表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/379

15-14「捻(ひね)りこみ」

15-14「ひねりこみ」


 上下がさかさまになった世界で、僕は必死にナタリア機の姿を探した。

 何が起こったのか理解できなかった。


 ナタリア機を追っていたのは僕らの方で、彼女の機体は僕らの前にいるはずだった。

 だが、それが、突然消えた。

 前後左右、どこを見回してもナタリア機の姿が無い。


 機体がかすかな衝撃を受けて震えた。

 僕はその衝撃の原因が分からなかったが、僕の前を僕と同じ様に背面飛行していたライカ機にペイント弾が直撃する光景を目にして、それがナタリア機からの射撃であることを知った。


《へーへーンっ! みなサン、見てマシタカ! あたしが2機ともやっつけちゃったネ! 》


 ナタリアの得意げな声が、僕の耳に届く。


 僕は、この結果が信じられなかった。

 まるでおとぎ話に出てくる魔法か何かの様にナタリア機の姿が消えてしまい、気がついたら僕らは2機とも撃墜されてしまっていたのだ。


《ヘイ、中尉サン! 見てマシタよねッ! あたしの勝ちでイイですヨネ! 》

《おー、確かに見ていたぞ。ライカ、ミーレス、2機とも撃墜だ。それと、2人とも。負けてショックなのは分かるが、そろそろ背面飛行から戻れ》


 僕らはレイチェル中尉に指摘されて、ようやく機体を水平飛行に戻した。

 上を見上げると、少し後方をナタリア機が飛行している。

僕らはいつの間にか、彼女の前に出てしまっていた様だ。


 まだ僕は何が起こったのかを理解することができていなかったが、これは現実に起こったことなのだということは分かった。


《よぉし、ナタリア。気は済んだか? 勝負はアンタの勝ちだ。少なくともあたしはアンタをパイロットだって認める。だが、このまま飛び続けているわけにもいかないし、こちらの指示に従ってもらえるか? 》

