E-4「パーティ」
E-4「パーティ」
鷹の巣穴へと帰還し、誘導路を移動して僕らの格納庫前の駐機場まで来ると、そこには整備班が待機していた。
彼らは僕たちが停止させた機体に駆け寄ると、いつもの様に飛行終了後の点検と、再飛行可能とするための整備作業を開始する。
だが、最優先で行われたのは、特殊爆弾B型を僕らの機体から取り外し、整備班が自作した保冷仕様の運搬台車に乗せて運び出すことだった。
特殊爆弾B型は、何だかウキウキとした様子の整備班たちの手によって、どこかへと運び去られていく。
その様子に苦笑しながら、僕は飛行終了後にパイロットが行うこととされている手順を終えて、機体から降りた。
「カイザー、何か、手伝えることはあるかい? 」
「ああ、ミーレス、ありがとう。でも、こっちは大丈夫だから、君は「あっち」の準備を手伝ってもらえないかな。妹さんが忙しそうだったから」
僕の機体に取り付いて作業を行ってくれているカイザーは、僕にそう言うと、林の向こう側を指さした。
それからカイザーは、エルザと一緒になって機体の整備作業に没頭していく。
相変わらず、カイザーは仕事熱心だったし、それに、邪魔をするのは良くないということは僕にだってさすがに理解できる様になった。
僕は小さく「了解」と答えると、身の回りの装備を解いて身軽となるために更衣室へと向かった。
鷹の巣穴がある王国の中部、フォルス市の周辺は、ちょうど夏の真っ盛りだ。
王国の夏はそれほど湿度が高くないので不快ではないのだが、それでも、強烈な日差しと高い気温で、あっと言う間に汗ばんでしまう。
飛行服に仕込まれた電熱線による暖房を必要とする上空とは、全然違う。
僕は日差しを和らげるために軍の支給品である作業帽を被り、下は作業ズボンと短靴、上はランニングシャツというラフな格好になって、カイザーが指し示した林の向こうへと歩いて行った。
そこは、大きな広場になっている。
というよりは、大きな広場になった場所、という方が適当だ。
王国にとっての戦争が終結してからも僕らは臨戦態勢を解くことができず、そのまま、鷹の巣穴に駐留したまま冬を過ごした。
この時、僕らは粗末な造りのままだった建物を冬の寒さと雪の重みに対応できる様に補強する必要があった上に、燃料として大量の薪も必要としていた。
僕たちは空いた時間を見つけては、周辺の木々の伐採作業に取り組み、そうして、いつの間にか出来上がったのが、僕の目の前に広がる空き地だった。
取り除くのが難しい木の切り株などがそのまま残されてはいたが、広場は一面を草に覆われ、その草も今日のために短く刈り取られて、ピクニックをしたりするのに良さそうな、気持ちのいい環境が作られている。
そしてそこには、たくさんのテーブルが準備され、その上には、手に入る限りで作られたたくさんの料理が並べられている。
テーブルの周囲では、準備のために割かれた人員が忙しく動き回っており、僕の妹であるアリシアも、調理場として用意された場所で一生懸命に働いている。
僕が近づいて行って、何をすればいいかとたずねると、アリシアは楽しそうに「お皿を並べるのを手伝って! 」と言ってきた。
僕は頷くと、さっそく、作業を手伝い、格好も大きさもそろってはいないがとりあえず人数分は用意できたお皿を、テーブルの上に並べていった。
パーティをしよう。
そう言いだしたのが誰だったのかを、僕らは正確には把握していない。
整備班の誰かだったような気もするし、ジャックだったような、ナタリアだったような、そんな気もする。
だが、それに賛同する声は日に日に大きくなっていって、最後にはハットン大佐自らが大号令をかけ、僕たちは今日を迎えることになった。
名目は、「戦闘終結記念パーティ」(まだ正式に終戦していないため、こうとしか言えない)となっているのだが、実際に王国から連邦軍と帝国軍が撤退を終了した日は今日ではないし、あくまでこれは口実でしかない。
僕たちは、戦争という状況の中で偶然生まれた家族で、その家族と過ごす、初めての穏やかな夏を、たった1日でも、ひと晩でもいいから、楽しく、賑やかに過ごしたかったのだ。
僕たちは、あの戦争を生き残った。
それでもまだ、故郷に帰ることはできておらず、毎日が軍務のために単調なままで、退屈だった。
だから、みんなでワイワイ、軍務のことも何もかも忘れて騒ぎたかったのだ。
故郷に戻れないのは、僕たちの様な兵士だけではなく、アリシアの様な民間人の立場で雇われている人々も一緒だった。
これは別に、軍によって強制されているわけではない。
多くの人が、帰るに帰れないのだ。
生きていくためには、ほとんどの人が何らかの形で収入を得なければならない。
だが、王国の国土はその多くが戦場となり、荒廃してしまった。
そんな状態では故郷に戻っても仕事があるかどうか分からない。だから、帰りたくても、すぐには帰ることができない。
そもそも、帰れる家が残っていない人だってたくさんいるのだ。
