6-5「エメロードⅡB」
※エメロードⅡが装備しているエンジンにつきまして、「星形で12気筒なのは構造的におかしい」とのご指摘をいただきました。確認させていただいたところ、熊吉の勉強不足で12気筒としてしまっていたことが判明いたしました。このため、エメロードⅡが装備するカモミシリーズのエンジンですが、14気筒のエンジンとして修正させていただきました。
ご指摘、ありがとうございました。
※照準器について:爆撃モードについての描写を一部修正しました。
6-5「エメロードⅡB」
翌朝。日が昇るのと同時に、僕らはパイロットの待機所に集合した。
1分と待たずにレイチェル中尉もやって来て、僕らは一列に整列して中尉を出迎える。
待機所の窓の外には、既に、格納庫の前に5機のエメロードⅡが並べられているのが見える。暖機運転するエンジンの快調な音が部屋の中まで響いて来ていた。
「おはよう。さて、早速だが、訓練を始める。訓練内容は昨日打ち合わせた通り、機体の飛行性能の確認から実施する。気象班からの報告によれば、本日の天候は快晴、風速は南風で微風。機体の飛行性能の確認には絶好の日だ。機体の方は既に、整備班が暖機運転まで実施している。各員、異状は無いか!? 」
「「「「はい! 」」」」
僕らは姿勢を正し、中尉の問いかけに答える。
僕らの返事に、中尉は満足そうに頷いた。
「いい返事だ! なら、訓練を開始する! 全員、かかれ! 」
その掛け声で、僕らは、格納庫の前に整列させられた機体へと駆け寄った。
こうして、ぼくらの機種転換訓練は開始された。
僕らが搭乗することになったエメロードⅡは、複葉単座機だったエメロードを、単葉単座機として再設計したものだ。誕暦3695年に試作機が初飛行し、3697年に制式化された、王立空軍の主力戦闘機だった。
ここ、フィエリテ南第5飛行場に配備された5機は、誕暦3698年初頭から生産が開始された、B型と呼ばれる改良型だ。最大1150馬力を発揮するまでに強化された空冷星形14気筒の航空機用エンジン、カモミM22を1基装備し、主翼に12.7ミリ機関砲を1丁ずつの計2丁、機首に7.7ミリ機関銃を2丁装備する。また、50キロ爆弾2発を搭載可能な爆弾架が装備され、簡易的にだが攻撃機としても運用できる様にされている。
単葉機化されたことと、強化されたエンジンを装備したことで、水平最大速度は、高度5000メートルにおいて、時速540キロメートル以上を発揮することができる。これは、僕が以前乗っていた複葉のエメロードと比較すると、100キロ以上も速いことになる。
国際情勢の緊迫に伴い、開発を急がれたことと、かつての王立空軍主力戦闘機だったエメロードからの機種転換を容易とするために、操縦席周りの配置はほとんど手を加えられておらず、僕でも操縦することが容易だ。
相違点は、エメロードでは解放式だったキャノピーが密閉式となったのと、キャノピー前面に防弾ガラスが装備されたことだ。それと、射撃用の照準器が、望遠鏡の様なスコープ状の射撃照準器から、一枚のガラス板に像を投影して照準器とする、光像式の射爆照準器に変更されている点だ。
これまでの照準器は、射撃時には照準器を覗き込まないとならなかったため、一時的に視界が制限されるという欠点があった。一方で、新しい射爆照準器は、操縦席の前方に設置されたガラス板に投影された像を使って照準をつける方式になっていて、照準をつけている最中もほとんど視界が制限されない様に改良されている。
その上、この、新しい射爆照準器では、射撃用の照準モードと、爆弾を投下する際の照準モードの2種類を切り替えて使用することができる様になっている。