《ありがとうネ! とても満足しマシた、もちろんそちらの指示に従いマース! 》

《上等だ。……管制塔、こちら301A、逃走機は抵抗を断念、これから着陸する。誘導を頼む》

《管制塔、了解した。しかし、派手にやったな。こちらからでも空中戦の様子が見えたぞ》

《前線じゃ毎日あんな感じさ。それじゃ、誘導を頼むぞ》

《了解した。スクランブル機の発進も中止させ、貴隊の帰還を優先させる》


 僕はまだ半ば呆然としていたが、事態は丸く収まる様だった。


 僕らは管制塔からの誘導に従い、順番にクレール第2飛行場へと着陸していった。

 ナタリアは、彼女自身が明言した通り、僕らの指示にもう逆らうつもりがない様だった。

 彼女は真っ先に滑走路へと誘導され、上空で僕らが警戒する中、着陸速度の速さに少し不慣れな感じはあったものの、問題なく着陸を決めて見せた。

 続いて、僕らも着陸していく。


 僕は最後に着陸することになっていて、やがて順番が回って来たのだが、まだ、空にいたい気分だった。

 地上に戻りたくなかった。

 2対1の勝負で、負けてしまったからだ。


 とても、悔しい。

 ナタリアの意図は半ば読めていたのに、まんまと彼女の作戦にはまってしまった。

 基地のすぐ近くだったから、多くの人がその様子を目撃したことだろう。


 僕らは戦場で「守護天使」などと呼ばれ、僕自身もエースと呼ばれる様になって、そのことを自慢に思っているところがあった。

 自分が未熟者だと思う一方で、それなりにやれるのだという自信があった。


 そんな自尊心は、粉々になってしまった。


 ナタリアがどんな手品を使って僕らの目の前から消えたのか、少しも分からない。

 ベルランD型に搭乗するのは今日が初めてであるはずの彼女に負けてしまったというのが、本当にショックだ。

 そして、帰ったら、レイチェル中尉に何を言われるか分からないというのが、恐ろしい。


 だが、いつかは着陸しなければならないのだ。

 僕は観念して、機体を滑走路の上に降ろすことにした。


 もう何度もベルランD型での離着陸を実施しているので、僕は何の問題も無く着陸することができた。

 管制官からの指示を受け、誘導路を走行して格納庫の前の駐機場へと向かう。


 駐機場にたどり着くと、停止したナタリア機の周りに人だかりができていた。

 ナタリアには彼女なりの不満があって今回の暴挙ぼうきょに出たのだが、無許可で勝手に飛行をしたことは事実で、それは王立空軍では犯罪とされることだった。

 その人だかりの三分の一ほどは、ナタリアを拘束するために集まって来た憲兵隊だ。


 そして、残りの三分の二は、地上で僕らの模擬空戦を目撃していた、整備兵や兵士たちであるようだった。

 キャノピーが開かれてナタリアが姿を現すと、彼らは一斉に歓声をあげ、口笛を吹き、拍手をして彼女を出迎えた。

 それは、ナタリアが見せた空中戦の腕前に対する、惜しみない称賛の声だった。


 ナタリアはその声に、嬉しそうに両手を振って答えていた。

 人懐っこそうな、見ていてこっちまで明るい気分になる様な笑顔だ。


 集まった人々の内半数以上は歓迎ムードだったが、それでも、憲兵隊はナタリアを拘束することが仕事だった。

 憲兵隊はとてもやり辛そうな感じだったが、ナタリアに同行する様に命じ、ナタリアは大人しくそれに従う様だった。

 機体から降りたナタリアは、憲兵隊に取り囲まれ、いずこかへと連行されていく。


 集まっていた人々の間から、ブーイングが巻き起こった。

 ナタリアはほんのついさっきまでは基地にとっての問題児でしか無かったが、今ではすっかりヒロインだった。

 彼女は、その実力を確かに示したのだ。


 基地での評価を一新したナタリアに対して、僕はと言うと、妙にニコニコしているレイチェル中尉が待っていた。


「おっし、ミーレス。模擬戦の反省会をやるぞ。ブリーフィングルームに集合な」


 レイチェル中尉はやたらと上機嫌でそう言うと、カルロス軍曹を引き連れてさっさとブリーフィングルームへと向かっていく。


 僕はその背中を見送りながら、ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。

 レイチェル中尉はどこからどう見ても上機嫌だったが、僕にはこれから、とても恐ろしいことが始まるに違いないという確信があった。

 いったい、どんなことを言われるのだろうか?


 だが、僕の不吉な想像に反し、レイチェル中尉はブリーフィングルームに到着しても上機嫌なままだった。

 僕にはそれがかえって不気味だったが、中尉は本当に機嫌がいいらしい。

 それから、レイチェル中尉とカルロス軍曹は、今日の模擬空中戦についての講評をしてくれた。


 まず、基本的な事項として、僕らがベルランD型の高速、大火力という特性を生かして戦おうとしたことを評価してくれた。

 どうやら、レイチェル中尉から厳しい叱責が無かったのは、僕らがきちんと基本を守っていたからであるらしい。

 また、ナタリア機との格闘戦に入った僕とライカについても、機体性能が同じなのだからその判断は間違いではない、という風に考えている様だった。


 その上で、ナタリア機と決着をつけるために低速でのドッグファイトに入って敗北してしまった僕とライカについて、「あれは仕方の無いことだ」と言った。


「何でかって言うと、あのな? ナタリア嬢がやって見せたあの動作な、お前らに教えたことが無いんだ。だから、ああいう負け方をしたのはこっちの責任で、お前らのせいじゃない」


 僕らは、思わずお互いに顔を見合わせてしまった。

 確かに、僕らにはナタリアがどんな飛び方をしたのか分からなかったし、そんな飛び方を教えられた記憶は無い。

 しかし、どうして教えられたことが無いのだろうと、僕らは疑問だった。


「あの、中尉殿。ナタリアさんがやったあの飛び方は、何て言うんですか? どうして、俺たちは教えられたことが無いんでしょうか? 」


 その疑問を解決するため、ジャックが挙手して中尉に質問する。

 すると、中尉は上機嫌なまま、教えてやってくれと言いたそうにカルロス軍曹に向かってあごをしゃくった。


「アレは、ひねりこみというテクニックなんだ」


 そう言って説明を始めた軍曹も、何となく機嫌が良さそうに見える。


 捻りこみと言うのは、少し前、戦闘機が1対1で空中戦をすることが多かった時代に行われることがあった、空戦の技術だということだった。

 それは、口で説明するのは難しい技術であるらしい。とにかく、軍曹が言うには、宙返りなどの途中で機体を失速寸前の状態にし、その瞬間に機体を横滑りさせて旋回半径を劇的に短縮してしまう技であるらしい。

 この技を使われた側はいつの間にか相手を追い越してしまい、捻りこみを行った機体に後方を取られてしまうのだそうだ。


 そして、どうして僕らがその魔法の様な技を知らなかったかと言うと、「実戦で使う機会がほぼ無い上に、とても危険な技」だから、何年か前に王立空軍のパイロットコースのカリキュラムから削られてしまったためだった。


 失速寸前で行う技だから、当然だが速度をほとんど失った状態だ。今の空中戦は複数機によって戦われるため、例えこの魔法を使って1機を撃墜することができても、他の敵機に容易に撃墜されることになってしまう。

 王立空軍でひねりこみを教えなくなったのは、「知らなければ、その危険な技を使うこともない」という判断がされたためであるらしかった。


 だが、レイチェル中尉や、カルロス軍曹の様なベテランのパイロットは、ひねりこみについてまだ教えられていた世代で、その技について知っていた。

 その技がどんなに危険で、実行が難しいかも知っているし、相当の技量を持ったパイロットでなければ不可能だと分かっている。


 2人が上機嫌でいるのは、どうやら、ナタリアの腕前が熟練パイロットに並ぶもので、エースだというのが自称では無いと分かったからであるらしかった。


「軍曹。あれは、掘り出しモノだぞ」

「ええ。素晴らしい掘り出しモノです」


 2人は、何かを企んでいるかのように不気味な笑みを浮かべていた。


捻りこみについてですが、熊吉も調べてみたのですがイマイチどんなものなのかが掴みがたく、作中での表現はちょっと合っているかどうか、自信がありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
捻り込み エース まさかポルコ・ロッソ!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