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20-17「魔法ではない」

20-17「魔法ではない」


 僕がやるべきことは、明白になった。

 雷帝を、倒す。


 彼を倒して、王国に平和を取り戻す。


 雷帝を倒すためには、様々な困難が待ち受けている。

 まず、単純に雷帝は強い。

 例え6機がかりであろうと、機会を与えてしまえば、雷帝1機のために壊滅させられてしまう。

 僕たちは雷帝を追い詰めたはずだったが、逃げ帰るしかなかった。


 それに加え、彼は優れた戦術眼の持ち主であり、戦場を見渡してどこを突けばいいのかを的確に見抜き、正確に攻撃して来る。

 そして、離脱する時も素早い。

 もし、彼をこちらに有利な条件で捕捉できたとしても、彼はその戦術眼を発揮して一瞬で状況判断を下し、最適な方法で戦闘から離脱してしまうだろう。

 彼を捕捉できたとしても、逃げられてしまえば、もう、どうすることもできない


 だが、雷帝は、おとぎ話に登場するような絶対に無敵の英雄などではない。

 彼はただ1人の、現実に存在するパイロットだ。


 彼はまるで魔法を使っているかのように、鮮やかに、巧みに飛行するが、それは、本物の魔法ではない。

 それは、あくまで人の技でしかない。


 その、はずだ。


 彼もまた、僕と同じ1人の人間であるならば、僕は彼がどうやってあの魔法の様な飛び方をしているのかを理解し、そして、模倣もほうすることができるはずだった。

 マネをしただけでは雷帝に及ばないということはよく理解しているが、彼の飛行を理解して追いつかなければ、彼と対等な勝負をすることすら叶わない。


 雷帝は、空をよく知っている。


 少し曖昧あいまいな表現だからもう少し詳しく説明すると、彼は風の流れを見つけて、観察し、それを自身の飛行に応用することに長けている。


 例えば、僕たち301Aが壊滅することになった、カルロス曹長が戦死した、あの時の空戦。

 僕たちは雷帝と彼の僚機を分断することに成功し、7機がかりで彼を追い、自分たちは勝ちつつあると、そう思っていた。


 だが、雷帝はそこから逆転した。

 彼はあの日の空の不規則に乱れた気流の中から、雲の表面に作られた強烈な上昇気流を見つけ出し、それを利用して急上昇して、僕らを引き離した。

 僕らは雷帝に置いて行かれ、彼に追いつくために必死となり、最終的には息切れしてしまって速度を失い、そこを雷帝に突かれて壊滅させられることになった。


 急上昇で敵機を釣り上げ、速度を失って動きが鈍くなったところを、もしくは速度を回復するために降下しているところを、反転して撃墜する。

 それが、雷帝の得意技だ。


 マードック曹長と戦った時もそうだったし、2回目、積乱雲の迫るフィエリテ市の上空で彼の戦いを目撃した時もそうだった。ハットン中佐から聞いた昔話でも、彼は同じ技を使っていた。

 雷帝はその乗機である帝国の主力戦闘機、「フェンリル」が持つ優れた上昇性能という特徴を生かし、そして、空に吹いている風を読んで、巧みに戦っている。


 空中戦という限られた場面における戦闘機の強さというのは、2つの要素で決まる。

 1つは、戦闘機そのものの飛行性能。

 そして、それを操る僕たちパイロットの技量だ。


 戦闘機は一定の規格の下で画一的に生産される兵器だったから、多少のクセや、調整による違いはあっても、その性能は大きくは変わらない。

 だから、もし、同じ機体で、より強力な戦闘力を発揮しようと思ったら、僕たちパイロットがその機体の性能やクセ、特徴を最大限に理解し、長所をどうやって生かすか、短所をどうやって補うかを考えなければならない。


 雷帝がやっていることは、突き詰めれば単純なことだった。

 自身が操っている機体を誰よりもよく理解し、そして、その性能を最大限に発揮するために、パイロットである自分自身がどうすればいいのかをどんなパイロットよりも理解していて、それをもっとも効果的に実行する。


 そこには何のトリックも無い。

 雷帝は誰よりも勤勉で、誠実に飛行機とその飛び方を研究し、その成果を実践しているだけのことなのだ。


 あれは、魔法なんかじゃない。

 雷帝が、彼が、何をやっているのかは、僕にだって分かっているんだ。


 だが、分かっているだけでは、彼には勝てないんだ!