射撃用のモードでは、中央に十字線が表示され、その周囲に偏差射撃を行いやすくするための、狙いをつける際の目安になる円が幾つか表示される。装備された機関砲、機関銃は、機体前方200メートルで弾道が十字線の中心を交差する様に調整されている。
爆撃用のモードでは、手動で機体の降下角度、攻撃目標の高度、機体の速度を入力することで、自機の高度の影響のみ高度計の数値から自動計算し、爆弾の着弾予定範囲を円で表示してくれるようになっている。数値をいちいち手動で入力する必要があるのだが、操縦中に再入力する暇など無いから、爆弾を正確に命中させるためには爆撃時の機体の操作に多くの制約が生じることになる。
つまり、一定の角度、速度を保ちながら爆弾を投下しなければならないということだ。
爆弾を投下する訓練はまだ行ったことがなかったので、使いこなせるか不安ではあったが、この新しい照準器はこれまでのものよりも使い勝手が良く、嬉しい改良点だった。
機種転換訓練は、数日間の予定だった。
数日間、という曖昧な期間設定になっているのは、訓練の結果を見て、まだ訓練が必要か、それとも、実戦に耐え得るかを、レイチェル中尉が判断するということになっているためだ。
中尉が大丈夫だと思えば、その時点で訓練は終了し、僕らは実戦に参加することになる。
初日の訓練は、午前中に基本操作の確認を行い、午後には5機で編隊を組む訓練を行った。
イリス=オリヴィエ空軍では、戦闘機は2機の分隊を最小の単位とし、それを2つ集めて4機で1個小隊とするのが標準だったが、それだとどう割っても1機あぶれてしまうので、5機で編隊を組むことになった。
最も経験豊富で腕も良いレイチェル中尉を長機とし、ジャック、アビゲイルの第1分隊が右側、ライカ、僕の第2分隊がその左側につく。ちょうど、渡り鳥が作るV字型の編隊になる。
空戦の際には、分隊それぞれが散開して戦い、それをレイチェル中尉が指揮、援護するという形になるだろう。
訓練は、順調だった。エメロードⅡ自体が操縦性の良い機体だったこともあり、初日の訓練で、僕らはなんとか、格好だけは編隊飛行ができるようになった。
翌日からは、空戦で使用する戦技、曲芸飛行などの訓練を実施した。
といっても、敵機を撃墜するための訓練ではなく、とにかく、敵機に攻撃位置につかれない様にするための回避運動の練習だ。これは、中尉が、僕らの生還率を少しでも上げようとしているためだ。
レイチェル中尉が敵機役となり、僕らが互いに援護しつつ逃げ回るという訓練を繰り返し行った。
単葉になってエンジンも強化された分、エメロードⅡは高速だったが、複葉だったエメロードに比べると多少、反応がマイルドな感じだった。横転がやや時間がかかる気がするし、旋回半径も高速な分大きい。
だが、エメロードよりも最高速度で時速100キロメートル以上上回っているのは何よりも大きな強みで、それに、旋回半径が大きいとは言っても、旋回に要する時間はさほど変わらず、空中戦で十分戦えると思わせてくれるだけのものがあった。
回避運動の訓練には、2日間が割かれた。途中、ジャックが高度を下げ過ぎて、防風林をかすめるといったアクシデントもあったが、とにかく、僕らはエメロードⅡを何とか操れる様になっていった。
4日目からは、爆弾を投下する訓練を開始した。
まずは、射爆照準器の設定の仕方、照準のつけ方を教わり、爆弾を投下する際の動作を繰り返し練習した。続けて、実際に飛行し、目標の発見から、爆撃進入、爆弾投下までの一連の操作を何度も繰り返した。
5日目には、演習爆弾を使用し、地上に白線で描かれた大きな白い丸に演習爆弾を投下する訓練を行った。午前中の訓練では誰も命中弾の判定を得られなかったが、午後には、ライカが1発の命中弾を出し、6日目の訓練では、全員がどうにか至近弾を得ることができた。
前日に命中弾を出したライカを、ジャック、アビゲイル、僕の3人で取り囲み、コツを根掘り葉掘り聞きだした成果だろう。
