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E-6「将来」

E-6「将来」


「えっと……、将来? 」


 僕は、全く予想もしていなかったライカの悩みに、戸惑ってしまっていた。


「そう、将来」


 ライカは僕の確認に頷くと、何だか遠い目をしながら、難しそうな顔をする。


「いつ、戦争がちゃんと終わるのかは分からないけれど……。でも、戦争が終わったら、私たちの部隊も、解散するか、再編成になるでしょう? 」

「それは、そうなるだろうけど」

「そうなると、みんなとお別れになっちゃうでしょ? ……あなたとも。それって、何だか、とっても寂しいな、って」


 僕も、ライカと同じ気持ちは間違いなくもっている。

 だが、僕にとって、ライカや、仲間たちとの別れの時は、いつか必ずやって来るものだった。

 僕はずっとそう思って来ていたし、いつかは別々の道を歩んでいくことになるのだと、そういう風に考えて、自分に言い聞かせて来たのだ。


 別れは、寂しいし、嫌なことだ。

 しかし、僕はそのことを受け入れるつもりでいるし、そのための覚悟をどうにか作り上げようと努力をしている。


 僕たちは、もうすぐ20歳になる。

 20歳になれば、徴兵された者は兵役を終えて民間に戻ることができるし、僕たちの様な志願兵も、民間に戻るという選択肢を与えられることになる。

 それが王国でずっと続けられてきている制度で、無理に軍隊に残らずとも、民間に戻るという選択をしてきた人はたくさんいる。


 今はまだ戦争が続いていて、そんなことは許されないが、もし、戦争が本当に終わるのなら、誰にもそれぞれの選択を阻止する権利など無い。


 僕たちは、偶然、ひとつの大きな家族となった。

 それはとても貴重なことで、大切な仲間たちとの時間がずっと続けばいいのにとも思うが、それでも、いつかそれぞれの道を歩み始めなければならないということは、決まっていることだ。


 僕は、ライカの悩みをきちんと解決することができるだろうか。

 そう不安に思いつつも、とにかく、僕はライカがどんな風に考えているのかを聞いてみることにした。


「戦争が終われば、私たちはお別れしなくちゃいけない。だけれど、戦争が、連邦と帝国がこのまま戦い続ければ、私たちはいつまでも一緒にいられる。……私ね、連邦の人だろうと、帝国の人だろうと、もう、傷ついて欲しくないのに、みんなとお別れしなくて済むのなら、その方が良いなって、そんな風にも思ってしまうの」


 少し、身に覚えがある様な悩みだった。

 僕にだって平和を願う気持ちはあるが、同時に、仲間たちと離れ離れになるくらいなら、戦争が続いていても構わないというような、そんな気持ちも存在している。

 矛盾した感情が、お互いに共存している、奇妙な状態だ。


「ミーレスは、どう思う? やっぱり、みんなとお別れしたくない? 」


 顔はこちらに向けずに、横目に僕を見ながら問いかけて来るライカに、僕は悩まされる。

 どう答えるべきかどうか。僕は真剣に悩んでいたが、できれば、このまま答えなど思い浮かばなければいいとも思ってしまう。


 ライカの質問は僕にとっても答え難いものだったし、もし、このまま黙っていれば、それだけ長い間ライカの横顔を眺めていることもできる。


「……僕だって、みんなとお別れするのは、寂しいよ」


 だが、あまり長く考えて答えを引き延ばすのも、ライカに悪い。

 僕は、これまでの自分の考えを、素直に言葉にしてみることにした。


「だけれど、それは、仕方の無いことじゃないか。僕たちが同じ部隊にいるのは戦うためで、戦わなくて済む様になれば、また、それぞれの生き方に戻る。いつまでも軍隊にいるっていう生き方もあるけど、だけれど、それは強制される様なことじゃないし、第一、僕たちはみんながまた普通の生活に戻れる様に、頑張ったんじゃないか。……もちろん、今はみんな一緒で、楽しいよ。みんなと一緒にのんびり空を飛ぶっていう、僕の夢もかなったんだし、それがいつまでも続けばいいって思うけれど……、でも、そうやっている訳にはいかないんだ」


 ライカは、じっと、僕の言葉に耳を澄ませている。

 残念なことに、彼女の横顔からだけでは、ライカが僕の意見をどう思っているのかは分からない。


 僕は少し悩んだ後、自分の意見に、少し付け加えることにした。


「それに……、部隊が解散になっても、また、どこかで会えばいいじゃないか。平和になれば、きっとそういう時間もあるよ」


 僕はそう言ってしまってから、少しだけ後悔した。


 僕とライカは、きっと、別々の道を進むことになる。

 僕はライカと出会ってからずっとそんな風に考えて来たし、こうやって親しくしていられるのは今だけだろうと、そう思ってきた。


 部隊が解散になって別れてしまえば、もう一度会うこともできないだろうと、そう考えて来た。


 それなのに、また会えるから、何て。

 その場しのぎの嘘を言ってしまった様なものだ。


「それは、そうだけど……。そうだけど、そうじゃ、ないのよ」


 僕の言葉に、ライカはそう言うと、両手で自身の頬を覆い隠し、両眼を閉じてしまった。

 少なくとも、僕の意見をあまり喜んではいない様だ。


 実際に、僕たちが、301Aが解散される(正確には構成人員が刷新される)ことになったとすれば。

 僕たちがそれぞれの場所で別々の道を歩むだろうということは、はっきりとしている。


 僕が把握しているだけになるが、例えば、ジャックは20歳になり、軍隊をやめる権利を得たら、家に戻ってパン屋を継ぎたいと思っている。

 彼が軍に志願したのは、士官学校へと進む資格を得て、高等教育をきちんと受けたいというためで、僕は彼がそのための努力を日々行っていることをよく知っていたから、彼のこの心変わりにはとても驚かされた。


