! 》》》》


 敵機の巨大さ、そしてその頑丈さに、僕らは驚く他は無かった。だが、それほど強力な敵の新型機であろうと、諦めて何もしないで、むざむざ大量の爆弾を投下するのを黙って見ていることなど、できない。


 だが、その四発機は、僕らの想像以上に、速度まで出せる様だった。

 距離は徐々に詰まっていくのだが、すぐには追いつけない。

 最初の攻撃は敵機の側面を上手く捉えることができたので良かった。だが、後ろから追いかける格好になってしまったために、第2撃を加えることはなかなか容易では無い。


 恐らく、四発機は、今までと同じ様に鉄道網を狙っているのだろう。そして、四発機の爆撃目標までの距離は、どんどん詰まっていく。この調子だと、爆弾を投下するまでに、もう一撃を加えるのが精いっぱいだろう。


《くそっ! タダじゃ通さないよ! さっきダメージを与えた奴を集中的に狙え! エンジンだ! 敵機の攻撃はあたしが引き受ける! 》


 レイチェル中尉は僕らにそう指示をすると、再び先陣をきって突撃し、敵機へと射撃を浴びせ、それから、わざと敵が狙いたくなる様に上方向へと回避した。


 敵機の防御射撃が、中尉の方へ向く。

 チャンスは、今しかない。


 僕らは、4機で次々と攻撃を加えた。

 相変わらず、その巨大さに惑わされはしたが、それでも、最初の攻撃時よりも確実に多くの命中弾を与えたはずだった。


 攻撃後に敵機との衝突を回避するコースを取り、敵機の射撃が届かない距離まで退避すると、僕は攻撃の効果を確認するために敵機の方を振り返る。


 僕らが攻撃を加えた敵機の、エンジンが燃えている!


 だが、僕が喜ぶことができたのは、一瞬のことだった。

 その炎は、すぐに鎮火してしまったのだ。

 どうやら、四発機は単に撃たれ強いだけでは無いらしい。火災が発生しても、それを鎮圧する消火装置の類まで備えている様だ。


 さすがに火が消えてもエンジンが復活する様なことは無い様子だったが、敵機のエンジンは残り3発もある。速度は若干落ちても、飛行にはほとんど問題が無い様子だった。


《中尉! 再攻撃しましょう! 弾はまだあります! 》

《ダメだ、間に合わん! 》


 ジャックの要請に、レイチェル中尉は悔しそうに答えた。


 残念ながら、タイムオーバーだ。敵機が爆弾を投下するより前に、もう1度攻撃を加えることは不可能だった。追いついたとしても、それは、敵機が爆弾を投下してしまった後だろう。


 僕らは、爆撃によって人々が傷つけられるのを、もう、黙って見ている他は無いのだ。


 だが、救世主は、意外なところから現れた。


 それは、連邦軍の戦闘機、ジョーと空中戦をしていたはずの帝国の戦闘機、フェンリルだった。

 僕らの攻撃をしのぎ切り、いよいよ爆弾を投下しようとしていた四発機に、1機のフェンリルが直上から槍で突き刺す様に襲い掛かっていく。


 あっという間に、先頭を行く1機が火を噴き、そして、爆弾に誘爆したのか一気に膨れ上がって四散していった。

 続いていた3機の四発機は、先頭の1機の爆発に巻き込まれまいと回避行動に入った。おかげで、彼らは爆撃コースから外れてしまい、もう、有効な爆撃は実施できなくなった。

 目標に命中させられなくなった爆弾は、四発機にとってはもう、逃げるのに邪魔な重りでしか無かった。生き残った3機の四発爆撃機はせっかくここまで運んで来た爆弾を投棄し、そのまま逃げ去って行く。

どうやら、連邦と帝国の空中戦は帝国側が勝利していた様子で、これ以上この空域に留まっていては、自分たちも餌食になってしまうと思ったのだろう。


 帝国軍の戦闘機、フェンリルはそのまま降下して連邦の四発爆撃機の反撃を受けない距離へと逃げ去ると、得意げに360度のロールをし、戦果をアピールしながら上昇していく。

 どうやら、逃げて行く連邦軍機をこれ以上追撃するつもりもない様子だった。


 奇妙なことになった。


 どうやら、僕らは、あの帝国軍機に救われたらしい。


《……えっと、中尉。どうしましょう? 追撃しますか? 》

《どっちをだ? ……どっちに行っても、今のあたしらじゃ敵わんぞ。それに、さっき囮をした時に被弾して、エンジンの調子がおかしい。ここは、退却する》


 指示を乞うジャックに、疲れた様な声で答えたレイチェル中尉は、機体を旋回させ、基地に帰還するコースを取りながら、防空指揮所に戦闘終了の報告を送り始める。

 僕らも、中尉に従って帰還するコースを取った。


 今は、とにかく、ラッキーだった、それだけだ。

 僕らが太刀打ちできなかった敵の四発爆撃機の攻撃から、帝国が救ってくれたのだ。


 これは、同時に、僕らにとっては重大な課題だった。


《あー、お前ら。帰ったら作戦会議するぞ。提案があれば聞くから、何か考えて置け》

《《《《了解》》》》


 僕らは中尉に答え、それきり黙った。


 あの、強力な四発爆撃機をどうにかする方法を、これから、僕らは考えなければならないからだった。


 奇跡的に救われた縦断鉄道を、戦闘前に僕らが追い越していったグリズリー型機関車が、盛大に煤煙を吐き出しながら駆け抜けていった。

 僕らの深刻な悩みなど、何も知らない様子だった。


 あれを、僕らは守らなければならないのだ。

 それが軍事上、非常に重要であるというだけでなく、今もフィエリテ市に暮らしているたくさんの人々の生活を支えるために。


 頭が、痛くなるような気持だった。


今回登場する連邦の新型四発機は、「フライングフォートレス」として有名なB17がモデルです。性能はガチです。


また、「グリズリー型機関車」は、イギリスのA4型機関車がモデルです。日本だとD51とかが有名ですが、イギリスの蒸気機関車もかっこいいです。

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