僕らに取り囲まれ、壁際に追い込まれたライカは、あわあわしながら戸惑っていて、少し申し訳なくも思ったが、これも全て大義のためだ。
決して、彼女の慌てる様が面白かったとか、そんなことは無い。
無いのだ。
飛行は、毎日、午前に1回、午後に1回、内容によってはそれよりも多く、繰り返し行われた。
これまでにないほど頻繁な飛行で、精神的にも、体力的にも、なかなか堪える訓練だったが、僕らは、誰一人として根を上げる様なことは無かった。
ラジオ越しに、日に日に前線が後退していく、苦しい状況が伝わってきているからだった。
僕らは、訓練と、レイチェル中尉による講評の合間にラジオの周りに集まり、戦いの様子に熱心に耳を傾けた。
ラジオは、王立軍が、いかに勇敢に、懸命に戦っているかを伝え、前線の兵士と国民を少しでも鼓舞しようと努めていた。
だが、形勢は、王国にとって不利であろうことは明らかだった。
連邦と、帝国。双方の侵攻によって形成された西部前線、東部前線で、王立軍は平押しに押されまくっていると言って良かった。
ほぼ毎日、前線は10キロメートルから20キロメートルも後退し続けている。
友軍が懸命に戦っていることについては疑いの余地は無かったが、それでも、僕らが今のところ、負け続けているのは、ごまかしようのない現実だった。
王立軍が後退を続けている原因は、前線で戦っている兵力に大きな差があることや、そもそも王立軍が動員体制を取らず、大規模な戦闘に耐えうる態勢になっていなかったことがあげられるが、その大きな要因は、王立空軍の活動が低調になっているためだ。
戦争初日の攻撃で、フィエリテ近郊と、東西の国境近くに配備されていた王立空軍は壊滅してしまった。以来、王国の空は、連邦、帝国、双方の軍用機の跳梁を許すこととなり、連日、その猛攻にさらされ続けている。
王国の空では、王立空軍の戦闘機が敵機を迎え撃つよりも、連邦、帝国双方の軍用機同士での空中戦の方が圧倒的に多く発生しているくらいだ。
それでも、王立空軍は、これまでの間に態勢を立て直し、多少は有効な抵抗を示せるようになってきていた。
王国には、ここ、フィエリテ南第5飛行場の様に、その存在を秘匿され、偽装された飛行場が、数えきれないほどたくさん用意されていた。
初日の攻撃で標的にされた主要な飛行場から、こういった秘匿飛行場に分散配備された王立空軍の諸部隊は、日を追うごとに徐々に活動を再開し、王国の首都であるフィエリテ市の上空を中心に、敵機への迎撃を強めている。
だが、前線の友軍に対して有効な支援は全く行えていなかった。前線で友軍が押しまくられているのも、僕ら空軍が、彼らに対して支援を出せず、反対に、連邦、帝国の空軍機による攻撃は盛んに行われているためだ。
だから、僕らは、少しでも早く、出撃に耐えられるだけの技量を獲得しなければならない。
連日繰り返される訓練も、レイチェル中尉の厳しい講評も、全て、必要なことだ。
僕らは、寝ても起きても、飛ぶことだけを考えていた。
苦しい戦いを続ける友軍に少しでも支援を与え、戦火から故郷を、そこに暮らす人々を、守れる様になりたかった。
一日でも早く。少しでも早く!
※熊吉は本物の照準器を触ったことも、ましてや使った事も無いので、描写はほとんど推測というか、でっち上げです。実物とは異なることをご了承ください。
あと、今の描写だと、爆撃時に目標までの距離が正確に把握できていないとまず当たりませんので、主人公たちがライカから教わった「コツ」というのはそのあたりだとお考え下さい。
(何かいい資料が手に入ったら描写が変わるかもしれません。変更になった場合には前書きにその旨明示させていただきます)
→2020/1/13 微修正を実施しました