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8-1「足音」

8-1「足音」


 戦争が始まってから、どれくらい経ったのだろう。

 2週間? いや、もう、3週間以上も経っているだろうか。


 パイロットコースを切り上げ、急に正規のパイロットに格上げになって以来、連日の出撃と、様々な出来事のせいで、時間の感覚が曖昧になっている。


 気が付くと、ありとあらゆるものが変わっていた。


 ついこの間まで、王国は平和を謳歌していた。


 人々の表情は明るく、何の不安も無く、笑顔があった。

 市場は活気に満ち、多くの人々が通りを行き交っていた。

 その場所は賑やかで、見ているだけで何とも楽しげだった。


 それが、僕の知っている王国の姿だ。


 だが、今はもう、違っている。

 フィエリテ市から動員されてきたばかりの兵士が話していた。


 人々の表情は暗く、いつも不安そうで、空襲を心配してか、時折空を見上げている。

 王国全土に配給制が発令され、市場からは活気が消えた。配給所の前には人々が何となく肩を落としながら、どこか疲れた様に行列を作っている。

かつての平和はもう、どこにも見られない。


 戦場は、フィエリテ市に近づいている。


 西からは、連邦が。東からは、帝国が。

 彼らは前線を押し上げ、いよいよ、フィエリテ市への攻撃を開始しようとしている。


 王立軍は、万全とは言えないまでも、フィエリテ市の防衛のための態勢を整えている。

 王国の各地から動員されてきた兵員が各部隊に補充され、増援の部隊、兵器が次々とフィエリテ市に送り込まれてくる。

 フィエリテ市の郊外には、防御のための陣地が築かれた。例年であれば、春の訪れに合わせて農作業などで忙しくなるフィエリテ市の郊外の田園地帯に、無数の塹壕が掘られ、今もたくさんの兵隊が蟻の様に群がって掘り進め続けている。


 王立軍がこうした防衛体制を整えられたのは、西部戦線において連邦軍を足止めしたファレーズ城の選抜部隊の功績が大きかったが、その一方で、東部戦線における帝国軍の奇妙な進軍停止が理由としてあげられる。


 これは、どうやら、連邦側が王国を突破して帝国本土へ雪崩れ込むことを目的として開戦したのに対し、帝国は、この連邦による攻撃を迎え撃つために、王国内にその防衛線を前進させるために開戦したからであるらしい。

 つまり、帝国は王国全土の併合なり、占領なりを求めてはいなかった。自国領を傷つけないため、自国領を戦場としないために、王国領内で連邦を迎え撃つために侵攻してきたのだ。

 帝国は計画通りの地域を占領すると、そこで一旦進撃を止め、防衛線の構築に入り、進軍を停止した。


 もっとも、連邦軍がフィエリテ市に迫り、連邦が王国の完全な屈伏を目指していることを知ると、帝国もまた、王国の併呑を目指し、フィエリテ市への進撃を再開したのだが。


 ラジオから流れてくる、連邦、帝国、双方の王国民へ対するプロパガンダを聞くと、僕らにとっては等しく侵略者でしかない連邦と帝国には、それぞれの思惑と大義があるらしい。


 連邦側は、盛んに、この戦争は旧態依然とした王政から王国の民衆を解放するための戦争であり、王国の民衆は王政の打倒に立ち上がり、この解放戦争に積極的に参加せよと、しきりに訴えかけてきている。そして、王国を解放した後は、共に諸悪の根源である帝国を打倒しようなどと言っている。

 一方の帝国側では、何と、この戦争は、連邦による不当な攻撃から、王国の王室と国民を保護するための戦争であるなどと主張してきた。王国は帝国の旗の下に参集し、共に連邦を打倒するために戦おうと、連日訴えかけてきている。帝国軍が王国を占領するのは連邦の攻撃から王国を守るためであり、従って王国は帝国に進んで協力するべきだというのが、彼らの言い分だった。


 誰も、そんな主張を真に受けたりはしない。

 何故なら、連邦も、帝国も、戦いを望まず、ただ平和に生きようとしていただけの、永世中立国である僕らを、王国を、こちらの言い分などお構いなしに、自分たちの都合だけで攻撃してきたのだから。