 だが、ジャックは戦争を生きのびたことで、パン屋も悪くないと思い直したらしい。

 僕たちは命がけで戦ってきたが、パン屋というのは、それとは対極にある仕事だからだ。


 パン屋は、毎日、人々の生活を支えるためにパンを焼く。

 ジャックはそれを退屈な仕事と思っていたのだが、戦い、自分自身も何度も命を危険にさらし、負傷もしたことで、その退屈な仕事の価値を理解した。


 誰かの命を奪うのではなく、育てる。

 パン屋の仕事は穏やかで変化が少なく、退屈かも知れなかったが、大切だと、ジャックは気がついた。


 その一方で、アビゲイルは軍隊に残り、パイロットを続けるつもりでいる様だった。


 どうやら、彼女にとって、パイロットという仕事は天職であった様だ。

 アビゲイルは貧しい家計を助けることができるならと軍隊に志願し、特に思い入れも無くパイロットとなったのだが、操縦桿を握るうちにそれなくして生きていくことを考えられなくなっていったらしい。


 それに、パイロットの給与は悪くない。

 知名度の高い大きな企業で働くのと遜色そんしょくのない給与を安定して受け取ることができるし、会社が経営に失敗して倒産するという心配もしなくていい。


 何より、自分の好きになったことを仕事にできるのだ。


 アビゲイルはパイロットになった当初は、20歳になればさっさと軍を止めて故郷に戻り、仕事に就くのだと言っていたのだから、いつの間にか、ジャックと同じ様に大きく方針を変えてしまった様だ。


 将来の予定、と言えば、僕の身近なところで、意外な選択をした人もいる。

 誰あろう、僕の妹、アリシアだ。


 アリシアは、本来であれば今頃は進学していて、勉学に励んでいたはずだった。

 だが、戦争によって進学は中止となり、彼女は今、生計を立てるために僕たちの部隊で働いている。

 父さんの牧場の再建や、生きていくために現金が必要だからということもあるし、アリシアが通うことになっていた学校の再建の目途が全く立っていないというのもある。


 僕はそう思っていたし、本人もそんな様なことを言っていたのだが、どうも、アリシアがここに残っている理由は、それだけではなかったらしい。

 その理由というのは、ジャックだ。


 ジャックとアリシアが楽しそうに会話をしているというところを見かけたことは何度かあったのだが、どうも、2人の仲は、友達という段階を通り過ぎようとしているらしい。

 この前などは、「学校が再開される見込みも無いし、戦争が終わったら、ジャックさんのパン屋さんに永久就職しちゃおうかしら」などと、アリシアが冗談めかして言っていたことがある。


 永久就職というのは、言わなくても分かるとは思うが、そういうことだ。

 思いもしなかっためぐり合わせだったが、まぁ、アリシアがそれで幸せになれるのなら、僕としては異論をはさむ余地はない。


 僕はと言うと、牧場に戻ろうかと思っている。


 僕はパイロットになりたくてなったのだし、家族の心配も押し切って来たのだから、少し申し訳ない様な気もする。

 だが、僕はこの戦争の中でたくさんの戦いを経験し、雷帝とも戦った。


 何と言うか、お腹いっぱい、そんな感じだ。

 空と離れるのはもったいない様な気もするし、2度とパイロットに戻ることはできないかもしれないが、あの、穏やかな牧場での生活がなつかしかった。


 空が好き、というのは何も変わってはいない。

 だが、今はとにかく、命の危険と隣り合わせという生活から一度離れて、のんびりと暮らしたかった。

 必要があれば僕は何度だって戦うつもりでいるが、そうせずに済むのなら、そうしたい。


 ライカは、一体、どうするつもりでいるのだろう?


 実を言うと、僕は、ライカがどうするつもりでいるのかを、少しも知らない。

 ライカはそれを言おうとしないし、僕も無理に聞き出そうとは思わない。


 ライカがそのことについてとても言いにくそうにしているというか、「言いたいけれど、言うことができない」という感じでいるので、聞くに聞けない。

 それに、聞いてしまって、どんな答えが返って来るのか。

 怖くて、どうしても聞くことができなかった。


 ライカが、どうして悩んでいるのか。

 それが、彼女の将来に関することだと僕には分かっていたが、僕は、彼女にこれ以上踏み込んで聞くことができなかった。


 その日、僕とライカはそのまま、夜になっていく世界を2人で眺めていたが、結局、ほとんど会話も無いままだった。


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