 僕たち、301Aが雷帝によって壊滅させられたために、帝国軍の空中補給、カイザー・エクスプレスを阻止しようとする僕らの作戦、Déraillement作戦は、再び停止を余儀なくされていた。

 雷帝という存在への対策ができない限り、出撃しても空中で帝国軍の輸送機部隊に大打撃を与え補給を中止に追い込むという作戦目標を達成できないばかりか、301Bや僕ら301Aの様に、大きな被害を受けるだけになってしまうからだ。


 雷帝に、勝つ方法を見つけなければ。

 そうしなければ、僕たちはこの戦争を終わらせることができない。


 僕たち301Aは壊滅してしまったが、戦う力を全て失ってしまったわけでは無かった。

 墜落をまぬがれ、何とか鷹の巣穴まで帰りついた4機の機体が、整備班の手によって修復されつつある。


 機体はどれも酷い状態だった。

 通常であれば廃棄した方がいいという状態だったが、王国にとってのタイムリミットが迫る中、予備の機体は豊富にあるわけではなく、整備班の尽力によってその4機が再生されることになった。


 王立空軍は目下、全力で出撃をくり返しているから、戦闘による損耗だけでなく、自然に消耗していく量もバカにならない。補充機が欲しいと言っても、すぐに回ってくるような状態ではない。

 僕たちは手持ちの工具や材料、部品を使いこなして、どうにか機体を修復しなければならなかった。


 整備班の努力のおかげで、機体は何とか、形になりつつある。

 被弾痕は丁寧に修復され、エンジンを始め機体の重要な装備が交換、修理され、損傷前の状態に回復されつつある。


 機体は、用意できる。

 後は、どうやって戦うか、それだけだ。


 悔しいが、僕は、雷帝の飛び方を完璧に模倣もほうすることはできない。

 目に見ることはできない風を、どうやって読み取ればいいのか。

 雲や地上の様子などを見れば多少は分かるのだろうが、それが分かったからと言って、雷帝の様に巧みに使いこなせるかというと、自信は全くない。


 僕は、雷帝になることはできない。


 ならば、僕は、どうやって彼を越えればいい?

 彼を倒すためには、どうすればいい?


 雷帝は、このマグナテラ大陸における最大、最強の戦闘機パイロット、エースとして、絶対的な存在であり続けている。


 もし、チャンスがあるとすれば、彼が絶対的なエースである、という点だろう。


 彼は、これまでに負けたことが無いのだ。


 急上昇で敵機を釣り上げ、速度を失ったところを反転して攻撃する。

雷帝はこの技を得意とし、その技を使って、破られたことがない。


 だが、1つだけ、例外が作られる、その直前まで至ったことがある。

 マードック曹長と戦った時のことだ。

 マードック曹長は雷帝に釣り上げられたとき、まだ速度が十分にある時に反転し、攻撃しようとしてきた雷帝に対して、その背後を取るところまで行った。


 マードック曹長が乗っていた試作型のベルランは未完成の機体であり、それまでに受けていた被弾による損傷が原因となった不具合で操縦不能となって、結果的にマードック曹長は戦死することになってしまったが、ベルランの信頼性が十分であったなら、雷帝はあの時、「撃墜」されていてもおかしくなかった。


 もし、雷帝をほふるチャンスが得られるとしたら、彼が得意とする釣り上げの最中にしか無いだろう。

 1度も破られたことが無いのだから、雷帝もまた、「そうなった時の対処法」を知らないはずだった。


 雷帝は、経験豊富で、空を飛ぶことについて人並外れた「センス」を持っている。

 だが、咄嗟とっさの対応に絞れば、僕にだってチャンスはある。

 今まで経験したことの無い状況で、雷帝も僕も、同じスタートラインに立って戦うことになるからだ。


 その時、雷帝の経験の蓄積も、空への知識も、限りなく無意味へと近づく。

 僕と雷帝は、その瞬間、対等に戦うことができる。


 問題は、どうやって雷帝の必殺技を打ち破るかだ。


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