16-23「成果」
16-23「成果」
僕ら301Aが7機で取り囲んでいたグランドシタデルが投降すると、ちょうどタイミングよく王国南部に発令されていた空襲警報が解除された。
まだ詳しいことは分からなかったが、連邦軍機は撤退を開始し、これ以上、王国の領域が攻撃されるという危険は去った様だった。
僕らは投降したグランドシタデルをクレール第2飛行場へと誘導した。
幸いなことに、僕らの家は無事でいてくれた様だった。上空から見るとグランドシタデルから投下された爆弾によってできたクレーターがいくつもできているのを見ることができたが、基地のほとんどの設備は無事である様だった。
そして、どうやら新工場は今回の攻撃で被害を受けていない様だった。
僕はずっと、内心では不安で仕方が無かったのだが、とてもほっとした。
僕らが敵機を鹵獲したことを知ったクレール第2飛行場の管制官の驚き様と言ったらなかった。
管制官はレイチェル中尉から報告を受けた後、明瞭に無線が通じているにもかかわらず「もう一度繰り返してくれ」と3回も要求してきて、最終的にレイチェル中尉が「敵機を捕まえたって言ってるんだよ! さっさと誘導しやがれ! 」と怒鳴ったことでようやく沈黙した。
中尉が怒鳴らなかったら、さらに何度も確認して来たに違いない。
管制官が驚いて3回も確認してきたその気持ちは、僕にもよく分かる。
不時着した機体ならまだしも、損傷しているとは言えまだ「生きて」いる機体を鹵獲してくることなど、誰が想像できるだろうか。
ようやく現実を受け入れる決心がついたらしい管制官は、僕らにより滑走路の長いクレール第1飛行場へと向かう様にと指示した。
クレール第2飛行場は王国が保有する双発機ならどんな機体でも難なく着陸することができる規模と設備を有していたが、管制官はグランドシタデルが王国では経験の無い大型の4発機であることを考慮してくれた様だ。
今回のグランドシタデルへの迎撃戦では王立軍機も全力出撃を実施し、多数の機が空中にあった。
燃料の少なくなっている機もあり、王立空軍ではそういった機体を優先して着陸させていたが、僕らの管制を引き継いだクレール第1飛行場の管制官は、グランドシタデルが損傷していることに配慮して最優先での着陸を誘導してくれた。
最優先での着陸となったのは、連邦の最新技術の塊であり、王立軍としては喉から手が出るほど欲しいグランドシタデルが手に入るから、というだけでは無い。
王国に投降することを決断したグランドシタデルの機長から、負傷者を救助するためにできるだけ早く着陸させてくれという要求があり、王立軍の側でその要求に応えた結果だった。
クレール第1飛行場は、クレール第2飛行場からそれほど離れてはいない。クレール市を挟んで反対側にある飛行場だったから、損傷を負ったグランドシタデルは何とかそこまでたどり着くことができた。
グランドシタデルは、堅牢な機体だった。
僕は間近まで接近し、その損傷を細かなところまで目にしていたが、友軍機からの迎撃はよほど激しいものであったらしく、機体の外装が無くなって内部の骨組みが見えている様な個所があちこちに存在し、火災も生じていたのか焼け焦げた跡も見ることができた。
そんな状態になっても、まだ飛ぶことができる。
グランドシタデルを操縦する連邦軍のパイロットたちが高い技量を持っているということもあるのだろうが、これだけ巨大で、頑丈な飛行機を、しかも大量に生産し、戦線へと投入して来る連邦の強大な工業生産力には眩暈がする様な心地だ。
グランドシタデルは慎重に高度を落とし、クレール第1飛行場の管制官からの誘導を受けながら、見事に着陸を行って見せた。
グランドシタデルが逃走しない様に上空で監視を続けていた僕らは、着陸したグランドシタデルに救急車と消防車が急いで駆けつけて行くのを確認すると、自分たちの基地へ帰還するための針路を取った。
クレール第2飛行場の上空には戦闘を終えた友軍機が集まり、着陸を待つためにぐるぐるとゆっくりとした旋回を続けていた。
基地では、損傷の激しい機体、燃料の少ない機体を優先して着陸させているため、比較的損傷の少なかった僕らは少しの間着陸を待たされることになってしまった。
それでも、僕らは7機の僚機全てが無事に基地へと帰り着くことができた。
僕にとっては、その日の夕食を、部隊の誰もが欠けることなく一緒に食べることができたのが、戦果あげたことよりもずっと嬉しいことだった。