軍隊に兵士として所属していれば、例え徴兵制によって作られた軍隊であっても給与が出るし、軍に雇われている人々も、その点は同じだ。
故郷に戻って生活を再建するためにも「元手」が必要だったし、今すぐに帰ってもどうなるか見通しが立たないから、ほとんどの人がそのまま僕たちと一緒に働いている。
アリシアも、その例に漏れなかった1人だ。
アリシアは義務教育を優秀な成績で終えて、僕が軍で働いて得ていた給与から出した仕送りと、両親の稼ぎ、そして奨学金制度を使って、進学することが決まっていた。
だが、進学する予定だった学校は、戦争によって破壊されてしまい、今も復旧する見通しが立っていない。
僕の故郷には父さんがすでに帰っていて、牧場を立て直すために力をつくして働いてはいるものの、何をするのにもお金はかかってしまう。
僕としてはアリシアに故郷に帰って父さんを手伝うことも勧めたのだが、彼女は学校にも通えないことだし、現金収入が得られて、それなりにやりがいもある現在の仕事を気に入っているからと、ここに残った。
誰もが、何かしらの形で、戦争の爪痕を負っている。
そんな状況を忘れて、パーっと騒ぎたいというのは、僕らの共通した願いだった。
パーティをすると言っても、準備をするのはなかなか大変なことだった。
適当な場所は幸いにもすぐに見つかったのだが、問題は、パーティにつきもののご馳走をどうやって用意するかということだった。
戦災からの復興の途上にある王国では、未だに食糧不足が続いている。
一応戦闘が終結し、国土を取り戻すことができたから農業も再開され、今年はそれなりの収穫が見込めるということだったが、それでも食糧は外国からの支援をあてにしなければならない様な状態だ。
当然、僕たちは質素な食生活を送っている。
そんな状況だったから、パーティにふさわしいご馳走を用意するのは、本当に大変だった。
大きな力となってくれたのは、こういう食糧事情を自力で少しでも改善するため、冬の備えのために切り開いた野原を耕作地とし、僕ら自身の手で育てた様々な作物たちだった。
徴兵制によって作られた集団である僕たちは、様々な出自を持った者が、ごった煮の様になって存在している。
しかも、1度は徴兵期間を満了して社会に戻ったものの、その後、開戦に伴って予備役として再度招集され、軍務に復帰した様な人も大勢いる。
僕の様に農作業に従事した経験を持つ者や、開墾作業など、土木的な要素を持つ仕事を経験していた者も数多く、僕たちの部隊は立派な畑を作り上げていた。
他の部隊でも状況は似通っていて、いっそのこと各部隊で収穫した作物を持ち寄って品評会でもやろうかという話も出ているほどだ。
野菜類はそれなりの量が確保できたのだが、問題は、肉類だった。
とれたての野菜は新鮮そのものでどれも美味しいのだが、だが、だがしかし、ジューシーな肉汁が溢れるお肉の無いパーティなど、考えられない。
ナンセンスだ!
幸いなことに、鷹の巣穴の周辺には、数多くの野生動物が生息していた。
そして、部隊の人員の中には、そういった動物を狩猟して生計を立てていた者もいた。
おまけに、僕らは軍隊組織だったから、狩猟に使えるライフルと弾薬を豊富に持っているし、使い方は訓練されている。
そうして用意された獲物は、鹿に、猪。鴨などの鳥もあるし、兎なども罠で捕まえた。
すぐ近くの池には元気で健康そうなアヒルの群れも生息していたから、いっそのこと投網を作って一網打尽にしてしまおうという提案もレイチェル大尉などから出たのだが、その提案は僕とライカを中心に活動して全力で潰したので、アヒルたちに危害は一切加えられていない。
僕たちはそれぞれの長所を生かして、素晴らしいパーティの準備を整えることができた。
豊富な野菜類と肉類、そして、それを様々な方法で調理した、たくさんの料理。
王国とひとくくりに言っても、それぞれの出身地にはその場所にしかない郷土料理なども多く存在しているから、見たことも無い様な料理もたくさんあって、空腹が刺激される。
中でも、目玉となるのが、「特殊爆弾B型」に充填され、高空でキンキンに冷やされた「BP液」だ。
もう白状するが、これは、一般には「ビール」として流通しているものだ。
入手するのが一番難しかったのがこの魅惑の飲み物であり、現在、戦災復興に優先して使うために他では電力の使用制限が行われている王国では、レイチェル大尉が言うところの「無敵」である「キンキンに冷えたビール」を確保することは、大いに困難なことだった。
冷蔵庫なども使用制限の対象となっており、ビールを冷やしておくスペースをどうシテも確保できなかったのだ。
それを、僕たちは創意工夫によって何とか解決することができた。
調達に当たっては他の部隊からの協力も受けていたから、僕たちが空へと運んだ6つの特殊爆弾B型の内、4つは他の部隊へと送られ、僕らの手元に残ったのは2つだけだったが、それでも、たっぷりと、飲みつくせないほどの量がある。
僕たちは、久しぶりに心の底からワクワクとしながらパーティの準備を進め、やがて、全ての用意が整えられた。