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E-19「勧誘」

E-19「勧誘」


「すまないな、ミーレス。アレは、私の父上なんだ」


 階段を上って行ったモルガン大佐から視線を元に戻すと、いつの間にか目の前にシャルロットとゾフィがやって来ていた。

 モルガン大佐からあふれ出る圧で、2人の気配は完全に打ち消されていたらしい。


 シャルロットはすまないと言ったものの、その表情は少しも申し訳なさそうな感じでは無かった。

 本当にそう思っているのか、ただの社交辞令なのか、判断がつかない。

 何と言うか、最初に会った時から密かに思っていたのだが、彼女の感情は、その表情からは推し量りがたい。


「キミのことを話したら、どうも、興味を持っていたらしくてな。なかなか、圧迫感のある人だっただろう? 」

「ええ、はぁ、まぁ」


 僕はシャルロットと全く同感だったが、どうやら彼女の父親であるというモルガン大佐のことをそうだとはっきり肯定するのはまずい様な気がしたので、言葉をにごす。


 僕がシャルロットたちと行動を共にしていた時期、彼女の父親、モルガン大佐は、確か行方不明となっていたはずだ。

 彼は王国の前国王、シャルル8世が敵軍から攻撃を受けるフィエリテ市に最後まで残っていたのに同行し、そのまま国王と運命を共にしたのか、脱出できたのか、当時は分からなかった。


 シャルロットはつかみどころの無い印象の人だったが、敵の包囲下から僕を脱出させる前の晩、父親から託された近衛騎兵連隊の臨時の連隊長という重責について、弱音をらしていたことをはっきりと覚えている。

 彼女は、行方不明の父親に代わり、その責任を果たそうと必死だった。


 しかし、シャルロットの父、モルガン大佐は、あの戦いを生きのびていた様だった。


「シャルロットさん。お父さんが生きていて、良かったですね」


 僕がそう言うと、シャルロットは嬉しそうに微笑んだ。


「ああ、全くだ。……父は、敵にフィエリテ市が占拠された後も地下に潜ってゲリラ戦を行っていた様でな。フィエリテ市に取り残されていた民間人を救助する作戦を諜報部が開始した時に、ひょっこり戻って来たのだ。……私は、とても幸運だな」


 それから、シャルロットは、ライカの方へと視線を向ける。


「申し訳ない、ライカ姫。ご挨拶が遅れたのみならず、あなたの前でこの様なお話を」

「ううん、気にしたりしないわ。私も、モルガンおじ様にまたお会いできて、嬉しいもの」


 ライカは首を左右に振り、それから、嬉しそうな笑みをシャルロットへと向けた。


「久しぶりね、シャーリー! それに、ゾフィも! またお話しできて嬉しいわ」

「私もです、ライカ姫。貴女も、昔と変わらない様で、安心しました」

「そうそう。ライカ姫は昔から本当に全然、変わらない。ちっちゃくてかわいいお姫様」


 シャルロットもゾフィも嬉しそうな様子だったが、ゾフィが言った一言に、ライカは不満がある様子だ。


「何よ、ゾフィ! これでも、1センチは伸びたんですからね! 」

「おや、そうでしたか。それは、気づきませんでした」

「もぉ、そうやって、私をからかって! 」


 言い争っている様に見えて、実際にはとても仲の良さそうな3人を眺めながら、僕はそういえば、ライカとシャルロットとゾフィは知り合いだということを思い出していた。


 和気あいあいとしているその様子は、平民である僕らと何も変わらないが、しかし、その所作の端々には、何と言うか、品の良さがある様な感じがする。

 ちょっと、僕がここにいるのが場違いな様な気がしてくる。


「あの、みなさん、僕はこれで失礼しましょうか? 」


 久しぶりに会う友人同士だということだから、きっと、いろいろと話したいことがあるはずだ。

 そう思った僕は、3人の会話が一瞬途切れたタイミングを見計らい、そう提案した。


 だが、彼女たちから返って来た反応は、僕の予想とは異なっていた。


「ああ、いや、それは困る。実は、私からキミに話があるんだ」

「えっと、僕にですか? 」


 シャルロットからの言葉に、僕はきょとんとしてしまう。

 僕たちは面識があるとは言っても、友人と言えるほど親しい様な関係ではない。


 そんな彼女が僕に用事とは、いったい、何だろう?

 彼女は僕にとって命の恩人だったが、その恩を今さら返せと言ってくるような性格の人とも思えない。


 騎乗突撃を実施した時に僕に貸し与えてくれた、シャルロットの家の家宝だというサーベルを返して欲しいという話だろうか?

