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E-18「到着」

E-18「到着」


 スクレに作られた飛行場には、外交使節が到着した後も、続々と飛行機が飛来した。

 その中には、これから行われる会談が実施される間、その上空を守る戦闘機を整備するための機材や整備班を乗せた輸送機もあった。


 スクレの飛行場にも整備班はいて、僕たちの機体に最低限の整備は行ってくれたのだが、連邦や帝国から飛んで来た飛行機もあることを考えると、とても手が足りていないし、慣れない機体が多いし軍事機密もあるから、整備できない機体もある。


 飛行場に次々と舞い降りてくる輸送機たちは、スクレ会談を護衛するために集まった各戦闘機部隊の整備班を運んできていた。

 スクレの飛行場自体が大きな部隊の受け入れには適さない規模でしかないので、運ばれてきた整備班は部隊に所属している全員ではなく、機材も限られてはいたが、会談が行われている間くらいは何とかなるだろう。


 ハットン大佐を筆頭に、301Aから派遣されてきた整備班たちの顔ぶれの中にカイザーことフリードリヒの姿があるのを確認して、僕は安心した。

 他の整備員たちも腕利きぞろいだったが、何と言っても、カイザーはベルランの第一人者だ。彼に整備してもらえれば心強かった。


 それにしても、この場所に本物の帝国の皇帝カイザーがいることを教えたら、彼はどんな反応をするのだろうか。


 会談の実施はどうやらその直前まで秘密を徹底されていたらしく、その護衛に必要な人数も、外交使節が到着してから輸送機などによって短時間で集めることにしていた様だ。

 事前に十分な人員と機材を送り込んでおけば、それだけ厳重な警備体制を整えることもできたはずだったが、そうしてしまうと会談を行うという情報が外部に漏れる危険性が高くなってしまうから、その点を警戒してこんなやり方にしたのだろう。


 整備班たちは到着すると早速運んで来た機材などを降ろし、それぞれの担当する機体の整備を始めていく。

 物資を降ろした輸送機は、スクレの飛行場に留まっていられる様なスペースがないから、荷下ろしが終わるとすぐに離陸して飛び去って行った。

 さすがに双発機以上の機体は、僕らの戦闘機と違って航続距離が長い。


 この日、スクレに集結した兵員の規模は、整備員たちを除いても3000名近く、王立陸軍で言うところの1個連隊の規模になる。

 スクレの集落の規模からすれば、明らかに過剰な警備兵力だ。


 どうしてこれほどの警戒をしなければいけないのか、改めて疑問に思ってしまう。

 このマグナテラ大陸全体の行く末を決める大事な会談だから、絶対に成功させたいというのは分かるが、しかし、わざわざ会談を妨害する様な勢力は、どこにも無いとしか僕には思えない。


 それでも、会談を護衛するための兵力の集結は夕方まで続けられた。


 集まったのは、連邦、帝国、王国の、それぞれの国家の将兵たちだ。

 護衛の戦闘機部隊がそれぞれの国家から出されている様に、会談を警護するための人員は、同じ様にそれぞれの国家から集められている。

 これは、会談に当たる国家があくまで対等な立場となる様に、それぞれが警護に派遣する兵力をなるべく公平に負担することとした結果であるらしい。

 また、講和条約の締結に先立ち、敵対関係にあった3か国が協力して会談に臨んだという事実を作り、戦後の平和的な関係を築くきっかけとしようというフィリップ6世の意図もある様だ。


 静かだったスクレの集落が、にわかに活気づいている。

 警護のために集落の元々の人口以上の人数が集まっており、装備も軍装も異なる3か国の兵士たちが、同じ場所を歩いている。


 何だか不思議で、少し不安になる光景だった。


 僕たちは、つい1年前までは殺し合っていた仲なのだ。

 それどころか、連邦と帝国は未だに戦い続けている。


 同じ場所に、平和をもたらすための会談を実施するために集まったとは言え、将兵たちの間には自然と住みわけができている様だった。

 特に、連邦と帝国の将兵は、お互いを避けようとしている様だ。


 今のところは何のトラブルにもなってはいなかったが、それは連邦と帝国がお互いに接触することを避け、両者が接触しそうになってしまった時は間に王国が割って入っているからに過ぎない。


