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16-3「銀翼」

16-3「銀翼」


 僕は、どうやらライカの機嫌を損ねてしまった様だった。

 理由はよく分からなかったが、どうやら僕が悪いらしい。

 以前の様に、もう一緒に飛びたくないなどと言われてしまったら、とても困る。

 何がどう困るのかと聞かれてもうまく答えることができないが、とにかく、もう1度僚機をクビになることは嫌だった。

 地上に降りたら、彼女に謝ろうと思う。


 僕らは、事前の予定で決めた通りのコースを飛行し続けていた。

 今日の夜間飛行の訓練は、クレール市から飛び立ち、その周辺の島嶼とうしょ沿いに飛行を続け、航続距離に少し余裕を持って引き返すという、これまでに何度か繰り返してきたのと同じ内容になっている。

 今は、往路の三分の二ほどを消化した辺りだ。何かトラブルがあっても余裕を持って対応できる様にという目的で、高度は7000メートルにとってある。


 位置の把握も進路も問題が無い様だったから、このまま進めば何事も無く訓練が終わるはずだった。


《301A全機。あー、すまないが、ちょっと1時の方向の上空を確認してもらえないか? 》


 まだ折り返し地点に到着していないのにも関わらず、レイチェル中尉から無線で連絡が入って来たのは、僕が帰ったらどうやってライカに機嫌を直してもらうかを考えるのに真剣になっている時だった。


《レイチェル中尉。どういうことか? 何かを見かけたのか? 》

《はい、中佐。機影かと思います。……ですが、見えたのが一瞬でして。あたし以外にも確認してもらいたいんです》


 ハットン中佐の確認に、レイチェル中尉は珍しく自信がなさそうな答え方だった。


 レイチェル中尉が何かを見たというのなら、きっと、そこには本当に何かがいたのだろう。

 僕は夜空に目をらし、真剣に探した。

 だが、僕の目に見えるのは、はかなげに輝く星々と、夜の暗闇だけだ。


《どうだ? 何か見えなかったか? 》


 レイチェル中尉の確認に、僕らは否定の言葉を返すしかなった。

 僕以外にも、レイチェル中尉が見たという何かを見ることができたパイロットはいない様だった。


《おっかしいな。確かに、一瞬だけだが何かが光ったと思ったんだが……。流れ星でも見えたのか? みんな、驚かせてすまなかったな》

《いや、中尉。引き続き警戒を続けてくれ》


 申し訳なさそうに謝罪するレイチェル中尉に、ハットン中佐がそう言った時だった。

 僕は、レイチェル中尉が言っていた空域の辺りに、何かが光るのを確かに見た。


 それは、月明かりを浴びて、確かにそこに存在した。

 流線型の細長い胴体に、大きな翼にエンジンが4つもある。そそり立つ垂直尾翼。ジュラルミンの地肌が剥き出しにされ、機体全体が銀色に輝いている。

 銀翼を持つとても美しい、だが、肌がざわざわする様な冷徹さを感じさせる機体だった。


 その機体が急に姿を現したのは、どうやら、その機が進路を変えたことで、月からの光の当たり具合が変わったためである様だった。

 大きさを比較できるものが何も無いから、その機が僕らからどれほど離れた場所にいるのか、そしてどれくらいの大きさを持った物体なのかの判断はつかなかった。

 だが、僕らよりも上空でゆっくりと旋回を続けるその機体は、王立空軍が保有するどんな機体とも異なっていた。


《見えた! ほらな、やっぱりいたぞ! しかし、アイツは何だ? どこの機体だ? 》

《さぁ、見覚えがありません。テストパイロットをやっていた時に王国で作っている試作機は全て見ているはずなんですが》


 レイチェル中尉の疑問に、カルロス軍曹が答える。

 軍曹はテストパイロットとして働いた経験があり、開戦後もしばらくは後方で飛行機の輸送任務などに就いていたから、王立空軍が保有している、あるいは開発中の機体には詳しいはずだった。

 そんな軍曹が見覚え無いというのだから、あの銀翼の機体は王国のものではないだろう。

 念のためナタリアにも、彼女の母国でああいう機体があるかが確認されたが、「見たことないデース」という返答が返って来た。


 あれは、所属不明機だ。

 民間機という可能性もあったが、戦争が始まって以来、王国の空を飛行する民間機も軍の管理下に置かれる様になっている。訓練中に近くを飛行する可能性があれば、事故などを防ぐためにその存在が事前に僕らに知らされているはずだった。


 連邦か、帝国か。あるいは別の第三者か。

 恐らく連邦か帝国のどちらかだろうが、いずれにせよ、王国の空を許可なく飛行していることには変わりがない。


《タシチェルヌ防空指揮所に確認してみましたが、今の時間にこの付近を飛行中の王立軍機は我々だけのはずだそうです。また、民間機の飛行も予定されていないということです》

