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20-30「5分」

20-30「5分」


 ナタリア機の背後につこうと縦の旋回をしている雷帝に、僕とレイチェル大尉は襲いかかった。

 これで仕留められればそれに越したことは無いのだが、普通のパイロットであれば目の前の戦いで手いっぱいになってしまうのに、雷帝は僕たちの存在にもしっかり気を配っている様だ。


 彼は僕たちからの射撃をかわし、ほとんど垂直に降下して速度をつけながら僕たちの射撃範囲から離脱していく。


 だが、これで、雷帝とその僚機を分断することができた。

 帝国のフェンリルと、僕らのベルランは、格闘戦の性能ではほとんど互角だ。

 だから、1度格闘戦に引きずり込んでしまえば、そこから離脱することは難しい。


 例え彼らが逃げていくのだとしても、後から僕らが追いかけていく。

 僕らの機体は特別仕様で、エンジンに特に改良を施していないベルランD改でも、空気抵抗が減っている分出足が早い。

 必ず追いついて、絶好の射撃位置から、逃げる敵機を20ミリ機関砲でバラバラにしてやることができる。


 もっとも、雷帝がそんなにあっさりとやられる姿は想像できなかったが。


 僕とレイチェル大尉は、下手に逃げたりせず、僕たちが挑んだ格闘戦に応じるために旋回を続ける雷帝を目指して機体を急旋回させる。


 これで、2対1だ。

 少なくとも、数の上では雷帝に対して優位に立つことができた。


 旋回を続ける雷帝を狙って、レイチェル大尉が機関砲を発射する。

 雷帝はそれをかわし、僕たちが落ち着いて狙うことができない様にフェイントも交えながら、その卓越した飛行技術を僕たちに見せつける。


 僕たちは、以前、僕とレイチェル大尉が模擬空戦を戦った時の様に、機体のフラップをうまく使って機体の旋回半径を小さくしてみるなど思いつく限りの工夫をしているが、それでも、雷帝の操縦についていくだけでもやっとだった。


 僕は、機体のエンジンに燃料を過剰供給して、一時的にその出力を増大させるスイッチに半ば無意識で手をのばし、慌ててスイッチから手を離した。


 まだ、ダメだ!

 決定的な瞬間を待たなければ!


 スイッチをいれれば、僕の機体は急加速して、雷帝に簡単に追いつくことができるだろう。

 だが、僕の機体に施されている改造は諸刃の剣で、力を発揮できる時間はわずか5分未満でしかない。


 ここぞという時、絶対に雷帝を倒せるという瞬間に、切り札は使わなければ。

 僕たちには、失敗はもう、許されないのだ。


 帝国軍が反撃を開始し、王国の敗北が決定的となるまでにはまだ時間があったが、次に雷帝を追い込めるのがいつになるのかは分からない。

 もしかすると、これが最後のチャンスになるかもしれなかった。


 僕はレイチェル大尉につき従い、雷帝を追いながら、じっと、その機会を待つ。


 雷帝は、強い。

 彼を倒すためには、刺し違えるしか、ないのかもしれない。

 そんな風に思えてくる。


 そんな結末を望んではいないが、そうなるのなら、僕はその運命から逃れるつもりはなかった。

 僕は、僕がいなくなっても必ず仲間たちが王国に平和を取り戻してくれると信じていたし、懐かしい、平穏だった日々は、僕が命を懸けるのに十分な価値を持ったものだ。


 それに、雷帝は、自分の身を守っていては勝てる様な相手ではない。

 生存本能をかなぐり捨てて、意識の全てを、彼を倒すことだけに集中する。

 死線を越えたその先に、僕自身の全力を越えたその先にしか、僕たちの勝利は無い。


 死ぬのはいつでも、今でも恐ろしいが、その恐ろしさに震えるだけの僕は、もう、どこにもいない。

 僕には、戦いの向こうに、どうしても手に入れたい物がある。


 僕は、兵士(miles)なのだ。


 だが、ライカとの大切な約束がある。

 例え命を懸けるしかない様な状況になったとしても、僕は、最後まで生還するためにあがくのをやめることは無いだろう。

 雷帝に体当たりすることになったのだとしても、僕は迷わずそれを実行し、そして必ず、生きのびて見せる


 レイチェル大尉の攻撃を、雷帝はかわし続けている。

 単純に機体の格闘戦性能が近似しているので雷帝の技量をもってしても僕たちに反撃する態勢を取ることができないのか、あるいは、逃げることに専念しているのか。


 僕たちの機体が装備している20ミリ機関砲は強力な装備だったが、その砲弾の大きさ故に、装弾数は少なかった。

 D型はベルランB型の時より大きく装弾数が増えているから、弾切れで困ることはまれにしか起こらないのだが、このままいけば、レイチェル大尉の機体が弾切れになるのも時間の問題だった。


