16-14「敵機襲来」
16-14「敵機襲来」
僕らは、いつ、どこから侵入して来るかも分からない連邦の新鋭爆撃機、あの銀翼の巨人機、グランドシタデルを迎え撃つべく、迎撃態勢を整えた。
僕ら301Aを始め、第1航空師団に所属する戦闘機部隊は当初の予定であった訓練をただちに取りやめ、クレール市とタシチェルヌ市を中心に防衛体制に入り、交代でその空を守る任務を開始した。
グランドシタデルは、高度10000メートル以上の高空から侵入してくると予想されている。このため、空中で待機する戦闘機部隊は、離陸した後30分程度かけて高度10000メートルに到達し、1時間ほどの哨戒を行った後、次の部隊と交代するというローテーションを繰り返すことになった。
王国の対空警戒網が防空レーダーや対空監視哨などでグランドシタデルの接近を察知した場合、タシチェルヌ市に設置され、王国南部における空の戦いを統括して指揮することになっている防空指揮所から戦闘機部隊に迎撃目標の指示が発せられることになる。
戦闘機部隊はタシチェルヌ防空指揮所から指示された進路、高度へ向かって飛行し、侵入してきたグランドシタデルを攻撃し、敵機が爆弾の投下を実施する前に撃退を試みる手はずになっている。
王立空軍による防空戦の実施は、連邦から発せられた脅迫まがいの演説の翌々日から開始された。
僕ら301Aも、いつもの様にハットン中佐から作戦の説明を受け、レイチェル中尉から飛行計画の詳細を教えられた後、飛行を開始した。
1回の飛行で飛ぶのはおよそ3時間弱。その間、1時間ほどは高度10000メートルに留まり、周囲に目を光らせることになる。
高高度での飛行は、なかなか大変なものだった。
何しろ空気が薄いので機体が得ることができる揚力が小さく、油断しているとすぐに機体が降下してしまうのだ。
空気が薄いということは空気抵抗も小さいから最高速度が出しやすいといった良い点もあるにはあるのだが、プロペラを駆動させて推進力を得るという飛行機の仕組み上、ある程度以上の高度に達すればその恩恵も無くなってしまう。
空気があまりに薄ければ、どんなにプロペラを回転させてもうまく推進力に変わってくれなくなるからだ。
高高度を飛行する訓練はベルランD型に機種転換してから何度か実施した経験があったので、難しさは感じたものの何とかなった。
301Aが担当した哨戒時間の1回目は何事も無く終わり、僕らは交代の部隊と入れ替わりに降下を開始し、基地へと帰還した。
基地へと無事に帰還しても、僕らの仕事はそれで終わりでは無かった。
王立空軍は常に兵力不足に悩まされており、僕らは1日に2回飛行する計画となっていたからだ。
そうでもしなければ、常に上空に1個中隊以上の戦闘機部隊を展開するという王立空軍の防空計画は成り立たない。
僕らが地上に降りると、整備班が慌ただしく次の飛行の準備を開始する。
僕たちパイロットはその間に休憩を取り、次の出撃にも万全の状態で臨めるよう、体調をしっかりと整えておかなければならなかった。
この戦争が始まって以来、僕らはほとんど毎日こんな感じで過ごしてきていたから、何だか少しだけ懐かしい様な感覚だ。
敵機が僕らの頭上に爆弾を降らすべく襲いかかって来るという状況だったから決して笑いごとでは無いのだが、いつの間にかこういう毎日が僕らにとっての「日常」になってしまっている様だった。
僕らはその日、もう1度飛び立ったが、結局、その日は会敵することが無かった。
僕たちだけではなく、他の部隊もそうだった。
王立空軍は連邦が大々的にグランドシタデルの存在を誇示してきたことから大慌てで防空計画を立案して実行に移したのだが、肩透かしを食らってしまった形になってしまった。
そして、その翌日も、翌々日も、グランドシタデルは僕らの頭上に姿を現さなかった。
初日こそ、王立空軍のパイロットは緊張感に満ちていた。
安全だと思っていた王国の南部にも敵の攻撃が及ぶかもしれないと分かり、そして、それを実現できるほどの性能を持った敵機と戦わなければならない状況となってしまったからだ。
王国の南部には前線への配備が優先されたために対空砲の類が少なく、頼りになるのは戦闘機部隊だけだった。
だからこそ僕らパイロットはその責任を自然に重く感じていた。
だが、防衛体制が取られてから3日も敵機が飛来しなかったことで、僕らの間には楽観的な気分が生じ始めていた。
連邦はあんなことを言ってきたが、それは、王立軍を徒労させるための作戦だったのではないか?
グランドシタデルという高性能爆撃機は実在するのだろうが、まだ本格的に王国を爆撃する段階には至っていないのではないか?
もちろん、そんなことは無かった。
王立空軍が防衛体制をとってから4日目、とうとう、グランドシタデルは王国の空へと現れた。
それも、確認できただけで50機以上という大編隊だった。
グランドシタデルの大編隊が襲来した時、301Aはちょうど、次の戦闘空中哨戒任務につくために発進の準備を始めているところだった。
機体の暖機運転が開始され、僕らが整備班と一緒に出撃前の確認を行っていた時、警報が発せられた。
グランドシタデルは、王立軍が推測した通り、王国の南西、海の方からやって来た。
僕は何千キロメートルも離れた小島からはるばる飛んで来るという王立軍の予想について半信半疑だったのだが、どうやらそう信じるしかなさそうだ。
グランドシタデルの高性能はすでに知っているが、どうやら連邦は、何千キロメートルも何の目印も無しに正確に飛行して来ることができる航法技術も持っているらしい。
王国の南西部にある島嶼に設置されていた対空監視哨から視覚と音響によって観測されたグランドシタデルは、どうやら王国南部の島嶼沿いに飛行しながら、タシチェルヌ市かクレール市へと向かっている、とのことだった。
グランドシタデルの編隊はその後、元々は王立軍機の航法を支援するために設置されていたレーダーにも捕捉され、タシチェルヌ防空指揮所は空中で待機中だった戦闘機部隊に迎撃命令を発令した。
発進準備中だった僕らにも緊急出動の命令が発せられ、僕らは暖機運転を「現場の臨機応変な判断で」数分短縮し、大急ぎで離陸を開始した。
僕らは、高度8000メートルほどにまで上昇した段階で、グランドシタデルの大編隊を見上げることになった。
報告では50機以上の大編隊ということだったが、僕らが数えると50機はいない様だった。
先行して迎撃を実施した戦闘機部隊が戦果をあげたのか、あるいは、最初の報告に誤りがあったのか。
とにかく、グランドシタデルは、連邦の国家元首がラジオ放送で全世界に宣言した通り、僕らの頭上へとやって来た。
僕らは、必死になって機体を上昇させ続けた。
もう少し。
もう少しで、あの機を射程に収めることができるんだ!
だが、僕らは間に合わなかった。
高度10000メートルという世界は、あまりにも遠かったのだ。
平面距離で言えば、せいぜい10キロメートル。飛行機で飛ぶ分にはすぐの距離だったし、地上でも馬があれば特に苦労することもない距離だ。徒歩でだって、少し頑張れば問題なく歩いて行ける距離でしかない。
だが、重力に逆らって上昇しなければならない距離となると、ずいぶん感覚が違ってくる。
世界は、非情だった。
僕らの祈りはどこへも届かず、グランドシタデルは僕らの目の前で爆弾倉を開き、無数の爆弾を投下した。
僕らは、豆粒の様に小さくなっていく爆弾の群れを、半ば呆然としながら見ていることしかできなかった。