1-3「志願兵」
1-3「志願兵」
軍に志願し、パイロットとなる。
それは、雨上がりにかかった虹の様に輝く選択だった。
まず、第1に、貧乏な僕でも飛行機に触れて、乗ることができる。
第2に、国庫から給与が出る。現金収入の少ない我が家にとって、これは大きなことだ。うまくすれば、僕の弟や妹たちが進学するための学費を用意できるかもしれない。
もちろん、この選択を成し遂げるには、それなりの試練を潜り抜けなければならない。
志願しても、パイロットとして不適と見なされれば別の兵科に移されてしまうし、専門教育において相応の成績を得られなければ、飛行機に乗るところまではたどり着けはしない。
だが、その日の帰り道、僕は、早くも決心を固めていた。
祖国のために命を捧げるとか、そんな、大仰な気持ちではない。
そんな覚悟は、僕には無かった。
どうせ18歳になれば兵隊にとられるのだし、そうであれば、今から軍隊に入っても大した違いは無いだろうという気持ちと、給与が出れば弟や妹達を進学させられるかもしれないという希望があった。
そして何より、飛行機に乗りたいという一心だった。
20歳到達時、そして士官学校の卒業後という、複数回、軍人ではなく、民間に戻る選択肢が用意されていることも魅力的だった。軍隊が気に入らなければ、いつでも実家の家業を継いで牧場に戻るという選択ができるのだ。
第一、僕が飛行機に乗る方法は、他には全く思いもよらなかった。
それに、僕の祖国、「王国」では、徴兵時に受け取る額よりもぐっと多くなる志願兵の給与や、大学に相当する教育を受けられる士官学校への進学を目的として志願兵となることは、珍しくは無かった。
国としても、もちろん専門教育を受けた優秀な軍人は欲しがっていたが、僕らの様な貧困層に高等教育を受けさせる機会を設けるという明確な意図があり、この様な制度を作っている。
このため、志願兵の半数は、最終的に、職業軍人ではなく民間に戻る道を選ぶ。全体の3割は徴兵者と同じ様に20歳になると退役していく。全体の2割は士官学校まで進学し、卒業と共に大卒相当の資格を得ると、任官をせずに民間に戻っていく。
学校にやって来た軍人たちは、この様な現状を説明し、そういった選択をすることは、ごくありふれたことだと言っていた。
この王国では、そういう制度でずっとやって来ている。
だから、僕の様な選択をすることは、別におかしなことでも何でもなかった。
我ながらいい考えだと思っていた。
家に帰り、父さんと母さんにこのことを相談すると、意外なことに反対された。
というのも、この時、にわかに国際情勢が緊迫しつつあったからだった。
僕の住む王国、イリス=オリヴィエ連合王国は、マグナテラと呼ばれる大陸に存在するということは、既に述べた。
そしてこの大陸には、他に、2つの大勢力が存在している。
1つは、政治的な指導者を民衆の投票によって選択するという民主制を採用し、自由と人民主権を高らかに掲げ狂信的に信奉する様々な国家が集まって、今からおおよそ200年前に結成された「連邦」。
もう1つは、大陸に最初に誕生したとされる古代文明を祖とし、唯一絶対の指導者である皇帝を擁し、悠久の時代に大陸最大最強の国家として君臨し続けて来た、古く、偉大で尊大な「帝国」。
連邦と帝国は度々衝突を繰り返し、「大陸戦争」と呼ばれる大戦を何度も繰り返して来た。
僕が王国の軍隊に志願しようとした時、ちょうど、この両者は新たな戦争を始めたばかりだった。
その戦争、後に「第4次大陸戦争」と呼ばれることになるそれは、大陸中央を東西に横切る大山脈、「アルシュ」山脈の北側で、激しく戦われていた。
イリス=オリヴィエ連合王国は、アルシュ山脈の南側にあるため、永世中立を標榜してはいても、決して無関係ではいられない。
いつ、こちらに飛び火してきてもおかしくはない状況だった。
もし僕が軍に志願すれば、実際に戦場に出て戦うことは、十分あり得る状況だった。
しかし、僕は楽観的だった。
連邦と帝国が宿敵であり、何度も戦争をしてきたことは知っている。
だが、そのどの戦争にも、我らが王国は関与せずに済んだではないか。
それに、18歳になれば、どちらにしろ徴兵されるのだ。そして僕の希望などお構いなしに配属先が決まる。
歩兵になって、行軍で歩き続けるのは嫌だったし、海軍のことはよく分からないし、僕の故郷は内陸だからそもそも海なんてみたこともない。
それだったら、やはり、僕は飛行機に乗りたい。
今しかないかもしれないチャンスを手にしたい。
どうしてもだ!
結局、両親は僕の決心を認めてくれた。
僕の父さんもまた、徴兵ではなく志願という道を選び、騎兵として若い頃を過ごしたという思い出が、僕の決意を両親が前向きに受け止めるきっかけになってくれた。
家族の同意を得た僕は、さっそく必要書類を揃え、役所に向かい、軍へと志願した。
この判断は、正しいものに思えた。
実際、連邦と帝国の争いは続いていたが、王国は平穏を保ったままだった。
戦火は僕の身の回りからは遠く、北方に霞んで見えるアルシュ山脈の向こうで繰り広げられるだけで、影も気配も感じられなかった。
戦争は遠いところにあって、僕はただ、あの空を飛ぶ機械、飛行機に触れることができるという期待で胸がいっぱいだった。