 彼らがどんな大義を、正義を掲げようとも、僕らには関係がない。

 連邦の主張は、一方的な押し付けだったし、帝国の言い分は詭弁にしか聞こえない。

 彼らは自身の身勝手な都合で、王国を攻撃した。

 それは、僕らにとって覆されようのない事実だ。


 連邦は王国の制圧と、帝国領への突破のためにフィエリテ市に迫りつつあり、帝国もまた、王国の保護を名目に進軍を再開し、フィエリテ市に近づいている。

 フィエリテ市は、東西から挟み撃ちにされている格好だ。


 こういった情勢から、フィエリテ市の上空では、連日、連邦と、帝国、そして王国による、三つ巴の航空戦が繰り広げられる様になっていた。


 その争点になっているのは、主に、王国の鉄道網だった。

 それは、王国にとっての生命線だ。


 王国には、主に、2つの幹線鉄道が走っていた。

 1つは、大陸を2分するアルシュ山脈の南側にあって、大陸東西の交通の要として機能していた、南大陸横断鉄道。

 もう1つは、王国を南北に縦断し、王国内の物流を担ってきた、王国を縦断するイリス=オリヴィエ縦断本線、通称、縦断線だ。

 2つの鉄道は、フィエリテ市にあるフィエリテ中央駅で結節し、王国内の物流の大動脈として機能している。


 連邦も帝国も、自身の軍への補給のために南大陸横断鉄道を欲するのと共に、王国の補給を寸断するために縦断線への攻撃を繰り返している。


 今も、昼夜を問わず、イリス縦断線を、列車がひっきりなしに行き来している。

 列車は、増援の兵士と兵器、弾薬や食料などの物資を山積みしてフィエリテ市へ向かい、帰りに、王国の前線から避難してきた難民たちと、フィエリテ市からの避難民を満載して南へ向かっていく。

 フィエリテ中央駅は、平和だった頃よりも多くの人々で混み合っているが、その活況は、決して喜ばしいものでは無い。


 空から見ていると、その変わり様がよく分かる。


 昔、ジャックと宿舎を抜け出してフィエリテ市内を見物した時に目にした、フィエリテ中央駅の巨大なガラス製のアーチが記憶に残っている。

 ホームの人々を雨で濡らさぬよう、そして、冬でも日差しを受けて人々を少しでも温められるようにと作られた、ガラス張りの大屋根。

 中には、教会でよく見る様なステンドグラスで作られた部分もあり、王国の景色や動植物などが描かれ、多くの旅人たちの目を楽しませていた。

 多くの雪が降るフィエリテの冬でも問題なく使用できるように、専用の融雪装置まで備えたそれは、フィエリテ市民だけでなく、王国国民にとっての自慢だった。


 だが、今、フィエリテ中央駅のガラスのアーチは全て取り外され、ただ、その骨組みだけが残されている。


 まるで残骸の様だった。

 平和だった頃、フィエリテ市の近くを飛べば、フィエリテ中央駅のガラス張りのアーチはきらきらと輝いていて、美しかった。

 今はその輝きを失い、もう、春だというのに、寒々しい様相でたたずんでいる。


 敵の攻撃を受けた際に、ガラスは飛び散って危険だからと、急いで撤去されたのだ。


 こんな事例は、フィエリテ市のあちこちで見られた。

 戦いのために邪魔なもの、危険なものはどんどん排除され、街並みからは華やかさ、美しさがどんどん失われていく。

 街角のおしゃれな大きなショーウインドウは取り外され、窓ガラスには飛散防止のための保護テープが張られ、夜は灯火管制が敷かれて、街には街灯の明かりも無く、暗闇に包まれる。


 人々はそこで、不安にさいなまれながら暮らしている。


 戦争の足音が、人々のすぐ近くにまで迫っている。


 僕は、フィエリテ市に向かって飛ぶ度に、思い知らされる。


 王国にはもう、平和は存在しないのだと。


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