 雷帝は僕たちの機体の装弾数が多くないことを知っていて、逃げるのに徹しているのかもしれない。

 弾切れになってしまえば、僕たちが雷帝に追いつけたとしても、何にもならない。


 僕はチャンスのために弾薬を残そうと攻撃をひかえているのだが、このままレイチェル大尉が弾切れになってしまえば、実質、僕と雷帝の1対1で戦うことになってしまう。


 悔しいが、それでは、僕は雷帝には勝てないだろう。


《おい、ミーレス! このままじゃらちが明かん、やり方を変えるぞ! 》

《はい、大尉! しかし、どうするんですか!? 》

《あたしが雷帝の前に出て、急上昇して奴を引きつける! その隙にお前が雷帝を仕留めろ! 》

《そんな! 無茶です、大尉! 》


 雷帝の前に出る。

 その言葉を聞いた時、僕は思わず叫んでいた。


 僕たちはすでにカルロス曹長を失ってしまったのに、レイチェル大尉まで失うことになるのではないかと、そう思ったからだ。


《それがどうした! 元々あたしらは無茶苦茶な戦争をやってるんだ! 》

《ですが、大尉、雷帝がのって来るかも分からないのに! 》

《のるさ、奴はな! 雷帝もあたしらと同じだ、僚機のことが心配だろう! だから、あたしとお前を倒して僚機を救出に向かえるチャンスだと思えば、必ず食いついてくる! 》


 レイチェル大尉の見立ては、間違っていないだろう。

 雷帝はこれまでも、何度かその僚機を守るための行動を取って来た。


 彼の僚機は、まだ、戦っている。

 ハットン中佐とナタリアが追いつめている様だったが、被弾しながらも、果敢に戦い続けている。


 僕たちがそうである様に、雷帝もまた、その僚機を守りたいと願っている。

 それは、彼が尊敬に値するパイロット、空の戦士であることの証だったが、彼にとっての足枷あしかせで、僕たちにとってはつけ入る隙だった。


 この戦争を、終わらせる。

 そのために、僕たちはどんな手段でも取る。


《分かりました! 必ず、やって見せます! 》

《よォし、言ったな! チャンスは1度だ、ものにして見せろ! 》

《了解! 》


 僕がそう答えると、レイチェル大尉は機体を加速させ、あたかも雷帝を誤って追い越してしまったかの様に見せかけながら、彼の前へと出た。


 レイチェル大尉が見せたその隙を、雷帝は見逃さない。

 一瞬の状況判断とわずかな操縦だけで射線をレイチェル大尉へと向け、正確無比な射撃を放つ。

 雷帝が放った攻撃はレイチェル大尉の機体を捉え、その外装の一部を吹き飛ばし、ジュラルミン剥き出しの銀色の破片が、キラキラと輝きながら散っていった。


《食いついた! 雷帝、しっかりついて来い! 》


 レイチェル大尉は歓喜の声をあげ、雷帝の攻撃を回避するかのように機体を急上昇させる。


 大尉が機体を急上昇させるのは、雷帝の得意技が、釣り上げだと知っているからだ。

 だから、あえて彼の得意技を目の前でやって見せることにより、確実に「食える」、そんな風に思わせることを狙っている。


 雷帝は、レイチェル大尉に食いついた。


 ここで大尉を撃破すれば、後は僕1人だけ。

 雷帝の実力があれば、僕をほふることなど、簡単なことだろう。

 そうれば、雷帝は、彼の僚機を救いに行くことができる。


 それがレイチェル大尉のしかけた罠であるということを、雷帝ならば気づいていたかも知れなかった。

 それでも、僚機を救いに向かえるという誘惑は、雷帝の判断を誤らせた。


 僕は、エンジンに酸素を供給するスイッチを入れ、次いで燃料を過剰供給するスイッチを入れて、スロットルを限界まで上げた。


 エンジンが一瞬、驚いたかの様に大きな破裂音を発し、それから、一際大きなうなり声を上げ始める。


 これまでにない加速だ。

 僕は身体がシートに押し付けられる感覚を全身で感じながら、雷帝を追って操縦桿を思い切り引いた。


 5分。

 それまでの間に、雷帝と、彼と決着をつける!


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