《ふむ。だとすると、アレは所属不明機ということで間違いない様だな。……しかし、困ったことになったな。こちらは弾を持っていない》


 クラリス中尉の報告を聞いたハットン中佐は、そう言って黙り込んでしまった。

 僕らの機体に武器は装備されていたが、少しでも訓練時間をのばすために機体を軽量化しようと、弾薬を積んできていなかった。

 所属不明機を発見したのだから、僕らはその不明機がどんな意図で王国の空に入り込んで来たのかを確認するべきだった。だが、あの機が連邦か帝国のものである可能性が高い以上、接近すれば交戦することになるかもしれない。


 ハットン中佐が悩んでいたのは、ほんの数秒のことだった。


《……よし、中尉。とにかくあの機がどんな機体かだけでも確認しに行ってくれ。発見した以上、無視するわけにもいかん。もし抵抗してきたら、安全第一、逃げてくれ。弾が無ければ反撃もできんからな》

《了解! 301A全機、中佐の指示は聞こえていたな!? あの所属不明機を追いかけるぞ。なぁに、弾が無くても7機で取り囲めば、あっちもビビって降参するかもしれん》

《《《《《《了解! 》》》》》》


 僕らはレイチェル中尉からの指示に答えると、エンジンを全開にして加速し、銀翼の機体へ機首を向ける中尉の機体を追って上昇を開始した。


 ハットン中佐が危惧きぐした通り、弾薬が無い状態で所属不明機と接触することには危険もあった。

 だが、あの機が連邦や帝国の爆撃機で、1機だけとはいえ王国のどこかに爆弾を投下するつもりでいるのなら、僕らは何とかしてそれを阻止しなければならない。


 それに、例え敵機から攻撃を受けることになっても、僕らの機体は新型のベルランD型だ。

 その速度性能ですぐに振り切ることができるはずだった。


 僕らが上昇を続けていると、その銀翼の機体が、とてつもない大型機であることが分かって来た。

 エンジンを4基も装備しているのだから大型機だろうとは思っていたのだが、その機は以前僕らが戦った際にかなり苦戦させられた、連邦の4発爆撃機である「シタデル」と同じぐらいか、さらに大きい様だった。

 開戦前、王国の防衛体制を探り出すために領空侵犯をしてきた帝国の大型機より、一回り以上も大きい。


 しかも、僕らがほとんど飛んだことのない高空を飛行していた。

 計器の高度が示す数値がどんどん大きくなり、8000メートルを超えたが、それでも銀翼の機体は僕らよりも上空にいた。

 恐らく、あの機は高度10000メートル以上を飛んでいるのだろう。


 どうやら、銀翼の機体は僕らの接近に気がついた様だった。

 途方もない巨体を持つ銀翼の機体はおおよそ南西の方角に機首を向け終ると水平飛行に移り、加速を開始する。


 僕らはその機を全力で追いかけた。

 高度が高くなり、空気が薄くなったせいで機体が得られる揚力が弱くなり、機体の上昇力も鈍って来ている。

 だが、ベルランD型にとってはまだまだ問題の無い高度だ。


 すぐに、あの機体に追いつけるだろう。

 僕はそう考えていたのだが、信じられないことが起こった。


 僕らの機体が、その銀翼の機体から少しずつ引き離され始めたのだ。


 それは、すぐには受け入れがたい現実だった。

 ベルランD型は、間違いなくこの時代で上位に入る高速機であるはずだ。

 上昇中で速度が十分に発揮できていないとはいえ、大型で鈍重なはずの機体に追いつくことができない何て、本当に、信じられない!


 銀翼の機体と同高度にまでたどり着き、そこから加速を開始すればいつかは追いつけるかもしれなかったが、それまでにどれほどの時間がかかるだろう?

 ベルランD型が装備しているグレナディエM31エンジンが全力を発揮できるのは30分間でしかない。それまでに、あの機体に追いつけるだろうか。


 とても、無理だった。

 僕らが所属不明機と同じ高度に達するころには、あの銀翼の機体ははる彼方かなたへと飛び去ってしまっていた。

 今から全力で追いかけたとしても、追いつくころにはこちらの限界が来てしまう。


《くそっ! 追撃止め、追撃止め! この機体で追いつけない何て、こんなことがあるのかい!? 》


 口は少し悪いかもしれなかったが、レイチェル中尉の感想に僕も完全に同じ意見だった。


 その銀翼の機体は、僕らが呆然としながら見ている中を、悠々(ゆうゆう)と飛び去って行った。


 僕の胸の辺りが、ざわざわと騒いでいる。

 僕らを置き去りにして飛び去って行く、美しく冷徹な銀翼の機体。

 その存在が、何か、不吉なことの前触れである様な気がしてならなかった。


今回登場した銀翼の機体のモデルは、B29です

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