 それなら、僕はまだ、大切に持っている。刃物のことはよく分からないから、とりあえずできるだけ綺麗に掃除をして、鷹の巣穴の自分の部屋で保管している。


「そうだ。……なに、長い話にはならないさ。少し、時間をもらえるか? 」

「はい。構いませんが……」


 特に断る様な理由も無かったので、僕はシャルロットからの申し出を受けることにした。


 僕たちはそのまま、ホテルのロビーに備え付けられていたソファとテーブルがある場所へと移動し、そこに腰かけて話をすることになった。

 ソファは2人がけのもので、僕とライカ、シャルロットとゾフィに分かれて座る。


 座ってから、僕への話というのは何だろうと、僕はそうたずねようとしたのだが、そこへ僕たちの様子を見て気を使ってくれたホテルの従業員がお茶を持って来てくれたので、一旦、それをいただく流れになった。


 従業員が持って来てくれたお茶は、僕が慣れ親しんでいた紅茶ではなく、いい香りのする草花などから作るハーブティーだった。

 僕にはあまり馴染みのない香りだったが、他の3人は美味しそうに飲んでいるし、僕だけ口をつけないのもまずいなと思ったので、1口飲んでみる。

 すると、口の中いっぱいに爽やかな香りが広がって、少しスース―する感じがした。

 口の中がさっぱりするような感じで、いい香りのおかげで、気分も落ち着く様な気がする。


「さて。話というのはだな」


 お茶の入ったティーカップをソーサーの上に置くと、シャルロットはおもむろにそう言って、用件を切り出した。


「ミーレス。キミ、近衛騎兵連隊に入るつもりは、無いだろうか? 」


 彼女の言葉はゆっくりと落ち着いていて、僕の耳にはしっかり届いていたのだが、僕はすぐには反応することができずに、きょとんとしてしまった。


 どうやら、シャルロットは僕に、彼女が所属している部隊、近衛騎兵連隊に入って、一緒に仕事をしないかと、そう誘っている様だった。


 僕が、近衛騎兵になるだって?

 正直に言って、そんなことを僕は想像したことも無かった。

 田舎育ちで上流階級のことなんて全く分からない僕が、王族を守るための部隊に入り、あの派手でよく目立つ赤い肋骨服を着て、軍馬にまたがり、サーベルを腰に下げ、騎兵銃を肩に背負って、任務につく。


「えっと、僕が、近衛騎兵に、ですか? 僕は、貧乏な牧場育ちだし、身分の高い人たちと一緒に働くなんて、考えられません」

「そんなことは気にする必要はない。ミーレス、今の王国に存在しているのは、王族を除いてはみんな平民しかいないんだ。いるのは、元、貴族だけだよ。変な礼節やしきたりを気にする必要はない」


 確かに、シャルロットの言う通りだ。

 王国が身分制を正式に廃止したのはずっと昔のことで、今の王国に存在しているのは、平民だけ。

 旧貴族階級出身で、「平民」とは異なる雰囲気を持っている人たちは確かに存在しているが、彼らはみんな「元」貴族であり、公式には身分の違いなど存在しない。


 もっとも、王と、そのごく近い血縁者たち、王国の法律によって「王族」として定義されている人々だけは、別格であるのだが。


「ミーレス。キミと私とは、以前、同じ戦場で、馬首を並べて戦ったことがあっただろう。確かにキミは王立空軍の戦闘機パイロットで、騎兵の戦い方にはうといかもしれないが、乗馬の腕前は正直、感心させられた。……その、な? 惜しい、と思ったんだ」


 彼女の言う通り、僕は乗馬の腕前には自信を持っている。

 幼いころから、父さんに手取り足取り、教えてもらってきたのだ。


 だが、だからと言って、僕が近衛騎兵連隊に所属するというのは、どうなのだろう。


 僕がなおも戸惑っている様子を見てとると、シャルロットはコホン、と咳ばらいをし、それから少しだけ前に身体を乗り出して、僕の方を真っ直ぐに見つめながら言った。


「いいか、ミーレス。キミは馬が好きだろう? 私と一緒に近衛騎兵連隊に入れば、キミはこれから一生、馬に乗ることを仕事として、生きていくことができるんだ」


 僕は、彼女のその言葉を聞いて、ゴクリ、とつばを飲み込んだ。


 馬に乗ることを、仕事にできる。

 それは、僕にとっては、かなり魅力的な提案だったからだ。


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