 辺りには、うまく言い表せない、独特の緊張感が漂っている。

 このまま、何事もなく、スムーズに会談が終わってくれればいいのだが。


 到着した警護部隊の中には、僕とは縁のある部隊が他にもあった。

 王室を守るために編成された近衛部隊の1つ、近衛騎兵連隊も、今回の警護任務に参加する様だった。

 輸送機の輸送力の制限で近衛騎兵とは切っても切り離せないものであるはずの軍馬の姿は無かったが、あの派手な近衛兵の制服は徒歩でもよく映える。


 かつて僕が敵中に不時着し、当てもなくさまよっていたところを助けて、包囲下から脱出させてくれた、恩人たちだ。


 そして、その日の晩、僕たちの宿泊場所に、懐かしい人たちが挨拶あいさつに来てくれた。


 1人は、近衛騎兵連隊の臨時の連隊長を務めていた、美しく凛々しい女性兵士である、シャルロット。

 そして、シャルロットの友人であり、衛生兵として僕の治療などの面倒を見てくれた、赤毛が特徴的な女性兵士、ゾフィ。


 もう1人は、知らない人物だ。

 黒髪の、良く鍛えられた長身の男性で、鋭い印象の双眸を持ち、全身から力強いオーラを放っている様な感じの人だ。

 近衛騎兵の制服に身を包んだその男性は、大佐の階級章を身に着けている。


 3人共、騎兵用のサーベルを腰に吊っており、ビシッとノリのきいた制服姿であることも相まって、勇ましくてかっこよかった。


 3人がやって来た時、僕は偶然、ホテルのロビーにいて、真っ先にその一行を出迎えることになった。

 国王がまねいた客人用のホテルということもあって、僕に与えられた部屋はかなりいい部屋だったのだが、それがかえって僕には居心地が悪く、夕食の時間になるまでホテルの中を見学しようと思ってうろついていたからだ。


 ライカと一緒だった。

 彼女と合流したのは偶然だったのだが、せっかくだからホテルの中を案内してあげる、という申し出をライカがしてくれて、断る理由もないのでホテルの中を案内してもらっていたところだった。


 どうやらライカはこのホテルに来たことがあったらしく、とても詳しかった。

 おかげで貴重な話をいろいろと聞けたのだが、しかし、ライカの出身はいったいどんな家柄なのだろうかと、感心させられてしまう。


 僕たちが突然現れた3人の姿に驚いていると、シャルロットが長身の男性に何事かを耳打ちした。

 すると、男性は1度頷くと、僕の方に向かって大股で近寄って来る。


 僕は、咄嗟とっさにその場から逃げ出したくなってしまったが、しかし命の恩人たちを目の前にして逃げ出すわけにもいかないだろうと、何とか思いとどまった。

 何と言うか、長身の男性からは、闘気というか、威圧感の様なものが感じられたからだ。


「やぁやぁ、君がミーレス君か! 話は、娘からいろいろと聞いていたよ! 」


 長身の男性は僕に十分に接近すると、頭によく響く大きな声でそう言うと、ニカッと笑って、いきなり僕の両肩をばしんばしんと叩いた。


 痛くは無かったがかなり強い力で、油断していると膝を床についてしまいそうだ。


「連邦軍の冬季攻勢の時には、我が娘と共に戦ったそうじゃないか。しかも、乗馬の腕もかなりのものだったとか。いやぁ、会えて嬉しいよ! 」


 僕はその男性の勢いに完全に飲まれてしまっていたが、とりあえず、その男性は僕に対して好意的である様子だった。

 男性は最後にぐっと力を入れて僕の肩をつかみ、僕の方を何だか睨みつけた様な気もしたが、気のせいの様な気もする。


「やぁ、ライカ殿もいらっしゃったか。お久しぶりですな」

「あ、はい。モルガンおじ様も、お元気そうで何よりです」


 長身の男性は、次いで僕の隣で、僕と同じ様に気圧されていたライカにもそう言って挨拶をした。

 どうやら、2人は面識があるらしい。


 それから、長身の男性、モルガン大佐は、一瞬だけ、悲しそうな表情をした。

 それは、心の底から悲しそうな顔だった。


「ライカ殿。お父上のことは、何とも残念なことでした。お守りすることが叶わず、本来であれば、こうしてライカ殿のお目にかかることさえ、はばかられることです」


 ライカは小さく、悲しそうに微笑むと、首を左右に振る。


「ありがとうございます、モルガンおじ様。ですが、おじさまが全力を尽くしてくださったことは私も存じ上げておりますし、このことにはもう、私なりに区切りもつけられましたので、どうか、お気になさらずに。私はもう、大丈夫ですので」

「そうでしたか。それは、何よりです」


 ライカの言葉にモルガン大佐は再びニカッとした笑みを浮かべると、そこでようやく、僕の肩から手を放してくれた。


「実は、今日はかの有名な守護天使部隊、301Aの隊長、レイチェル大尉殿にご挨拶に参ったのですよ。大尉は、どちらにおられますかな? 」

「えっと、大尉なら、2階の奥の部屋にいるはずです」


 僕は戸惑ったままだったから一言も発することができなかったが、ライカがモルガン大佐からの問いかけに答えてくれた。


「そうでしたか。では、私は大尉にご挨拶をさせていただくとしましょう。……あとは、娘たちとごゆっくり。何やら話したいこともあるということですので」


 モルガン大佐はライカの言葉に頷くと、そう言い残し、また大股であるき去って行ってしまった。


 僕は、唖然あぜんとしたまま、その後姿を見送るしかない。

 あまりに突然のことで僕はまだ状況が飲み込めていなかった。


 何と言うか、嵐の様な、そして、濃い人が来たものだと思った。


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