この日、王立空軍はグランドシタデルの迎撃のためにのべ98機の戦闘機を出撃させた。
その内訳は、ベルランD型が52機、ベルランB型が22機、エメロードⅡC型が10機、エメロードⅡB型が14機。
この内、グランドシタデルが爆撃を実施し、撤退するまでに実際に敵機と会敵し、迎撃に成功した機は60機余りだった。
これまで行われたグランドシタデルによる爆撃では、迎撃に成功した王立空軍機は多くても10機程度というあり様だったことを考えると、劇的な変化だった。
それだけ、王国の対空警戒網が前進し、迎撃に使うことができる猶予時間が増えたことの効果が大きかったということだ。
そして、この戦闘の結果、王立空軍は撃墜28機、撃破23機、撃退13機という戦果を記録した。
単純に合計すると、64機。100機以上もいたグランドシタデルの大編隊の内、半数以上を討ち取ったか、何らかの損傷を与えたという計算になる。
もちろん、報告された戦果が全て正しいわけでは無い。
中には重複するものもあるだろう。他の部隊が損傷を与え「撃破」と判断した機体を、また別の部隊が攻撃して「撃墜」とした場合など、いろいろ考えられる。
実数としては、報告された数の半分程度であるはずだ。
それでも、王立空軍が与えた戦果が実際の半分だったとしても、数字としては決して小さくないものだ。
連邦軍がグランドシタデルを次々と生産し、前線へと送り込んでいるとしても、これだけの損害を出撃の度に受けていれば作戦の継続は不可能となるだろう。
僕ら王国の側も、決して無傷では無かった。
グランドシタデルと交戦することができた王立空軍機の内で、7機のベルランD型と3機のベルランB型、2機のエメロードⅡC型が失われた。
それらは空中で撃墜されたり、着陸後に修理不能と判断されたりした機体で、合計すると12機もの戦闘機が失われたことになる。
それだけ、グランドシタデルからの防御射撃が強力だったということだ。
5名のパイロットが戦死し、10名を優に超える負傷者も出ている。
それでも、今回の迎撃戦は、王国にとっては「成功」と呼べるものだった。
敵機からの反撃によって損害を出しながらも激しく応戦した王立空軍によって連邦軍機の大編隊は、バラバラに引き裂かれてしまった。
隊形を維持できなかったことに加え、雲が多く爆撃目標への照準が困難であったことから連邦軍は当初の攻撃目標であった新工場への爆撃を諦め、他の副次的な目標への攻撃を実施した。
だが、この攻撃は、分断されたグランドシタデルの各編隊がそれぞれで実施したためにほとんど効果があがらなかった。
今日の王国の空には雲が多くて照準がつけにくかったということも大きかったが、攻撃が分散したため、攻撃目標1か所あたりに投下された爆弾の量が少なくなってしまったからだ。
目立った被害と言えば、クレール市の軍港に停泊していた王立海軍の軍艦が1発至近弾を受けたことと、タシチェルヌ市の製鉄所が数発被弾して軽微な被害が生じた程度だ。
その分、流れ弾による被害も大きく、クレール市、タシチェルヌ市を中心に、100名近くの死傷者が生じてしまった。
しかも、死傷者の内半数以上が、直接軍事行動に関与していない非戦闘員だ。
連邦軍が意図していた新工場への爆撃を阻止し、これまで迎撃が困難であった高高度侵入してくるグランドシタデルに対して有効な反撃を実施し、一定の戦果をあげることはできた。
それでも、少なくない人々が、犠牲となってしまった。
その日の夜、ベッドに寝転びながら僕は、考えずにはいられなかった。
僕には、もっと、できることは無かったのだろうか?
僕は、僕を生かしてくれた人々や、仲間たち、そして家族、王国の人々のために、少しでも早くこの戦争を終わらせたいと考えている。
それは、何よりも、今日の攻撃で犠牲となった100名以上もの人々を、その様な結果から守るためであったはずだ。
誰かの友人でもあり、家族でもある人々が、失われていく。
僕の手の届かないところで、昨日も、今日も、明日も。
たくさんの人々が、敵も、味方も、傷ついて、命を失っていく。
本当に、僕らはどうして、こんなことをやっているのだろう?
流れ弾によって人々が傷つくのにも構わず攻撃を実施した連邦軍に対する怒りもあったが、僕の中には、そういうやるせない気持ちの方がずっと強かった。
そして、自分自身の無力さも。
思い知らされるのは、これで何度目だろう?
だが、僕はこの時、この戦争の恐ろしさを、まだ、本当の意味では理解していなかった。